新しく忙しく その1

 と、まぁ……そんなわけで……


 ツルハとエデンという新たな内政仲間が出来たには出来たのだが……

 一応、フレンド登録をさせてもらったので、プライベートチャットを交わす事が出来るようになっていたんだけど、


『リトルちゃん、すっごく可愛いんですよ!』

『マジ天使です!』


 とまぁ……まるで


『今日のリトルちゃん』


 的なチャットが毎日送られてきていて、チャットの中にはリトルちゃんのスクショが貼りまくられていて……正直、村の経営を真面目にしているとは思えないというか……


 ただ、考え方を変えてみると……


 ツルハとエデンの2人は、ディルセイバークエストの中での自分達なりの楽しみ方を見つけたと言えなくもないわけなんだよな。

 

「……まぁ、リトルちゃんもテテみたいにアドバイスはするだろうし、後は本人達次第ってことか……」


 ツルハとエデンに関しては、そう考えることで自分を納得させることにした。


 それからしばらくの間……


 ツルハとエデンみたいに、内政系のアドバイスを求めて俺の元を訪ねてくるプレイヤーが結構やってきていた。


 そのほとんどのプレイヤーさん達が、イースさんの攻略サイトで俺の事を知って、ログインの街にあるメタポンタ村のアンテナショップを訪ねてくるという流れだった。

 

 俺も、毎日1度はアンテナショップの様子を確認しに行っていたので、そういったプレイヤーさん達の相談にのってあげていたんだけど……


『あの、エルフの村を作りたいんですけど……』

『騎乗出来るドラゴンを育てるにはどうしたら……』

『仲間に出来るモンスターを飼育したいのですが……』


 と、いった具合で……10人いれば、10通りの希望というか要望が出てくるわけで……

 ただ、これもいわゆるプレイヤーさんがこのゲームでやりたいこと・求めていることなわけなんだよな。


 なので、ここで聞いた内容は全てファムさんへ伝えることにしている。

 ファムさんも、


「こういったプレイヤーさんの生の声はありがたいです」


 と、NPCである事を忘れた発言をしながら感謝してくれていた。

 

◇◇


「おはようございます」


 リビングに行くと、台所に小鳥遊と、小鳥遊の婆さんが並んで立っていた。

 連日、朝早くにやってきては小鳥遊に料理の指導をしてくれている婆さん。


『花嫁修業はみっちりしないといけませんものねぇ』


 にっこり微笑みながら、そう言ってくれている婆さんなんだけど、小鳥遊が手を離せない隙に、俺の元に歩み寄ってきて、


『ところで、ひよりんの具合がいかがなものかしら?』

『婿殿を満足させておりますかしら?』

『具体的にどのような接し方をなさっておいでなのでしょうか?』

『参考のために、今度物陰から参観させていただいてもよろしくて?』


 と、まぁ……毎回最後にはハァハァと荒い息を吐きながら、にじり寄ってくるという……毎度毎度の昼ドラ大好き婆さんならではの展開になっているんだよな……


「お、おはようございます……」


 いつものように、少しはにかみながら笑顔を浮かべている小鳥遊。

 隣で、婆さんもにっこり微笑みながら一礼している。


 最近では、こうして2人と挨拶を交わしてから朝食をとるのが当たり前になりつつあるんだよな。

 

 今朝も、俺と小鳥遊、そして小鳥遊の婆さんの3人で食卓を囲んだ。


 小鳥遊の婆さんは、毎朝始発でやってきて小鳥遊に朝食の指導をしてくれている。

 俺達の出勤に会わせて一度帰宅し、仕事を終えた小鳥遊と駅で合流して、買い物をして俺の部屋に帰宅するという生活を送っている。


 何度も往復するくらいなら、しばらく住み込んでもらっても……


 と、思ったこともあったんだが……あの婆さんだけに、夜の寝室に忍びこんできて……例え忍びこまなかったとしても、聞き耳をたてまくることは容易に想像出来たもんだから、俺がそのことを口にすることはなかった。


◇◇


 朝食を終え、身支度を調えると、まず小鳥遊と小鳥遊の婆さんが家を出た。

 しばらく時間をあけて、俺も部屋を出る。


 ちなみに、こうして小鳥遊が仕事へ向かうのは今日が最後だ。


 実際の退職日はもう少し先なんだけど、残っている有給を消化するには明日から休むしかなかったんだよな。


 ちなみに、俺も今日の昼から配置換えになる。

 東雲課長が、今日付で新たな営業部の部長に昇任するのに合わせた人事ってわけだ。

 なので、始業前に、部署のみんなが揃ったところで、


「みんなも知っていると思うが、小鳥遊さんは今日が最後の勤務になる。短い間だったがよく頑張ってくれた。俺は昼までしかここにいないので、終業時には拍手で見送ってやってほしい」


 席を立って、皆にそう声をかけた。

 すると、


「小鳥遊さん、お疲れさま」

「近くにきたら寄ってくださいね」


 皆、口々にそんな事を言いながら、拍手をしてくれた。

 こういうことに慣れていない小鳥遊は、真っ赤になって俯いていたんだけど、どこか嬉しそうな表情を浮かべているようにも見えた。


 思えば、コミュ障のせいで今まで勤務した会社をことごとく首になっていたんだよな、小鳥遊ってば……

 俺から言わせれば、小鳥遊の性格に配慮してやって、その力を存分に発揮出来る環境を与えてやりさえすれば、これだけの結果を残せるわけだし、今までの上司達が無能……とまでは言わないが、やり方に若干問題があったとしか思えないんだよな。

 その証拠に、俺の部署でそれなりに仕事をこなせるようになった途端に、上部の部署への配置転換の話が出たくらいだし。

 それに、俺が営業部の部長補佐へ抜擢されたのも、小鳥遊が結果をだしてくれたおかげといえなくもないしな。


 そんなこんなでお昼になり、俺は小鳥遊を連れていつもの定食屋へと足を運んでいた。


「記念ってわけじゃないんだが、最後の出勤日なんだしな」


 ニカッと笑う俺。

 そんな俺の前で、小鳥遊は耳まで赤くしたまま俯いていた。


「……あ、あの……同僚のみなさんに笑顔で拍手してもらえたのって……はじめてで……その、ぜ、全部、武藤係長のおかげです……本当にありがとうございます」

「何言ってるんだ。俺は環境を提供してやっただけだ。そこで頑張ったのは紛れもなくお前自身なんだぞ。だから、胸を張っていればいいんだ」


 まぁ、実際に胸を張ったら、シャツがやばいことになりそうなんだが……


 しかし、小鳥遊の胸って本当にすごいんだよな……

 夜の際に触れてみて実感したんだけど、でかいのに全然垂れてなくて、すっごく弾力があって顔を埋めると得も言われぬ……


「はい、日替わり定食2人前ね」


 俺がよからぬ妄想をしていると、個室の扉が開いて女将さんが料理を運んで来た。


「あ、あぁ、ありがとうございます」


 不意を突かれたもんだから、若干声が裏返ってしまったんだが、どうにかお膳を受け取った俺は、


「んじゃ、頂くとするか」


 笑顔で小鳥遊に声をかけた。

 

「はい」


 小鳥遊は、笑顔で頷いた。

 うん、なんかいいな、こういうのって。


◇◇


 昼食を終えて部署に戻ると、後任の係長がすでに席に座っていた。


 気のせいか、ピリピリしているように見えなくもない。

 部署に残っていた部下達も、どこか落ち着かない様子でソワソワしているし……


 まぁ、新たに着任したばかりだし、どっちも緊張しているのかもしれないな。


「じゃあ、こいつらの事、よろしく頼みますね」


 笑顔で言った俺なんだけど、後任の係長は俺が作った引継書から視線をはずすことなく、小さく頷いただけだった。


 いや……あのさぁ、あんたは俺より一回り以上年下なんだし、もう少し気を使ってくれてもいいんじゃあ……


 若い頃の俺だったら、そう言って怒鳴りつけていたと思うんだが、まぁ、そこは年相応に丸くなっているってことで、その失礼な態度にもスルーを決め込み、部署を後にした。


「さて……感慨にふける間もなく、今度は新しい部署か」


 両手で頬を張り、気合いを入れると、俺は廊下を歩いていった。

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