新しく忙しく その4

 ケーキを食べ終えると、小鳥遊の婆さんはいつものように帰宅していった。


 しかしあれだよな……これで、また明日になったら始発でやってきてくれるんだし、


「いっその事、泊まっていったらどうです?」

 

 そう声をかけた俺。

 確かに、昼ドラ的展開が大好きで、そういった話題になると異常なまでにがっついてくる婆さんなんだけど、意外なことに根掘り葉掘り話を聞き出そうとする以外の部分では干渉してこないんだよな。

 そのあたりの線引きはしっかりしてくれているみたいだし、なら、別に泊まってもらっても問題ないんじゃないかと思ったわけなんだが……


「いえいえ、そんな野暮なことはいたしませんですわ」


 婆さんはにっこり微笑みながらそう言うと、


「では、また明日の朝お邪魔いたしますわね」


 いつものように、風呂敷包みを手に帰宅していった。


「……そうだな、今度は俺達の方から顔を見せにいかないとな」


 そんな事を口にしながら部屋の中へと戻っていったんだが……

 ベッドの上に、マムシエキスとスッポンエキスがミックスされたドリンクが置いてあったのには苦笑するしかなかったわけで……っていうか、婆さん……いつ置いた?

 小鳥遊も、婆さんが置きにいく様子を見ていなかったらしく、しきりと首をひねっていたんだが、


「……あの、この栄養ドリンク……珍しいデザインですね……」


 婆さんが置いて行ったドリンクの方にも興味津々な様子だった。

 ……しかし、だ……これをどう説明したらいいのだろう。

 小鳥遊の場合、下手にごまかしたり比喩的な表現をするよりも、直球で説明した方が良さそうな気もするんだけど……


 と、色々と考えを巡らせている俺の前で、小鳥遊はスマホで検索をかけたらしく……


「……あ」


 婆さんの置いて行った栄養ドリンクが一般的に『精力剤』的な効能を持っていることを理解したんだろう……みるみるうちに全身が真っ赤になっていっていて……

 

「ま、まぁ、そう気にするな。と、とりあえず風呂を済ませて、ディルセイバークエストでもしよう」


 小鳥遊の肩を掴んで、慌ててリビングへ戻っていったんだが……婆さん、気持ちはありがたいんだが……


◇◇


 まず小鳥遊。

 次に俺。


 いつもの順番で風呂を済ませた俺と小鳥遊。

 一緒に、という選択肢も無きにしも非ずなんだが……さすがにまだちょっと気恥ずかしいというか、それ以前の問題として俺の部屋の風呂はそこまで大きくないもんだから、俺と小鳥遊が一緒に入るとかなり窮屈になってしまうんだよな。


「ふぅ、いい風呂だった」


 風呂上がりのNPCのように、お決まりの言葉を口にする俺。

 先に上がった小鳥遊は、リビングのソファに座って髪の毛を乾かしているところだった。

 しかしあれだな……女性の首筋やうなじっていうのは、なんでこう艶っぽく感じるんだろうな……

 特に風呂上がりだと、それが倍増するというか……

 思わずドキッとしてしまうんだよな。

 そんな俺の視線の先で、小鳥遊も顔を赤くしながら髪の毛を乾かしていたんだけど……ん? ちょっと待て……

 小鳥遊の前に小瓶が1つ置かれているんだけど……あれって、婆さんが持ってきた精力剤なんじゃあ……


「ひより……それ、飲んだのかい?」

「……えっと……せ、せっかくだし……わ、私も色々と頑張らないといけないし……」


 頬を赤くしたまま、俯いている小鳥遊なんだけど……よく見たら、いつも以上に顔が赤くなっている気がしないでもない。

 呼吸も荒くなっているようだし……って、そんな即効性があるのか、この精力剤って……


 ……いや


 多分だけど……そういったドリンクを飲んだっていう自己暗示で興奮してしまっているんじゃないかな、小鳥遊ってば。

 ディルセイバークエストの中でも、ツンデレキャラになりきってプレイしている小鳥遊だし……

 とにかく、このままだと小鳥遊が大変なことになりそうだし、


「と、とりあえずディルセイバークエストでもするか」


 俺はそう言うと、ソファの上に置きっぱなしにしているログイン用のヘルメットを手にとり、小鳥遊の隣に座った。

 すると、小鳥遊もいつものように俺の膝の上に座ってきたんだが……


「あ、あの……ひ、ひより? む、向きが違わないか?」


 ……そう


 小鳥遊ってば、いつものように俺と同じ向きで座るのではなく、俺と向き合う姿勢で座っていた。

 超至近距離というか、完全密着状態で向き合っている俺と小鳥遊。

 俺の胸に額をくっつけていた小鳥遊は、少し距離を取ると、


「……しよ?」


 上目使いで、俺のことを見上げてきた。

 ただでさえ破壊力がありすぎる小鳥遊の上目使い&おねだり攻撃なんだが……今日のこれは明らかに

『ゲームをしよう』

 って意味ではなく……


「あ、あのさ、ひより……」


 ただでさえ、自己暗示的な何かのせいで興奮状態の小鳥遊だけに、まずは落ち着かせようとした俺なんだが……小鳥遊は、そんな俺の首に抱きついてきて自分からキスをしてきた。

 圧倒的に経験不足な小鳥遊だけに、前歯同士がぶつかり合ってしまったものの……そんなことお構いなしとばかりに、唇を重ねてくる小鳥遊。


 まぁ、その、なんだ……


 ここまでされてしまうと、俺としてもあれなわけで……


◇◇


「あ! パパ! ママ!」


 俺と小鳥遊が、フリフリとエカテリナとしてディルセイバークエストにログインすると、クーリが真っ先に駆け寄ってきた。


「おはようクーリ。今日も元気だな」

「はい!」


 俺の言葉に笑顔を浮かべているクーリ。


「パパもママも、いつもより遅かったですね。今日はひょっとしたら来てくれないのかと思ってしまいました」


 クーリの言葉に、思わず顔を赤くしてしまう俺とエカテリナ。

 

 あの後……

 小鳥遊の興奮状態が覚めるまで相手をしていたもんだから、いつもよりかなり遅いログインだったんだよな。


 こうして、プレーの状況に応じた台詞をNPCが口にするのも、ゲームを楽しく続けてもらうための仕様の1つなんだろうけど、家族キャラにそう言われると、

『あぁ、こいつのために、明日はもう少し早くログインしないとな』

 と、思えてしまう俺は、運営の思惑にはまりまくっているってことなんだろうな。

 まぁ、それも含めて楽しめているわけだし、問題ないんだけどね。


 なお、俺の隣のエカテリナは、クーリの言葉を聞くなり両手で顔を覆っていて……って、まぁ、そうなるよなぁ……さっきの今なわけだし……精力剤を飲んだという自己暗示のせいで、ちょっとすごかったもんな、さっきの小鳥遊は……いや、まぁ、男の俺的には、小鳥遊の意外な一面を見ることが出来てむしろ嬉しかったんだけど……


「も、もうお嫁に行けない……」


 なんて事を呟きながら顔を覆い続けているエカテリナ。

 い、いや……責任はとるから、その心配はないんだが……


「そ、それよりも、フリテリナはどうしたんだい?」


 いつもクーリと一緒にいるフリテリナの姿がないことに気がついた俺。

 

「はい! こっちです! パパもママも来てください!」


 クーリは、そんな俺の手を掴むと、家の外へと連れ出した。


 相変わらず、村の中ではたくさんの仲間キャラ達が忙しそうに行き来している。

 俺がこの村にやってきた時は、無人の廃墟だったっていうのに……そう考えると、なんだか感慨深いな。


 そんな事を考えながら、街道を移動していくと、その先に人だかりが出来ていた。


「パパ、あそこです! フリテリナがすごいんです!」


 嬉しそうに微笑みながら、俺とエカテリナを先導するクーリ。

 なんなんだ? 一体……

 首をひねりながらも、俺とエカテリナはクーリと一緒に移動していった。

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