婿殿って…… その3

 今、俺はソファに座っている。

 目の前には、先ほど俺の事を出迎えてくれた和装の女性が座っている。

 背筋がスッと伸びていて、座っている姿もすごく綺麗なこの女性なんだけど……


「……して、婿殿。まずはお礼と、お詫びを申し上げさせていただきます。今朝は、私が若い男の子達に絡まれているところを助けようとしてくださり、心より感謝を申し上げますととともに、お礼の1つも述べずにその場を立ち去ったことをお詫び申し上げいたします」


 深々と頭を下げる女性……

 うん、この話を聞く前に気がついていたんだけど……この女性ってば、今朝男を見事な一本背負いで投げ飛ばしたあの女性だったわけだ。


「いえいえ、とにかくご無事で何よりでした。あの場を急いで立ち去られたのも何か理由があったんでしょうし、別に気にしていませんから」


 俺の言葉を聞いた女性は、俺の様子をジッと見つめていた。

 なんなんだろう……さっきからずっと、こんな感じで俺の様子というか一挙手一投足を値踏みされているような気がしてならないんだけど……


「ふぅむ……決しておごることなく、それでいて過度に媚びるわけでもなく……うむ、爺様の言う通り見所のある殿方である事は認めましょう……ですが」


 ここで、女性の視線がきつくなった。

 まるで俺のことを射貫くかのような冷たい視線。

 ……なんだ、これ……その視線を前にすると背筋がゾクッとしたぞ、おい……

 視線だけでここまで肝を冷やされるなんて、なかなか経験がないというか……


 ……ん? まてよ……


「あの……ちょっといいですか? 俺、あなたのお爺さまとお会いした事があるんですかね?」


 うん……なんというか、身に覚えがないというか……

 仕事先で出会った相手はだいたい俺と同年代か、やや下の世代ばかりだったし、他にこの女性が「爺様」と呼ぶような年代の方と会ったことなんて……


「……あ」


 ここで俺はあることに思い当たった。

 そうだ、一人いた。


 小鳥遊の爺さんだ。


 先日、小鳥遊の行方を心配して俺の家に突撃してきた、あの爺さんがいたじゃないか……ってことはだな、あの爺さんを「爺様」と呼んでいるってことは……


 混乱している俺を見つめていた女性は、


「……そういえば、私とした事が、まだ自己紹介をしておりませんでしたわね……コホン」


 小さく咳払いをすると、その女性は改めて俺を見つめてきた。


「私、小鳥遊ひよりの婆様でございます。先日は我が夫が突然お邪魔してご迷惑をおかけいたしました」

「……え?」


 その女性の言葉に、びっくりしてその場で固まってしまった俺


 いや、そりゃびっくりするなって方が無理がある。

 小鳥遊の婆さんを名乗ったこの女性なんだけど、どうみても俺より年下にしか見えないんだぞ? さすがに小鳥遊よりは年上に見えるけど、2人並んでいたら姉妹にしか見えないというか……


 混乱しながらも、


「あ、は、はじめてお目にかかります。俺……い、いや、私は武藤浩と申します」


 どうにか挨拶を返していく俺。

 そんな俺の横に、コーヒーカップをトレーにのせた小鳥遊が歩み寄ってきた。

 俺と婆さんの前にカップを置いていく小鳥遊。


「ひよりん、わざわざありがとうね。お婆ちゃん、ひよりんの入れてくれたコーヒーが大好きなのよ。赤ちゃんの頃から面倒を見てあげていたひよりんに、こうしてコーヒーを入れてもらえるなんて、ホント、私は果報者ですわ」


 ……んん?


 赤ちゃんの頃から面倒を?

 い、いや、でも……20代前半で嫁いだのであれば今は40代ちょっとだし、それならギリギリ納得出来るというか……いや、40代にも絶対に見えない容姿なんだけど、この婆さんって……

 あ、でも、ひょっとして爺さんと再婚した年の離れた婆さんって線もありえなくはないか……

 しかし待てよ……小鳥遊の爺さんが前に言ってたけど、小鳥遊はあの爺さんが一人で育ててたって言ってなかったか?

 

 婆さんに詫びを言って、小鳥遊と一緒に台所へ移動した俺。

 キッチン台の前でしゃがみ込み、顔を寄せ合っていく。


「お、おい小鳥遊……あの人ってマジでお前のお婆さんなのか?」

「は、はい」

「でも、前にお前の爺さんが来た時に、お前の事を一人で育てていたって……」

「はぁ……あの人ってば、またそのような戯れ言を申しておりましたか……」

「「う、うわぁ!?」」


 俺と小鳥遊がひそひそ話をしていると、俺と小鳥遊の顔の真下に婆さんが出現していた。

 お、音もなく忍び寄って、しかも床に横になって俺と小鳥遊の会話を盗み聞きするなんて、ちょっと趣味が悪いというか……


「まったく爺様と来たら……確かに、ひよりんが小さかった頃の私はメイドの1人でございましたけれども……その頃から爺様と一緒にひよりんのお世話をしておりましたのに……あのお方は、すぐに全てを自分の手柄のように話してしまうのですから、ホント困ったお方ですわ……でも、そこが可愛いところでもあるのですが……」


 ゆっくり立ち上がりながらそんな事を口にしているその女性なんだけど……その話の内容からして、やっぱり後妻さんっていうのは間違いないようだ。


「……まぁ、その件は改めて帰宅した際に爺様とみっちり話合いをするといたしまして……」


 なんか……そう言っている婆さんの背後から絶望のオーラモーションが発動しているようにしか見えないんだが……このあたりはさすが小鳥遊の婆さんといった事か……


「それで、武藤さん」

「は、はい」

「今日1日かけて、あなたの行動を確認させていただいたのですが……」

「はい?」

「可愛い孫娘の交際相手ですもの、それぐらいしたくなるのは当たり前ではありませんか?」

「あ、いや……それは確かにそうですね、はい」


 婆さんに即されて、ソファへ戻った俺。

 小鳥遊もその横に座った。

 そんな俺達2人を前にして、ソファに座り直した婆さんなんだけど……


「で……今日一日、あなたの行動を拝見させて頂きました結果をお伝えする前に、この方々との関係について少々お話を伺いたく……」


 そう言って、テーブルの上にプリントアウトした写真を並べた婆さん。

 そこには、


 古村さん

 早苗ちゃん

 東雲課長


 その3人とそれぞれ一緒に写っている俺の姿が映し出されていた。


 

 

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