婿殿って…… その2
早苗ちゃんと別れた俺は、会社へ向かっていた。
「武藤さん、お仕事頑張ってください!」
笑顔で手を振りながら見送ってくれた早苗ちゃんだったんだけど、最初の頃からは想像出来ない姿だよな。
おどおどしながらスマホを画面を差し出してくるのがやっとだった頃を知っているだけに、余計にそんな気持ちになってしまう。
「……娘が出来たら、あんな感じなのかなぁ」
なんて言葉をつい口にしてしまったりして……いかんな、小鳥遊と正式に付き合いはじめて浮かれているみたいだ。
交際即結婚を考えてしまう俺だから、なかなか彼女が出来なかったというか……普通はお試しでお付き合いしてからそういう事を考えるんだろうけど、相手の女性の時間を共有させてもらうわけだし、お付き合いさせれもらうのならそこまで考えるのが当たり前だと思っているし、その考えを変える気もないし……その重い考えのせいでなっかなか彼女が出来なかったわけなんだけど、でもまぁ、そのおかげで小鳥遊と出会えたと思えば悪くはないか。
そんな事を考えながら会社への道を歩いていると、
「……邪魔ですわ、お去りなさい」
……ん? ……なんか女性の怒ったような声が聞こえてきたんだが……
振り返ると、数人の男達に囲まれている女性の姿があった。
今時珍しく、和装を上品に着こなしているその女性……見たところ20代後半といったところだろうか、その女性に男達が絡んでいるみたいだ。
見るからに遊び人といった感じの男達は、
「そんなに邪険にしないでYO」
「俺達ALLの帰りなんだけどさ、まだやってる店知ってるし、一緒に飲もうZ!」
「ほらほら、1名様ご案内~!」
男の一人が、女性の腕を強引に掴んで歩きだそうとする。
女性は、明らかに嫌がっているんだが、男達は当然のように気にしていない。
で、その腕を俺が掴んだ。
「な、なんだYO!? おっさん」
「通りすがりのおっさんだけどさ、この手話してくれるか?」
「HA!? 意味わかんないし?」
「俺達、これからこのお姉さんと遊ぶんだからSA!」
「社畜のおっさんはとっとと会社へGO TO HELL!」
女性を取り囲んでいた男達、今度は俺の周囲を取り囲んできた。
一人は、いまだに女性の手を握ったままだ。
……俺一人なら、3人くらいなんてことはないんだが……この女性が一緒となるとちょっと厄介だな。それに会社も近いし、あまり騒ぎは起こしたくないしここは穏便に話合いで……
「とにかく、だ。この女性は嫌がっているんだ。飲みに行くのならお前達だけで行けって」
「A!? 何言ってんのおっさん?」
いきなり男の一人が俺の胸ぐらを掴んできた。
身長は俺くらいありそうだけど、線は細いし、胸ぐらの掴み方もなっていない。
相手の胸ぐらを本気で掴むのなら体制を崩すくらいの勢いでやらないと効果はないっていうのに……って喧嘩っぱやかった昔の思考を持ち出してどうする俺。
「まぁまぁ、とにかくシャツをそんな持ち方されたらシワになっちまうじゃないか」
そう言うと、男の手を逆方向にひねりあげた。
指一本掴んでいるので、為す術なく俺の胸ぐらから手を離していく。
「あだだだだだ!? ちょ、マジ痛いんですけDO!?」
「ちょ、おっさん、何むかつくんですけDO!」
その語尾を無駄に強調する話し方って、最近の流行りなのか?
逆に俺の方がむかついてくるんだが……ここは大人の対応で、笑顔を返しておいた。
……こいつらの興味を俺に集めておいて、その隙に絡まれた女性を逃がさないと……
そう思った次の瞬間……女性の腕を掴んでいた男の体が宙を舞った。
それはそれは見事な一本背負いだった。
小柄な女性は、自分の腕を掴んでいる男の腕を掴み返すと、そのまま一挙動で男を投げ飛ばしてしまった。
「今時の男は軟弱ですわね。投げてくださいとばかりに隙だらけではありませんか」
道路の上で大の字になっている男の前で、両手をパンパンと叩いているその女性。
男をあれだけ派手に投げ飛ばしたにもかかわらず、和装がまったく乱れていないのを見ると、相当武道経験があるとしか思えない。
「ちょ!? な、なんだよこの女」
「こんな暴力女、こっちから願い下げだ!」
女性の反撃にびっくりしたのか、語尾を無駄に強調することも忘れて捨て台詞を口にしながら走り去っていく男達。
「なんだよ……マジで口だけかよ、あいつら」
その後ろ姿を、呆れた表情で見送った俺は、改めて女性へ向き直っ……
「……あ、あれ?」
さっきまでそこに立っていたはずの女性の姿が、忽然と消えていた。
え? あ、あれ? ……どういうことだ?
周囲を見回しても、あの女性の姿はなかった。
男達が走り去っている姿はあるし、夢じゃなさそうなんだけど……
思わず自分の頬をつねりながら、俺は周囲を見回し続けていた。
◇◇
「……それで、その状態になったわけですか」
会社の自販機コーナーで、東雲課長がクスクス笑っている。
出社した俺は、気を落ち着けるためにちょっと一服しようと自販機コーナーへ立ち寄ったんだけど、そこに東雲課長がやってきたわけだ。
「いや、まぁそうなんですけどね」
頬をさすりながらコーヒーを口にする俺。
先ほどの出来事が信じられなくて、しばらく頬をつねっていた俺なんだけど、強くつねりすぎたせいで頬が真っ赤になっていたんだよな……
受付の女の子がクスクス笑いながら教えてくれたんだけど……いやはや、朝から何やってんだ俺ってば。
「でも、さすがは武藤係長ですね。男性に絡まれている女性を助けるなんて、なかなか出来る事ではないと思います」
「そりゃまぁ、困っている人がいたら助けるのは当たり前じゃないですかね?」
「その当たり前が、最近はなかなか……」
笑顔を浮かべながら、コーヒーを口にしていく東雲課長。
「女性の方も、恥ずかしかったんだと思いますよ、きっと」
「ならいいんですけどね……」
東雲課長の言葉に、苦笑を返す事しか出来ない俺。
まぁ、でも、あれこれ考えてもしょうがないわけだし、さっきの出来事は夢だったと思うことにするか。
……しかし
あの女性ってば、どっかで見たことがあるというか……誰かに似ている気がしたんだが……和装の似合う、胸が絶壁で、小柄な女性……
少し考えを巡らせたものの、思い当たる相手が出てこない。
しかし、なんかモヤモヤするんだよな……
「ところで武藤係長、急で申し訳ないのですが、今日の午後また出張に同行していただいいてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい、大丈夫ですよ」
「では、準備が出来ましたら内線しますので、よろしくお願いいたします」
丁寧に一礼すると、東雲課長は自販機コーナーを後にしていった。
さて、俺もそろそろ部屋にいかないとな。
残っていたコーヒーを飲み干すと、大きく伸びをしながら廊下を歩いていった。
◇◇
朝はデスクワーク。
午後は東雲課長の出張に同行。
最近お馴染みになっている流れで仕事をこなした俺は、いつもの時間に会社へ戻り、退社した。
今日も3社回ったというのに、きっちり定時前に帰社出来ているあたりは、さすが東雲課長といったところだろう。
事前に行き先・話の内容などをきっちりシミュレートしていないと、ここまできっちりと終わるはずがない。
「俺もあれぐらい出来るようにならないとな……」
そうは思うものの……いや、あれは東雲課長だからこそ出来る芸当であって、俺なんかに出来るはずがない。
他の課長連中だって、あそこまできっちりこなせている人はいないしな。
そんな事を考えながら帰宅した俺。
「ただいま」
「お帰りなさいませ、婿殿」
……うん?
玄関口で、俺を出迎えてくれたのは小鳥遊じゃなかった。
小柄で、胸が絶壁で、和装が似合っている……って、あれ? この女性って……
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