新しい仕事と前の仕事と その5
新しい仕事を見つけてきた小鳥遊なんだけど、正式に働きはじめるのは来週からってことになっているらしい。
「……基本的に、日中だけで終わるから、今までどおり夕飯の準備は出来るから」
そう言って、上目使いで俺の事を見つめながら、笑顔を浮かべている小鳥遊。
そのはにかみ具合がまた反則的に可愛いというか……狙ってやってないだけに破壊力が半端ないんだよな、この仕草って……
「まぁ、くれぐれも無理なくな。俺の給料だけでもやっていけると思うし」
閑職とはいえ一応管理職の端くれだったわけだし、それなりに給料はもらっていたしな。
それに、酒も煙草もやらないし、浪費する趣味も持っていないもんだから結構貯金も貯まっているし。
この貯金を頭金にすれば、一戸建てを建てることも夢じゃない……はず。
ド田舎に、だけど、親から相続した山林があるし、定年退職したらそこに家を建てて畑でもしながら余生を送ってもいいな、と思ったりもしてたし……なんか、小鳥遊のおかげで色々と夢が広がってきた気がするんだよな。
「……あの、それでも……少しでも貯金しておいた方がいいかと思って……そ、その……結婚したら、色々とお金がいるようになると思うし……そ、その……こ、子供が出来たりしたら……」
俯きながら耳まで真っ赤にしている小鳥遊。
なんというか、そこまでしっかり考えてくれていたんだな、小鳥遊ってば……
爺さんが文高堂の相談役だったし、小鳥遊が頼ればきっと援助もしたはずだけど、それを一切していないところを見ると、小鳥遊は今までもずっと自分の力だけで頑張ろうとしていたんだと思う。
実際、俺の会社に就職した時も爺さんの事は一切出てこなかったもんな。
まぁ、実際問題として俺の元で働きはじめてすぐの頃はあれこれ問題行動も多かったけど、それでも小鳥遊なりに一生懸命考えて行動した結果だったわけだし、小鳥遊が納得するように説明したら問題行動も直っていったし、これからの生活も、お互いに会話をしながら頑張っていけば問題ないだろう。
「そうだな、これからもお互いに相談しながら頑張っていこうな」
ニカッと笑みを浮かべる俺。
そんな俺の前で、顔を真っ赤にしながら俯いている小鳥遊なんだけど、どこか嬉しそうな感じがにじみ出ているんだよな。
小鳥遊の隣に座っている婆さんは、そんな俺と小鳥遊の様子をニコニコ微笑みながら見守ってくれていて……って、よく見たら、なんかハァハァって荒い息を繰り返していて……これ、絶対に昼ドラ的な妄想をしてるだろ……
◇◇
夕食を終え、片づけを終えたところで婆さんは帰宅していった。
「爺さんに、俺がお礼を言っていたと伝えてください。正式なお礼はまた改めてさせていただきますので」
俺がそう言うと、婆さんは、
「仕事の事は気になさらないでください。あの人は仕事の事は家では何もいいませんし、私も聞きませんから」
にっこり微笑んでそう言った。
仕事を家庭に持ち込まないって意味なんだろうけど、俺の昇任祝いって思いっきり公私混同してないか、と思ってしまうんだが……そこに関しては、成果でしっかりお返ししないとな。
そんな事を考えながら、婆さんを見送った俺。
いつものように、先に風呂を終わらせた俺は、リビングのソファに座ってスマホを操作していた。
小鳥遊が入浴中に、ディルセイバークエストの情報をチェックしていたんだけど、
「……へぇ、近々また大規模なアップデートが予定されているのか」
内政系と狩猟系の両方で大規模なアップデートの告知が運営から出たみたいで、どこの攻略サイトもその話題で持ちきりだった。
アップデートの内容を予想したり、それに備えてしておくべき事をまとめ記事にしていたりと、かなりの関連記事がアップされていた。
それは東雲さんのサイトも同じで、大規模アップデートの関連記事がいくつかアップされていた。
記事の最後に作成者の署名があるんだけど、大半が早苗ちゃんの書名入りだった。
まぁ、新部署の立ち上げで忙しかっただろうし、ゲーム内でも最近全然会えていないもんな。
それでも、東雲さんの書名が入った記事もいくつかあった。
どれも新たに実装されたスローライフ世界の関連記事だったんだけど、それによると東雲さんもスローライフ世界に入ったみたいだった。
内容的には、
・スローライフ世界で土地を持つための条件
・スローライフ世界で出来ること
そんな内容をまとめた記事なんだけど、どれもわかりやすくまとめられていて、一読しただけで、何をどうしたらいいのかわかりやすい内容になっていた。
こういった攻略サイトの情報って、サイトにもよるんだけど内容に色々問題がある情報も多いんだよな。
特定のレアアイテムを所持している事を前提にした攻略情報だったり、レアスキルを最大値まで上げた状態のキャラを使用して攻略動画をアップしているのに、レアスキルの値の事を一切告知していなかったり……その動画を見て『これなら簡単じゃないか』と勘違いして、全然駄目でした的な苦情がコメント欄に殺到している記事も少なくないんだよな。
そういえば、ゲーム内でも最近東雲さんから連絡がこないけど、ひょっとしたら職場で上司と部下の関係になっちまったし、その事を気にしているのかもしれないな。
そんな事を考えた俺は、ディルセイバークエストのプライベートチャット機能を使って、
『お疲れ様です。攻略サイトの関係で何かお力になれることがあったら、遠慮なく連絡してくださいね』
そう送っておいた。
すると、数分もしないうちに返信が来た。
『色々と気を使ってくださりありがとうございます。その際にはよろしくお願いいたします』
プライベートチャットなんだし、もう少しくだけても問題ないと思うんだけど、東雲さんの場合いつも礼儀正しいんだよな。
返信メールを確認しながら、思わず笑みを浮かべた俺。
そうしていると、小鳥遊が風呂から上がってきた。
髪の毛をバスタオルで拭きながらリビングに入ってきた小鳥遊なんだけど、寝間着として俺のトレーナーを羽織っているんだよな。
「あのさ、ちゃんとした寝間着を買った方がよくないか?」
俺がそういうと、小鳥遊は即座に首を左右に振った。
「これがいい……これでないと、いや……」
そう言って、頬を赤らめる小鳥遊。
それって、俺のトレーナーだからってことなのかもしれないけど……ダボダボの袖を口元にあてると、下着がチラチラ見えてだな、色々と目のやり場に困ってしまうというか……
そんな事を考えていると、ディルセイバークエストのログイン用のヘルメットを抱えた小鳥遊が、
「……あの、しよ?」
って言いながら、上目使いで俺の事を見上げて来た。
すっかりお馴染みになったお誘いの仕草なんだけど、相変わらず破壊力がすごいな、この仕草ってば……
「あぁ、それじゃあやるか」
そう言って、俺もログイン用のヘルメットを手に取った。
そんな俺の膝の上に、当然のように座る小鳥遊。
いつもなら、そのまますぐにヘルメットを被る小鳥遊なんだけど、今日はヘルメットを抱えたまま俺の事を見上げてきた。
そのまま、目を閉じる小鳥遊。
まぁ……小鳥遊の意図は十二分に伝わっているわけで……
それを察した俺は、小鳥遊のキスをしていった。
唇を重ねるだけのお子様なキスなんだけど、唇を離した後の小鳥遊は嬉しそうに口元を両手で押さえていた。
ほんと、なんなんだ、この可愛らしい生き物は……
そんな事を考えながら、俺と小鳥遊はヘルメットを被っていった。
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