婿殿って…… その1
「……ふぅ」
ログイン用のヘルメットを脱いだ俺は、思いっきりため息をついた。
……岩石亜人の女の子には、とりあえず次回ログインするまでに名前を考えておくからって、どうにかその場凌ぎをすることば出来たけど……いやはや、どんな名前を付けてやればいいんだろう……いっその事、デフォルトで基本の名前を決めておいてくれればいいのに……あ、でもまてよ……それをやったら俺の『フリフリ』みたいな名前を付けられかねないし……
そんな事であれこれ思考を巡らせていたんだけど……気がつくと、小鳥遊もログアウトしたらしく、ヘルメットをはずして俺に抱きついてきた。
抱きついた……といっても、俺の腕に自分の腕を遠慮気味に絡めてきただけなんだけど……
ぽよん
って……小鳥遊の胸が俺の腕に当たってきたもんだから、色々と意識してしまうというか……って、いかんいかん……明日も仕事なんだし、連日相手をしてもらっていたら小鳥遊の体力までやばくなってしまうし……
「仕事もあるし、今日は寝るとするか」
「……」
俺の言葉に、少し不満そうな表情を浮かべた小鳥遊なんだけど、それでもコクリと頷いてくれた。
お互い社会人なんだし、仕事を疎かにするわけにはいかないしな。
「……あの……お願いしても、いい?」
「ん? あぁ、なんだ?」
「あの……う、腕ま……」
モジモジしながらモゴモゴ言っている小鳥遊なんだけど……その意図はすぐに理解出来た。
俺は、右腕で小鳥遊の頭を抱きかかえてやった。
いわゆる腕枕ってやつだ。
……しかし、この俺がまさか恋人相手に腕枕をする日がくるとはなぁ
正直、ここまで甘えられる経験がなかっただけに、初めての経験が目白押しというか……うん、こういうのも悪くない。
俺の腕に頭を乗せて目を閉じている小鳥遊。
気持ち、頬が赤くなっている気がする。
目は閉じているものの、時折薄目を開けて俺の様子を見つめているんだけど、その度に口元に笑みが浮かんでいる。
その仕草が……正直、すっげぇ可愛い
なんていうか……俺がこいつを守ってやらないとっていう父性本能を思いっきり刺激されるというか……こういうのも、悪くないな。
小鳥遊の体温を感じながら目を閉じていると、俺もいつしか眠りに落ちていった。
◇◇
「……ん」
何かの音で目が覚めた。
小鳥遊はすでに起きているらしく、隣に姿はなかった。
リビングの方から何か聞こえてくるし、朝飯でも作ってくれているんだろう。
ベッドから起き上がった俺は、とりあえず顔を洗うために洗面所へ向かおうと、リビングへ向かった。
案の定、リビングと面している台所では小鳥遊が朝飯を作ってくれている最中だった。
「おはよう小鳥遊。毎朝ありがとな」
「あ、お、おはようございます……い、いえ……その、こ、これは、当然といいますか……そ、その……お、奥さんになるのなら……」
だんだん顔を赤くして、言葉が小さくなっていったもんだから最後の方が聞き取りにくかったんだけど……でもまぁ、十分に言いたいことは伝わってきた。
「小鳥遊の飯はホントに美味いからな。そんなお前と付き合う事が出来て俺は果報者だよ」
俺が笑顔でそう言うと、小鳥遊ってば真っ赤だった顔をさらに赤くしてその場にしゃがみ込んでしまった。
そこまで喜んでもらえると嬉しいというより、俺まで恥ずかしくなってしまうというか……
「じゃ、じゃあちょっと顔でも洗ってくらぁ」
裏返った声をあげながら、早足で洗面所へ移動していった俺。
うん、なんか、この空気は苦手というか、あまり経験したことがないだけにいたたまれなくなってしまったというか……でも、悪い気はしないな、うん。
◇◇
食事を終え、出勤準備を整えた俺達は、いつものように別々に家を出ることにした俺と小鳥遊。
まず先に小鳥遊が出勤した。
時間を空けて、俺が家を出る。
「さて、今日も頑張るか……」
鍵をかけて、エレベーターへ向かおうとすると、
「あ、ひろっち!」
そんな俺を呼び止める声。
……なんか、こうやって呼ばれるのも久しぶりな気がするな。
振り返ると、そこに古村さんが立っていた。
今日は……うん、ちゃんと下も着ているな。
「おはよう、古村さん。家の片づけが出来たみたいだね」
「あはは……とりあえずトイレまでの導線は確保したって感じなんだけど……そのせいでリビングとかは匍匐前進で進まざるを得なくなってしまってるんだけどねぇ……あは、あはは」
あはは……って……おいおい、お隣さんだから、俺の部屋と同じ間取りのはずなんだけど……その部屋が匍匐前進しないといけないくらい物で埋め尽くされているって、いったいどんな状態なんだよ……
苦笑している俺の前で、いつものようにお気楽に笑っている古村さん。
ホント、この人ってば良い意味でも悪い意味でも空気を読まないんだよな。
言いたいこと、そのまま口にしてしまうのは色々問題があると思うけど、逆に言えば、その言葉に嘘偽りがないだけに信頼出来る相手でもあるわだ。
「朝ご飯の買い出しに行こうと思ったらちょうどひろっちの姿が見えたから、嬉しくなって声をかけちゃったんだ。お仕事頑張って~」
「古村さんは、ひょっとしてまた徹夜開けかい?」
見るからにヘロヘロしている古村さん。
聞いておいてあれなんだけど、徹夜明けなのは間違いないだろう。
「あはは、さすがひろっち。ボクの事をわかってくれてて嬉しいよ」
「いや、古村さんの事をわかっているというか……誰でも気がつくと思うよ。とにかく、朝飯食ったらしっかり睡眠とれよ」
「うんわかった!」
そう言うと、古村さんは俺の腕に抱きついてきた。
「あはは、そんなわけでコンビニまでご一緒よろしくぅ」
「い、いや……こ、コンビニまではいいんだが、この体制はマジでやめてくれ」
「え~、いいじゃん別に~っていうか、徹夜明けで誰か支えてくれてないとマジやばいんだ~」
「それはわかったけど、とにかく抱きつくのは駄目! 却下!」
「え~ケチ~」
「ケチじぇねぇ!」
そんな言い合いをしながら、どうにか古村さんを引き剥がすことに成功した俺。
そのまま、マンションの近くにあるコンビニまで同行し、そこで古村さんとは別れた。
……ったく、古村さんも若い女の子なんだから、生活態度を見直すべきだと思うんだが……
そんな事を考えながら駅へ向かう俺。
「あ、武藤さ~ん!」
そこに、早苗ちゃんの姿があった。
「あれ、早苗ちゃん、今日から学校が再開になったのかい?」
「あ、いえ。今も休校中なんですけど、今日は週に1度の登校日なんです」
新型インフルの蔓延のせいで、早苗ちゃんの学校は新学期早々から休校になっていた。
休校前も、特別時間割とかで登校時間が遅くなっていたせいで通勤電車で出くわすことがなかったんだよな。
「週一登校か……なんか色々大変だね」
「はい、学校に行くのが楽しくなってきたところだったので、以前みたいに毎日通いたいんですけど……」
……そういえば
はじめて出会った頃の早苗ちゃんって、小鳥遊以上に人見知りをこじらせていて、スマホを通してでないと会話出来なかったんだ。
しかも、何故か文面で噛みまくるという重傷ぶりで……
そんな早苗ちゃんなんだけど、今は普通に俺と会話が出来るようになっている。
ゲームの中のエナーサちゃんとしてもほとんど噛まなくなっているし……ゲームの中で俺やエカテリナ、イースさん達と話をすることで、人見知りが解消されてきているのかもしれないな。
「じゃあ、今日も途中までボディガードをしてあげるよ」
「はい、よろしくお願いいたします」
俺の言葉に、嬉しそうに微笑みながら深々と頭を下げる俺。
……これは問題ですわね
「……ん?」
「……? どうかしましたか?」
「あ、い、いや、なんでもない」
声が聞こえた気がして周囲を見回した俺。
しかし、声の主らしき人物の姿は見えなかった。
ちょっと気になったものの、
「あ、武藤さん、この電車に乗らないと遅刻に……」
「おっと、そりゃまずい! 急ごう」
早苗ちゃんの声に押されるようにして、駅の中へ駆け込んでいった。
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