新しく忙しく その2

 俺の新しい部署。

 トップは東雲課長改め、東雲部長。

 俺が部長補佐で、部内のナンバー2ってことになる。

 まぁ、わかってはいたんだが……俺以外のメンバーは全員20代で……部内最年長も俺なわけで……

 人事を行っていた東雲部長の人選だけあって、閑職だった俺でも名前を知っているような若手有望株が招集されていた。

 そんなメンバーだけあって、東雲部長に対しては、


「「「よろしくお願いいたします!」」」


 と、羨望に満ちた眼差しで元気な挨拶をしていたのだが、俺に対しては、


「「「……よろしくお願いいたします」」」


 と、若干戸惑いというか『なんであなたが?』といった困惑にも似た挨拶が……

 まぁ、そりゃ仕方ないだろう。

 俺が同期の中で一番出世が遅くて、社内でも色々言われているのは百も承知だしな。

 ただ、そんな俺の事を抜擢してくれた東雲部長の顔に泥を塗るわけにはいかないわけだし、


「みんなも知っての通り、閑職から抜擢された部長補佐の武藤だ。そのあたりの事情はともかく、みんなと一緒に仕事を出来ることを楽しみにしている。よろしく頼むな」


 笑顔で、そう挨拶しておいた。

 正直、反応は微妙だったんだが……まぁ、今後の俺の行動で判断してもらうしかないだろう。


 東雲部長は、早速営業会議にかり出されていた。

 んで、部長補佐の俺も同席したんだが、


「あれ? 武藤か?」


 そう言って声をかけてきたのは、他の営業部の橋本部長。

 俺の同期だ。


「あぁ、橋本か。久しぶりだな」

「久しぶりはいいんだけどさ……お前がなんで営業部長会議に出てるんだ?」

「新設された営業部の部長補佐になったんでな」

「は? お前が?」


 俺の説明を聞いた橋本は、最初目が点になっていたんだが、


「そりゃめでたいな。今度昇進祝いってことで飲みにでも行くか」


 笑顔でそう言ってくれた。

 橋本は、同期の中では割と仲がいいヤツなんだが……

 俺が営業先で騒動を起こしたせいで閑職に回されて以降は、完全に没交渉だったんだよな。

 それでも、忘年会なんかの時には、それなりに声をかけてきてくれていたありがたい存在でもあるわけで……


「で、お前、まだ独り身なの? お前もいい加減いい年なんだから、そろそろ嫁さんをもらった方がいいんじゃないか?」


 ……前言撤回


 こういった、返答しづらい事をずけずけと聞いてくる、空気が読めないところがあるんだよな、こいつってば……

 それでも営業部長にまで昇進出来たのは、それだけ仕事を実際に取ってきたからであって、実力なわけだ。

 ウチの会社は、そのあたりが結構シビアだから、年功序列での昇進なんてまずないし、例え部長であっても実績がともなわなかったり、ミスをしでかしたら容赦なく平社員にまで降格される。

 そのあたりに関しては、俺自身が身をもって経験しているだけに、よくわかっている。

 俺が平社員ではなく係長でとどまったのは、それまでの仕事ぶりが評価されたからに他ならない。


「相手がいればすぐにでも、って思うんだがな。子供は好きだしな」


 とりあえず、当たり障りのない返事を返した俺。

 さすがに『部下の女の事結婚を前提にしたルームシェアをしていて、すでに両親代わりの爺さん婆さんに挨拶が済んでいる』なんて言えないしな……会社にもまだ言ってないし……

 しかし、そんな俺の言葉を聞くなり、橋本部長は表情を輝かせながら俺の両肩を掴んできた。


「だよな! 子供はいいよな! ウチの娘達もさぁ、今度6歳と4歳になるんだけど……」


 ……しまった

 橋本の子供大好きパパスキルの事を忘れていた。

 こいつ、子供の事になると止まらなくなるんだよなぁ、橋本の部長補佐の女の子も、横で苦笑しているし……


 俺が困惑していると、東雲部長が間に入ってきた。

 にっこり微笑みながら、橋本部長の顔を見つめていく。


「橋本部長、娘さん可愛い盛りですね。でも、そろそろ会議が始まりますので、そのお話は後日改めてということにさせて頂けませんか?

「あ、そ、そうですね。わかりました。じゃあ武藤、これからもよろしくな」

「あぁ、こちらこそ」


 東雲部長の機転のおかげで、会議室前で娘自慢を聞かされる事態を回避することが出来た俺。


「東雲部長、助かりました」

「いえ、橋本部長はいつものことですから」


 その顔に、いつものクールな笑みを浮かべながら会議室に入っていく東雲部長。

 その途中で足を止めると、俺の顔を上目遣いで見上げてきた。


「……あの……」

「はい?」

「……わ、私も、子供好きですよ」

「あ、そ、そうなんですね」


 東雲部長にいきなりそんな事を言われたもんだから、思わず声が裏返ってしまった俺。

 しかも、いつも胸を張って堂々とした立ち振る舞いの東雲部長が、背を少し曲げて上目使いなんていているもんだから、その破壊力たるや……


 東雲部長がそれ以上何も言うことなく会議室に入っていってくれたおかげで事なきを得たんだが……これも東雲部長なりに気を使ってくれたのか?


◇◇


 俺の、新部署での初日は、終日会議で終了してしまった。

 

 部署に戻ると部下は全員帰宅した後だった。

 まぁ、就業時間をすでに過ぎていたし、新営業部発足初日だったし、まぁ、こんなもんだろう。


「部下のみんなは、営業の仕事がしっかり出来るのは保証します。そのかわり、自分の仕事が終了したら、きっちり定時で帰るんですけどね」

「いいんじゃないですか? むしろ、それくらい割り切っている方がみんなもやりやすいんじゃないかと思いますし。何かトラブルが起きたら、まずは俺が相談にのりますし」

「えぇ、よろしくお願いいたします」


 俺の言葉に、笑顔で応える東雲部長。


 で、東雲部長はこの後、部長就任祝いってことで他の営業部の部長達と飲み会ってことで会社を後にしていった。

 俺は部長補佐なのでお声がかからなかったわけなんだが、まぁ、声がかかったとしても正直あんまり気乗りしないというか……まぁ、そういった役職なので断りはしないが、今の俺は少しでも早く帰宅して、小鳥遊の作った飯を食いたいわけで……


 そう考えると、すでに胃袋を掴まれているってことなのかもしてないな。


 となると、小鳥遊の婆さんの戦略にどっぷりはまっている気がしないでもないんだけど、悪い気はしないので、深く考えない事にしよう。


 さて、今日は小鳥遊の退職記念日だし、ケーキでも買って帰るとするかな。

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