違う、そうじゃない その2

 いきなり俺の部屋に現れた小鳥遊のじいさんなんだけど……明らかに敵意剥き出しで俺に対峙している。


 ……ただ、まぁ……今の状況ではそれも仕方ないと思う


「おじいさん、お気持ちはわかります。俺も逆の立場でしたらおじいさんと同じように激怒していると思いますので」


 怒り狂っている相手に話が通じるとは思えなかったんだが……とはいえ、会話を試みる以外に良い考えも浮かばなかった俺は、あえて小鳥遊のじいさんに向かって言葉をかけた。

 毅然と、かつ威圧しないように声のトーンにも配慮して……このあたりはクレーム対応を担当していた経験が活きている感じだ。


 ……すると


「……ほう、なかなか話がわかるではないか」


 意外なことに、小鳥遊のじいさんは俺の手前で立ち止まると、俺を真正面から見据えてきた。

 腕組みし、ジッと俺を見つめている。


 意外に、話がわかる人なんじゃないか? 小鳥遊のじいさんって……


「申し遅れました。私は武藤浩といいます。小鳥遊の職場の上司でして……」

「な、何!? 貴様があの武藤くんなのか!?」


 俺の自己紹介を受けて、何故か目を丸くした小鳥遊のじいさん。

 これって、小鳥遊が俺の事をじいさんに紹介していたってことだよな……

 俺とじいさんのちょうど間に立っている小鳥遊へ視線を向けると……オロオロしながら俺とじいさんを交互に見つめて続けていた。

 じいさんに向かって何か言おうとしているんだけど、口をパクパクするばかりで言葉が出て来ていない。

 これは、援護射撃は期待出来そうにないな……

 ここは、一時凌ぎとはいえ俺の部屋でのルームシェアを提案した俺がなんとかしないと……

 

 小さく咳払いをした俺は、改めてじいさんへ視線を向けた。

 すると、俺が言葉を発するよりも先に、じいさんがいきなり俺の両肩をガッシと掴んできた。


「そうかそうか! 武藤くんには一度会ってお礼を言いたいと常々思っておったんじゃ。まさかこんなところで会えるとはのぉ」

「え、えっと……あの……お、お礼って……」


 じいさんの言葉に困惑する俺。

 そんな俺の様子などお構いなしじいさんは俺の両肩をバンバン叩いてくる。

 その顔には満面の笑みが浮かんでいる。


 ……いや、あの……全く事態が飲み込めないんだが……


 嬉しそうなじいさんを前にして、苦笑することしか出来ない俺。


「いや、何。ひよりんはの、ワシが男でひとつで面倒を見てきた可愛い可愛い孫娘なんじゃが……ちょっと奥ゆかしい性格をしておっての、そのせいで就職などでかなり苦戦しておったんじゃ。ワシも会社を経営しておるのじゃが……さすがに公私混同は出来んからの」


 ……へぇ……小鳥遊の事を心配して夜中に駆け込んでくるくらい猫ッかわいがりしているっていうのに、そのあたりはきっちりしているんだな。

 

「それが、今の会社に勤務し始めてからというもの、それまでとはうって変わったんじゃ。今までの会社に勤めていた時のメールは、それはそれは事務的というか義務的というか……育ての親に近況報告しておきました的なメールばかりだったのじゃが、今の会社に入ってからというもの、メールの文面からも充実している様子がうかがえるようになっていっておってな……で、そのメールの中に武藤くんの名前がしょっちゅう出てくるようになったのじゃ」

「え? 俺の名前がですか? 一体どんな風に書かれていたんです?」

「おぉ、それなんじゃが……」


 じいさんがスマホを取り出して操作しはじめると、小鳥遊がすごい勢いでそれを奪い取った。


「お、おい、ひよりん!?」


 困惑しているじいさんの前で、小鳥遊はスマホを必死に操作している。

 間違いなくメールを削除しているな、あれは……

 顔を真っ赤にしながら作業を続けている小鳥遊なんだけど……そこまでして俺にみられたくない内容って……

 別な意味で興味を持った俺。

 そんな俺の前で、じいさんは、


「ひ、ひよりん!? 頼む、メールは消さんでくれ! ワシとひよりんの大事な大事な思い出がぁぁぁぁぁぁ」


 ……なんか、マジ泣きしながら小鳥遊の背後でオロオロしているんだけど……


 しばらく様子を見ていると、小鳥遊はようやくスマホをじいさんに返した。

 中身を確認しながら涙目になっているじいさんの様子からして、徹底的にメールを削除されたんだろうな……

 もし俺に娘が出来て、同じ事をされたら……うん、今のじいさんと同じ状態になるな、間違いなく……


「……あの、元気だしてください」

「あぁ、すまんな……ありがとう……ありがとう……」


 自分に言い聞かせるように呟きながら、何度も頷いているじいさん。

 しばらくすると、改めて俺に視線を向けてきた。


「……話が途中じゃったな……日々楽しそうにしているひよりんの様子に安堵しておったのじゃが、先日ひよりんが前に勤務していた会社から独身寮退去通知が届いての」


 あぁ、そっか……

 あのマンションって、小鳥遊が以前勤務していた会社の独身寮だったな。

 今までの話の内容からすると、小鳥遊の面倒を見ていたこのじいさんが保証人になっていて、退去が完了したことで保証人であるじいさんの元にその通知が届いたってことなんだろう。


「慌ててひよりんに電話をしたのじゃが、全く通じなくての。で、ようやく返事が返ってきたと思ったら、会社の人と部屋でルームシェアしていると……てっきり同僚の女性社員と一緒じゃと思っておったところに、お主が現れたもんじゃから、ちと取り乱してしまったわい」


 ガハハと笑うじいさん。


 でもまぁ……これは完全にじいさんの言い分が正しい。

 夜中に押しかけてきた点に関してはあれだけど……まさか、孫娘が男性とルームシェアしているとは思わないよな……それも、こんなおっさんと一緒に……

 小鳥遊もちゃんと説明しておけよ……と、思ったものの……この状況を上手く説明出来るわけがないよなぁ……


「その……俺みたいなおっさんと、可愛いお孫さんがルームシェアしていたこと、それを連絡していなかった事に関しては心から謝罪します。本当に申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げる俺。


「ち、ちがっ……そ、それは、わた……わた……」


 謝罪している俺の横で、必死になって顔を左右に振っている小鳥遊。

 そんな小鳥遊に、

『後はまかせておけ』

 とばかりに、右手を向けた俺。


 この状況をきちんと説明するのは上司でもある俺の義務だと思う。

 会社に苦情を言われても文句が言えないしな。


「まぁ、アレじゃ。最悪ネカフェ難民とかいうやつになりかけておったひよりんを匿ってくれたのじゃろう? むしろ、ワシの方が礼を言わねばならん。ありがとう」

「え……っと、ネカフェ難民なんてご存じなんですね」

「ご存じも何も、前の前の、もうひとつ前の会社を退社した時に、まさにそうなっておったからのぉ。今回もルームシェアとかいいながら、同じ事態に陥っているのではないかと心配で心配で」


 一度頭を下げると、ガハハと笑うじいさん。

 ……小鳥遊の性格からして、会社を首になったこと、独身寮を追い出された事を言い出せなかったんだろうな……


 じいさんの言葉に思わず絵みを浮かべる俺。

 笑いあっている俺とじいさんの間で、小鳥遊は顔を真っ赤にしながらじいさんをポカポカ叩いている。

 なんか、その仕草ってば妙に可愛いな。


 小鳥遊の様子を見つめていると、


「……で、武藤くんよ」


 不意に、じいさんが真面目な口調で俺に話しかけてきた。


「はい、なんでしょう?」

「君はひよりんの世話を最後までしてくれるのじゃな?」

「はい。そりゃもちろんですよ」


 じいさんの言葉に頷く俺。


 そりゃ、今回のルームシェアにしたって、小鳥遊の新居を見つけるまでの間の仮の住まいなんだしな。

 今日……っていうか、もう昨日だけど、小鳥遊の新居を探して不動産屋を巡ったわけだし、小鳥遊の新居が見つかるまで責任を持って世話をするのは当然だ。


 そんな事を考えていると、じいさんがいきなり俺の両肩を掴んだ。


「うむ、うむ……職場でもひよりんの事をしっかりフォローしてくれて、プライベートでもしっかりフォローしてくれている武藤くんじゃからな。その言葉を聞いて安心したワイ……ひよりを、よろしくお願いする」


 終始真面目な口調のじいさんは、1度深々と頭を下げた。

 ルームシェアの事を追求されなかったのはありがたかったものの……新居を探すのをお願いするにしては妙に重々しい雰囲気というか……いや、小鳥遊の事を心配しているからこそなんだろう、きっと。


「あ、はい……しっかり頑張りますので、お任せください」


 じいさんの様子に若干の違和感を感じていたんだが……とにかく俺も頭を下げていった。


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