新しい仕事と前の仕事と その4

 新しい部署では、各自の営業成績を棒グラフ化した一覧表が閲覧許可になっている。

 んで、今日俺が取った契約の内容も早速一覧にアップされたんだが……

 立ち上がったばかりな上に、契約の規模がでかいもんだから一覧表の中で思いっきり突き抜けていたわけで……

 こんな成績、バリバリ営業してた時代にも経験なかったというか……まぁ、

あの頃は壁に張り出された紙に棒グラフを手書きで書き込んでいたんだよな。

 そんなところにも時代の流れを感じてしまうわけで……


 しかしまぁ……小鳥遊の爺さんのおかげとはいえ、こうして結果が目に見える形で公開されると、なんか嬉しくなってくるな。


 東雲部長には

『知り合いが、俺の営業部長補佐就任祝いに契約をもってきてくれたんですよ』

 って伝えておいたんだが、

『そういって契約を持って来てもらえるのも、武藤部長補佐の人徳ですね』

 と、自分の事のように喜んでくれたんだよな。

 

 んで、契約の規模が規模だけに、営業総括部にも報告書をあげないといけなかったわけで、関係書類をてんやわんやしながら作成した俺。

 いや、まさかこの年になってこんな報告書を作成することになろうとは……閑職に回された時点でもう2度とないと思っていただけに、妙に嬉しかったんだよな。


 んで、書類を作成し終えて、営業総括部へ提出したところで、すでに勤務時間を超えていた。

 特に予定のない場合、部下の者達が帰りやすいように管理職は率先して帰宅するように、って通達が出ていることもあって、早速帰り支度をしていく俺。

 

 ……すると


 気のせいか……部内が妙にざわついている気が……

 なんか、パソコンの画面を見ながらブツブツ言いつつ、俺の方をチラチラ見ているやつらが妙に多いような……


 ……今日の営業成績が書き込まれた一覧表に気がついたってとこだろうな


 部下のやつらってば、俺の事を、

『ろくに仕事が出来なくて閑職に回されていたおっさん』

 的な扱いしていたところがあったんだけど、そう思っていた俺がとんでもない契約をとってきたもんだから、目が点になったってとこか。

 まぁ、この契約に関しては、俺自身は何もしてないわけだし、殊更偉そうにする気もないんだが、これを見て部下のみんなが、

『あのおっさんに負けてたまるか』

 って奮起してくれたらそれでいいかと思っているのが本音だったりする。


「東雲部長、今日は他に何かありましたっけ?」

「いえ、特に予定はありません。私も明日の資料をまとめたら帰りますので」

「資料作成、お手伝いしましょうか?」

「いえ大丈夫です」

「そうですか。じゃ、お先に失礼しますね」


 東雲部長との会話を終えた俺は、鞄を片手に席を立った。


「お先に失礼します。みんなも早くしまえよ」


 部内のみんなを見回しながら、元気な声をあげる俺。

 ……すると、


「失礼します」

「お疲れ様でした」

「お疲れ様です」


 部内のみんなから、一斉に返事が返ってきた。

 前回は、俺の挨拶に返事を返してくれるヤツなんて一人もいなかっただけに、挨拶をした俺の方が逆にびっくりしてしまったんだが……まぁ、今日の営業成績の件で少しは見直してもらえたってところかな。

 この状態を維持するためにも、明日からも頑張らないとな、うん。


 そんな事を自分に言い聞かせながら、俺は会社を後にしていった。


◇◇


「と、まぁ、そんな事があってな……爺さんには今度改めてお礼をしないとと思っているんだ」


 夕食を食べながら、小鳥遊と小鳥遊の婆さんに今日の出来事を伝えた俺。

 ちなみに今日の晩ご飯は、


 肉じゃが

 照り焼きチキン

 春雨サラダ

 わかめとジャガイモの味噌汁

 豆ご飯


 これに、自家製の漬物が大皿で置かれている。

 小鳥遊の婆さんの指導のおかげで、最近小鳥遊の料理の腕が格段にあがっているんだよな。


 俺の話を聞いた婆さんは、嬉しそうに微笑んでいた。

「あらあら、あの人ったら……急に再雇用に応じたから少々びっくりしていたのですけど、そんな事があったのですねぇ」

「爺さんって、以前から再雇用の打診をされていたんです?」

「えぇ、定年年齢を迎えた際に社長様から直々に何度も打診をされていたのですが……その当時は色々ありましたので」

 味噌汁をすすりながらそんな事を言った婆さん。

 なんとなく言葉を濁している気がするんだけど……その『当時は色々』って、多分小鳥遊の事なんだろうな……


 ……しかし


 文高堂の爺さんの孫娘なら、言えば資金援助とかも惜しまないだろうし、文高堂にコネ就職することも出来たはずだが、それをしないで、自分で就職活動を頑張っていたってことは、爺さんに迷惑をかけないように頑張っていたってことなんだろう。

 コミュ障で、人と話をするのが超苦手なくせに……なんか、惚れ直してしまうじゃないか。


「でも、婿殿、あの人にそのことであれこれお礼を言うのはお控えくださいね。あの人はそういった事をあまり好みませんので」

「そうなんですか……わかりました。じゃあ、一言だけお礼を言わせて頂くにとどめておきますね」

 

 婆さんの言葉に、そう返答した俺。

 まぁ、確かに……あの爺さんならさもありなん、だな。

 そんな会話を婆さんと交わしていると、


「……あ、あの……」


 小鳥遊が、俺の前に一枚の紙を差し出してきた。


「ん? これは……」


 その紙の頭には、

『雇用契約書』

 って書かれていた。


「あれ? ひょっとして小鳥遊、新しい就職先が見つかったのか?」

「……は、はい」


 俺の言葉に、嬉しそうに笑顔を浮かべる小鳥遊。

 思い返せば、俺の会社に雇用された時の小鳥遊ってば、転職活動に連戦連敗していて色々とすさんでいたんだよな……

 いや、まぁ……すさんでいたというか、色々と社会人として問題がありすぎる行動をとりまくっていたからこその、連戦連敗だったと容易に推測出来たわけなんだが……


「このプログラム作成業務っていうのは、在宅で可能なんだな」

「……はい。さ、早速私のパソコンの環境設定もして頂けました」

「それじゃあ、今日、会社の人がウチに来たのか」

「は、はい、そうなんです」

 

 小鳥遊の話を聞きながら、書類に目を通している俺。


 それによると、業務内容はプログラムの作成補助ってことで、採用条件としていくつかのプログラム関係の資格が必要ってなっていたんだけど、小鳥遊はその資格を学生時代に取得していたみたいなんだよな。

 俺の部署で働いていた時も、在庫管理システムを自分で構築したりしていたし、パソコン関係の業務が得意なんだろう。

 そういう観点からすると、小鳥遊にとってこの会社って結構天職なんじゃないか?


「よかったな小鳥遊。いい仕事が見つかって」

 

 俺の言葉に笑顔で頷く小鳥遊。

 んで、書類を読み進めていったんだが……


「……ん?」


 雇用主の欄を見た俺は、そこで首をひねった。

 なんか、住所が俺の部屋に妙に近いというか……建物は同じみたいだし、部屋番号から察するに、お隣ってことか?

 しかも、会社名が


『フルムラプログラミング』


 ってなってて、大手ゲーム会社の下請け業務が主な仕事って……フルムラ? 

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