新しく忙しく その3

 途中でケーキを購入して帰宅した俺。

 

 小鳥遊の婆さんも来ているだろうから、ショートケーキを3つ。

 ホールケーキも考えたんだが……さすがに1個丸々となると、きついかなと思ったのでやめておいた。

 小鳥遊は、甘い物は好きみたいなんだがあんまり食べないんだよな。

 はっきりとは言わないけど、どうやらダイエットしているみたいだし……そこまで気にしなくても、小鳥遊は客観的に見ても標準体型なんだけどな。

 ただ、猫背で姿勢が悪いのと、胸が大きいせいでちょっとバランスが崩れて見えるところは確かにあるんだが……

 

「ただいま」


 そんな事を考えながら部屋に入った俺。

 そんな俺の前に小鳥遊が近寄ってきたんだけど……


「お、お帰りなさ……い……」


 って……頭の上に分厚い雑誌を載せて、フラフラしながら歩いている小鳥遊。

 

「おいおい、何をしてるんだ?」

「あ、あの……し、姿勢を良くするために……」

 

 恥ずかしそうに頬を赤くしながら、そう言った小鳥遊なんだけど…… 

 多分、婆さんが指導したんだろうな。

 やっぱり、みんな考えるところは同じってことか。


「そうだな。今後のこともあるし少し頑張ってみるのもいいかもな。小鳥遊ってばちょっと猫背だし」

「う、うん……そのせいで、学生時代からすごい肩こりで……」


 あぁ、そういえば前にも言ってたもんな。

 

「どれ、少し揉んでやろう」

「……え?」


 俺の言葉に、即座に真っ赤になっていく小鳥遊。

 って……ちょっと待て、何か勘違いしてないか?

 両手で胸を隠すような仕草をしながら、


「あ、あの……まだ、お婆さんがいるから……」


 モジモジしている小鳥遊なだけど……


「違う違う、肩を揉んでやろうかって言ってるんだ、肩を」

「え?」


 俺の言葉を理解した小鳥遊は、さっきよりも更に真っ赤になって俯いてしまったんだが……そんな小鳥遊の後方、リビングからこちらの様子を覗いていた小鳥遊の婆さんは、


『私の事は気になさらずに』


 とでも言わんばかりの表情を浮かべていたんだけど……明らかに顔が上気していて、肩が上下していたわけで……のぞき見する気満々じゃないか。

 ホント、小鳥遊の婆さんはぶれないんだよな……良い意味でも悪い意味でも……


◇◇


 今日の夕飯は、すき焼きだった。


「ひよりんのお疲れ様会と、婿殿の昇進祝いですわ」


 にっこり微笑む小鳥遊の婆さん。

 

「なんかすいませんね、俺の事まで祝ってもらって」

「いえいえ、何をおっしゃいますか。ひよりんの大事な婿殿のお祝い事ですもの、当然ですわ」

 胸の前で両手を合わせながら嬉しそうな小鳥遊の婆さん。

 その横で、小鳥遊も笑顔を浮かべている。

 

「んじゃ、ま。お疲れ様でした」

「お疲れ様、ひよりん」

「あ、ありがとうございます……」


 3人で、手にしたグラスを合わせていく。


「せっかくなんだし、爺さんも呼んだらよかったのに」

「それがですね、今日は海外出張中でして」

「あ、あぁ、そうなんだ……」

「それで、お祝いの品を預かって来ておりますの。婿殿の昇進祝いもありますわ」

「そうなんだ。後でお礼をしないとな……」

「いえいえ、お礼なんて……ふふふ」


 そう言うと、婆さんは、隣に座っている小鳥遊の事をにんまりとした笑みを浮かべながら見つめていく。

 その視線が、小鳥遊のお腹のあたりを凝視していて……


「私も、あの人も、お祝いとして元気な曾孫の顔を見せてくれればそれでかまいませんわ」

「あ、い、いや……」


 なんか……返事に困る事をさらっと口にするんだよな、小鳥遊の婆さんってば……

 後妻さんで、俺と年齢も変わらないんだから、その辺りはもう少し容赦してほしいんだけど。


 でもまぁ、こんな感じで、常にフランクで温厚な性格だから、コミュ障の小鳥遊も馴染んでいるんだろうな。

 こうして並んで食事をしている姿を見ていると仲良し姉妹にしか見えないしなぁ。


「そういえば、今日の午後はどうだった? 半日、新しい係長の下で働いたんだろ?」


 俺がそう言うと、小鳥遊の顔が即座に強ばった。

 その様子を見た俺も、思わず眉間にシワを寄せていた。


 あの係長……引き継ぎの時から俺の話をほとんど聞いていなかったし……小鳥遊のコミュ障の事も、多分配慮なんて出来ないだろうとは思っていた。

 まぁ、それもあって退職することを勧めたわけなんだけど……


「……私だけじゃなくて、他の皆さんも困っていました……」

「そ、そうなんだ……えっと、なんか済まないな、変な事を聞いちまって」


 多分、小鳥遊の精神衛生上よろしくない出来事があったんだろうな……

 それを察した俺は、


「ま、まぁ、あれだ……これからは、専業主婦になってもいいんだしな」


 慌てて話題を変えていった。

 新しい係長の事は、伝手を使って調べてみるとして……仕事の事を家に持ち込むのも野暮ってもんだし。


 俺がそう言うと、小鳥遊がおずおずといった様子で一枚の紙を俺に差し出した。


「ん? これは?」

「あ、あの……ネットで求人広告を調べたんです……そしたら、こんな在宅ワークの求人を見つけて……」


 小鳥遊から受け取った紙に目を通す俺。


 なになに……

 プログラミング出来る人材の募集……ゲームの構築の補佐的業務をこなせる人を探しているのか。

 連絡先がメアドになっているから、本拠地がどこなのかわからないけど、報酬は結構よさそうだ。


 そういえば、小鳥遊ってば学生時代にプログラミングの視覚をいくつか取得してたんだっけ。

 履歴書に記載があったけど、エクセルや簿記といった俺の会社の業務に関する件しか気にしてなかったんだよな。


「あの……在宅なら、家の事をしながらあれこれ出来ると思いますし……やっぱり、私もひ、浩さんのお手伝いをしたいといいますか……」

「まぁ、俺の給料でも、お前を養っていくことくらい出来ると思うけど……そうだな、将来の事を考えたら、少しでも貯蓄しておいた方がいいかもな」


 俺がそう言うと、小鳥遊の婆さんがすっくと立ち上がった。


「さすがですわ婿殿! 子供が何人出来てもいいように今から貯蓄しておこうというその先見の明! ご安心くださいませ、ひよりんはこのとおり安産型ですのでそのご期待にも十二分にお応え出来ますわ」

「ふ、ふぁ!?」

「それに、子育てに関しましても、不肖この私が全面的に協力させて頂きますので、ご安心くださいませ。そうですね、最初はやはり跡取りとして男の子がいいですね。双子という選択肢も悪くはないのですが……」


 なんか……いきなり俺と小鳥遊の新婚生活を語り始めた婆さんなんだけど……隣に座っている小鳥遊が、いろんな意味でもう限界っぽいので、


「そ、その話はそれくらいにして、ケーキでも食べましょうか」


 苦笑しながら、話題を変えていった俺だった。




 


 


 

 

 

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