二
秋も本格的になると、心なしか、木々のツヤもなくなっているように見える。乾いた音を立てて、葉っぱが動く。
いつもの公園の、奥にあるベンチで健ちゃんを見つけた。すべり台やジャングルジム、ブランコで遊んでいる子どもたちを横目にしながら、ほくは駆け寄る。
健ちゃんは気づくと、笑顔になってくれた。
ぼくは一息ついてから、慌てて「ごめん」と手を合わせた。
「ほんと遅くなっちゃって」
「いいよいいよ。とりあえずこっち座って。ちょっと休んでから行こう」
ぼくは半ば崩れるように、健ちゃんが叩いたところへ腰を下ろした。きょうはやけに体が重い。
なかなか顔も上げられなくて、とにかく息を整えていたら、髪になにかが触れてきた。
「なに、人夢くん。もしかして、さっき起きたばっか?」
「……え。そ、そんなことないよ」
「ここ。まだ寝癖が残ってる」
ふわふわと、毛先をもてあそばれている感じ。
その手を遠慮するように、自分でも確かめた。ぴょこんとしたものが指先に当たる。
「ちゃんと鏡は見てきたのに」
「ま、人の多いところへ行くわけじゃないから、そんなに気にしなくてもいいよ」
健ちゃんがそう言うならと、しきりに撫でつけていた手を止めた。
──あしたの行き先は待ち合わせてからのお楽しみ。ゆうべの電話を思い出し、ぼくは目を上げた。
「健ちゃん、きょうはどこへ行きたいの?」
「それはね、ヒミツ。着いたらわかるよ」
健ちゃんは微笑んで、ベンチを立ち上がった。公園の入り口に停めていた自転車を持ってきて跨る。後ろの荷台を振り返り、その視線をぼくにくれる。
「え?」
「乗って」
ベンチから腰を上げたもののまごついていれば、早くと急かされた。おずおずと荷台へ跨がり、はてどこを掴むべきかと戸惑っていたら、すかさず手を取られた。健ちゃんのシャツへと誘導される。
まだ躊躇っていたけど、自転車が走り出すと掴まずにはいられなかった。片手だけ胴へ引っかけ、もう片方は荷台を持った。
健ちゃんの自転車は、ぼくらの家がある住宅地を抜け、田んぼに挟まれた一本道を行く。
この辺は、車では通ったことがある。
稲刈りも終わり一気に寂しくなった田んぼのあぜ道には、「はざ」が並んでいる。こういう光景も最近じゃ珍しくなったと、だれかが言っていた。
ぼくは視線を前へ戻した。さっきまで遠くにあったべつの住宅地がもう目の前にきていた。
コンビニも見える。その駐車場で、健ちゃんは自転車を停めた。
「ここでお昼を買おう」
ぼくはミルクティーとサンドイッチ。健ちゃんは、お茶とおにぎりを買っていた。
コンビニをあとにして、また田んぼの中を行く。
健ちゃんはどこへ行こうとしているんだろう。いよいよ本気でそう思ったとき、ちょっと前からちらちら見えていた緑の盛り上がりが目前にまで迫っていた。さっきのところよりも広い田んぼが海なら、あの山は島に見える。その裾で、健ちゃんは自転車を止めた。
「すぐ上に着くから。登ろう」
と、健ちゃんはさっさと自転車を押していく。「うん」と返して、とりあえずついてっいってみる。
そんなに勾配がきつくなくて助かった。緩やかな坂が続いている。十分ほど歩くと、ちょっとした広場へ出た。
「着いたよ、人夢くん」
「……ここは?」
「頂上だよ。てか、山! ってほどでもないけど」
広場を覆うように生えている木々は、もう少ししたら紅葉が始まるだろう。隅には、東屋もある。
しかし、だれもいない。
ぼくは首を傾げた。
健ちゃんは、適当な場所へ自転車を停めると、コンビニで買ったものを東屋のテーブルに置いた。
さらに重さが増した気のする体を引きずり、ぼくはそのあとに続いた。
「ねえ、健ちゃん。ここって、勝手に入っても大丈夫なの?」
「大丈夫。うちの親戚の持ちものだから」
健ちゃんはそう言うと、東屋を離れた。
すぐには動けなかったぼくを呼ぶ。
「こっからの眺めがすげーいいんだよ」
山を持っている親戚だなんて、すごいなあと思いつつ、ぼくは健ちゃんの横に立った。一応柵があって、木々の合間からぼくらの町が一望できた。
「ね、いい眺めでしょ? きょうはまあ、これを人夢くんに見せたかったわけなんだけど」
田んぼ中の一本道。さっき通ってきた道かもしれない。こうして上から見て、結構ある長さにびっくりした。
最寄り駅も見える。朝日川も確認できて、前に住んでいた地区もなんとなくわかった。
「ほら。あそこに俺たちの学校がある」
「え? どこどこ?」
ぼくは体を寄せ、健ちゃんが指さすほうに目を凝らした。
まずダイヤモンドが目に入り、校舎も確認できた。
そのついで、我が家も見つけてもらう。そこを目印に、周辺にも目を凝らした。
一回しか行ったことないし。あのときは暗くて、外観もよくわからなかった。でも、位置的にはあれな気がする。
「人夢くん、あっち戻ろう」
健ちゃんが、東屋のほうへとぼくを押した。
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