違う、そうじゃない その3

 小鳥遊のじいさんが帰宅した後、俺と小鳥遊は家の中に戻ったわけなんだが……


「夜も遅いし、今日は寝るか」


 大きなあくびをしながら、ソファで横になろうとした俺だったんだが、そんな俺の服を小鳥遊が引っ張った。


「あ、あの……」

「ん? どうした、小鳥遊」


 小鳥遊のヤツ、モジモジしながら俺を見つめているんだが……その顔が真っ赤になっていた。

 顔というか、耳まで赤くなっている……気のせいか、俺の服を掴んでいる手まで赤くなっているような……


「ふ、ふ、不束者ですが……あ、あの……い、一生懸命頑張りますので、よろしくお願いいたします」


 そう言うと、深々と頭を下げる小鳥遊。

 っていうか……なんだよそれは……まるで結婚の挨拶みたいじゃあ……


 ……


 ……


 ……


 ……まてよ


 俺は、先ほどのじいさんとの会話を思い出していた。


『君はひよりんの世話を最後までしてくれるのじゃな?』

『はい。そりゃもちろんですよ』

『……ひよりを、よろしくお願いする』

『あ、はい……しっかり頑張りますので、お任せください』


 ……


 ……


 ……


 ……あれ?


 あの時の会話って……よくよく思い返してみたら……結婚の挨拶をしているみたいに思えなくもないというか……小鳥遊のじいさんはそのつもりで話をしていたんじゃないか?


 今になってそのことに思い当たった俺は、自分の顔が赤くなるのを感じていた。


 あちゃあ……これってば、小鳥遊のヤツが迷惑に思っているんじゃないか?

 じいさんの勘違いを早く解いておかないと、後々小鳥遊が面倒くさいことになるんじゃあ……


 そこまで考えて、俺はあることに気がついた。

 

 ……あれ? ……俺はどうなんだ?


 そう……じいさんに結婚の挨拶と勘違いされた事に関して、俺自身はそんなに悪い気がしていない気がする……いや、気のせいじゃない……全然悪い気がしていない。


 職場で頑張っている小鳥遊。

 俺の膝の上でゲームを楽しんでいる小鳥遊。

 食事を一生懸命作ってくれる小鳥遊。


 ……なんだろう……そんな小鳥遊の事を、当たり前の存在として受け入れている俺の気持ちに、改めて思い当たった。


 多分だけど……仕事の上司と部下っていうのもあって、心の中でブレーキをかけていたのかもしれないな……小鳥遊に好意を持っているにもかかわらず、その事をあえて考えないようにしていたというか……


 そんな事を考えている俺の顔を、小鳥遊がのぞき込んできた。

 

 改めて見て見ると、小鳥遊ってば可愛い顔をしているんだよな。

 目が隠れるくらいまで前髪を伸ばしている上に、いつもうつむいているもんだからあまり気づかれていないんだけど。

 コミュ障のせいで、いつもどこかオドオドしていて、社交性も及第点とは言えない小鳥遊なんだけど……

 

「……ウチの会社に来てまだそんなに時間は経っていないんだけど、お前ってば結構変わったよな」

「……え?」

「いや、何。いつも一生懸命仕事をこなしているし、俺や東雲さん相手ならそれなりに話も出来るようになったし、何より、色んな事に前向きに取り組むようになったな、って思ってな」


 ここで、思わず咳払いをする俺。


 い、いや……俺が言いたいのはそんな事じゃなくてだな……


「……なぁ、小鳥遊」

「は、はい……」

「こんなおっさんが相手で悪いんだが……俺と付き合ってくれないか? ……その、なんだ……結婚を前提にして……」

「え……え、っと……も、もうしてるじゃないです、か……エカテリナとフリフリとして……」

「違う、そうじゃない。ゲームの中じゃなくてだな、武藤浩と小鳥遊ひよりとしてって事だ」


 言った言葉に責任を取るとか、そういう意味合いが全然なかったわけではない。

 とはいえ、それはあくまでもきっかけというか、ひとつのきっかけだったように思う。


 小鳥遊を気にして、

 小鳥遊のためにあれこれ頑張って、

 小鳥遊と一緒の時間を過ごして、


 いつの間にか、小鳥遊の事を側にいて当たり前の存在と思うようになっていた気がする。


 ポタッ


 俺の顔に、何かが落ちてきた。

 よく見ると、それは小鳥遊の目からこぼれた涙だった。

 笑顔を浮かべている小鳥遊なんだけど、その瞳からとめどもなく涙があふれ出していた。

 その涙が、俺の顔を濡らしていく。


「……あの……う、嬉しいんですけど……わ、私なんかで、本当にいいんですか?」

「あぁ、お前がいいんだ」


 俺の言葉が終わらないうちに、小鳥遊は俺に抱きついてきた。

 嗚咽をもらしながら、頷く小鳥遊。

 小柄な小鳥遊なんだけど、そのおかげですごく収まりがいい。

 そんな小鳥遊の頭を撫でていると、なんか俺までほっこりした気持ちになってくる。

 そんな俺を、小鳥遊が見上げてきた。

 嬉し涙で、すごい顔になっている小鳥遊なんだけど、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。


「……しよ」


 いつもの言葉なんだけど……その言葉が、ゲームの事を言っているのではないのは明らかだった。


「し、しかしだな……付き合いはじめたばっかりでいきなりそんな事をっていうのは……ほ、ほら、お互いの事をもっとよく知ってからだな……」


 ……わかっている……我ながらすっごいヘタレた言葉を口にしているって

 肝心なところで一歩踏み出せないもんだから、今まで何度失敗してきたか……

 とはいえ、女性相手となるといまいち一歩を踏み出せないというか、心のどこかでブレーキをかけてしまうというか……


 そんな事を考えている俺なんだけど、そんな俺を見つめている小鳥遊は、俺にギュッと抱きついて、


「武藤さんの事は、いっぱい教えてもらいました……だから……しよ?」


◇◇


 翌朝。


 小鳥遊の部屋のベッドの上で目覚めた俺。

 隣には、小鳥遊が眠っている。

 俺の腕を枕にして、すやすやと寝息をたてている。


 昨夜の事を思い出すと小っ恥ずかしいんだが……小鳥遊の寝顔を見ていると、無意識のうちに笑顔になってしまう俺がいる。

 勢いで付き合う事になっちまったけど……まぁ、落ち着くべきところに落ち着いた気がしないでもない。


「……今日は、新居探しじゃなくて、指輪でも見に行くか……」


 我ながら柄でもない事を考えながら、俺は小鳥遊の寝顔を見つめ続けていた。


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