新しい仕事と前の仕事と その3

 職場に戻って書類仕事をこなした後、東雲部長と外回りに出かけた俺。

 立ち上がったばかりの営業部なので、まずは挨拶回りってわけなんだけど……


「まぁ、どこも新型風邪の影響で会ってはもらえませんね」

「アポイントはとれるのですが、応接室でのお話はまずしてもらえないですが、今はお話を聞いて頂けるだけでよしとしませんと」


 自粛要請まで出ている新型風邪の影響で、営業回りもなかなか苦戦している状態だったりする。

 東雲部長だけに、事前のアポイントはしっかりとった上で外回りをしているんだけど、受付のところで立ち話とか、資料だけ渡して終わりとか、そんな対応がほとんどなんだよな。

 それだと、話を膨らませることが出来ないし、こっちの営業アピールも出来ないわけで……新規開拓を狙っている立場としては色々とやっかいな事態なんだよな。


「最近はSNSでの営業活動も活発になっていますけど、人と人のつながりも大切ですから、こういった営業回りを完全にやめるわけにはいかないんですよね」

「ですね。まぁ、俺の年代だと、靴を何足駄目にしたかで評価されてましたし」


 運転しながら、東雲部長の話に相づちを打つ俺。

 大げさでなく、営業をバリバリこなしていた頃の俺は、年に2,3足は靴を駄目にしてたんだよな。

 その時代に気付いた人脈のあるにはあるんだが……営業を外されてから10年近く経っているだけに、それがどこまで通用するやら。

 ま、今は東雲部長の指示に従いつつ、そのフォローをしないとな、と思ってはいるんだが……何分、立ち上がったばかりの部署なわけだし、それ以前に俺に対して問題のある態度を取る部下達への対応を考えておかないとな。

 そんな事を考えながら運転をしていると、


「武藤部長補佐には、色々とご迷惑をおかけしていると思います。本当に申し訳ありません」


 助手席で、書類に目を通していた東雲部長がそんなことを口にした。


「何言ってるんですか。それも仕事の一環じゃないですか。気にしないでくださいって」


 ニカッと笑みを浮かべながら返事を返した俺。

 多分、部下達が俺の事を軽視している空気を察しているんだろうな。

 東雲部長は、そういった空気を読む能力に長けているから。


「あの、お詫びというわけではないのですが、今度食事に行きませんか? このご時世なのであれなのですが、今後の相談もさせて頂きたいと思っていますので、近いうちに時間を取って頂けたらありがたいのですが」

「わかりました。俺の方は特に予定はありませんので、東雲部長のご都合に合わせますよ」

「では、日程を調整して、改めてお誘いさせて頂きますね」


 俺の言葉に、嬉しそうに笑みを浮かべながら電子手帳の予定を確認し始めた東雲部長。

 気のせいか……左腕でガッツポーズをしていたような気がしないでもないんだけど……まぁ、気のせいか、うん。


◇◇


 結局、この日の外回りは予定よりも1時間以上早く終わってしまった。

 まぁ、大半の相手先が資料を渡しただけだったし、それも仕方ないといえば仕方ないわけで……


 玄関先で東雲部長を降ろし、


「んじゃ、車を戻してきますんで」

「はい、よろしくお願いします」


 会社の近くにある月極駐車場へ車を回した俺。


「さて、終業までまだ時間があるし、戻ってデスクワークをするか」


 正直、デスクワークはいまいち苦手なんだが、管理職になった以上そうも言ってられないんだよな。

 それに、東雲部長と情報を共有するためにも報告書類の内容はしっかり把握しておかないといけないし。

 

 そんなことを考えながら、部署へと戻った俺。


「あ、あの……武藤部長補佐」


 そんな俺の元に、東雲部長が駆け寄ってきた。

 気のせいか、少し緊張した表情を浮かべているような気がしないでもないんだけど、


「はい? どうかしましたか?」

「あの、それが……文高堂の営業部長が武藤部長補佐を訪ねてこられているのですが……」

「は?」


 その言葉に、目が点になる俺。

 文高堂っていえば、この界隈では超大手の商社じゃないか……

 そこの営業部長が、なんでウチの会社の、しかも俺なんかを訪ねてくるんだ?

 いくら頭をひねってみても、そんな大手に知り合いはいないし……まして、俺は営業職に復帰したばかりなんだし、その事を知っているヤツなんかほとんどいないわけだし……


「と、とにかくお会いしますので、何処に行けばいいですか?」

「第二応接室にお通ししていますので、あ、私もご一緒させて……」

「あ、東雲部長。内線にお電話です」


 俺と一緒に行こうとした東雲部長なんだけど、部下の声で呼び止められてしまった。


「とりあえず、俺が行きますんで。電話が済んだらよろしくお願いします」

「え、えぇ、申し訳ありません」


 慌てて、自分の席に戻っていく東雲部長。

 入れ替わりに、部署を出ていく俺。


 ……しかし、文高堂の営業が、俺なんかになんの用なんだ? 東雲部長に用事っていうのならまだわからないでもないんだが……


 そんな事を考えながら、応接室の扉を開け、


「お待たせして申し訳ありません。私が営業の……」


 そこまで挨拶したところで、俺は固まってしまった。

 そんな俺に、椅子に座っていた文高堂の営業部長らしき人物がニカッと笑いながら言った。


「待っておったぞ、婿殿よ」


 って……ちょっと待ってくれ……

 なぜそこに小鳥遊の爺さんがいるんだ? おい……


 目が点になっている俺。

 そんな俺に、にこやかに笑みを浮かべながら歩み寄ってくる文高堂の営業部長……というか、小鳥遊の爺さん……


「はっはっは、婿殿がびっくりするのも当然じゃろう。数年前に定年退職して相談役に退いておったのじゃが、この度再就職で、営業部長に就任したんじゃよ」


 俺に右手を差し出しながら豪快に笑っている小鳥遊の爺さん……

 い、いや……ただものじゃないとは思っていたけど……まさか文高堂の人だったというか、元相談役? 再就職? 営業部長?

 いきなりの展開に、頭が全然追いついていないんだが……とりあえず、小鳥遊の爺さんの右手を握り返した俺。


「さしあたってじゃな、婿殿……いや、武藤部長補佐に仕事を依頼したいと思ってな」


 そこで、表情が一変する小鳥遊の爺さん。

 仕事モードに移行したってことなんだろう。

 呆けていた俺も、慌てて仕事モードに気持ちを切り替えて椅子に座った。


 ……んで


 小鳥遊の爺さんが持って来た話ってのが……ちょっと想像を超えていたわけで……

 大まかに言うと、今まで取引をしていた商品の仕入を俺の会社に変更したいということだった。

 その規模が……俺の部署の初年度目標売上高の5倍という……


「むろん、こちらの期待に応えてもらえぬようであれば、遠慮なく斬らせてもらうからの。そのつもりでよろしく頼む」

「えぇ、もちろんです。必ずご期待に応えてみせます」


 最後に、改めて握手を交わして会談を終えた俺と小鳥遊の爺さん。


「では、また家の方に遊びに行かせてもらうからの。ひよりんにもよろしく伝えておいてくれい」

「えぇ、歓迎しますよ」

「ところで婿殿」


 ここで、俺の首に腕を回し、耳元に口を持ってくる小鳥遊の爺さん。


「ワシもこの年じゃ。早く曾孫の顔を見せてくれい」

「ひ、曾孫って……」

「がっはっは。まぁ、そう言うわけじゃ」


 俺の背中を豪快にバンバンと叩いてから、会社を後にしていった小鳥遊の爺さん。

 なんか、嵐のように現れて、嵐のように去っていったけど……


「……いや、でも……これはちょっとすごいんじゃないか?」


 手元の、覚え書きの内容を確認しながら、思わず口元がニヤけてしまう俺。

 ここで、玄関まで小鳥遊の爺さんを見送りに出ていた俺の元に、東雲部長が慌てて駆け寄ってきた。


「あ、あの、遅くなってしまって申し訳ありません。先方は……」

「あぁ、先ほどお帰りになりましたよ。それと、これ」

「……え?」


 覚え書きを手渡した俺。

 その内容を確認した東雲部長の目が点になっていた。


「あ、あの……武藤部長補佐、これは……」

「えぇ、とりあえず、その内容を実行出来るように、早急に手を打たないといけませんね」


 ニカッと笑みを浮かべた俺。

 東雲部長の表情にも笑顔が浮かんでいた。

 

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