そんなレトロゲームもあったよな その1

 食事を終えて、キッチンで後片付けをしている小鳥遊を見ていると、新婚生活ってこんな感じなのかなぁ……って、そんな事を考えてしまうのは、独身おっさんの悲しい性とでもいいますか……い、いかんいかん、腕立て伏せもう2セット追加しておくか……


 そんな事を繰り返していると、一度自室に戻って寝間着に着替えた小鳥遊が近づいてきた。


「……今夜も……しよ」


 頬を赤らめながら上目使いの小鳥遊なんだけど……その手にはしっかりとログイン用のヘルメットを抱えているわけで……まぁ、そこは当たり前というか、お約束というか……


「あぁ、そうだな」


 小鳥遊はともかく、俺の方は遅くまで起きていると明日の仕事に差し支えてしまうので少しでも早くINした方がいいしな。


 そんなわけで……小鳥遊は今夜も当然のように俺の膝の上にちょこんと座ってヘルメットを被っていった。

 スーパー銭湯での出来事が恥ずかしかったからか、今夜は前を向いていた小鳥遊なんだけど……しかし、改めて上から見下ろしていると、小鳥遊の胸のボリューム感ってすっごいなぁ、と思ってしまうわけで……何しろ、少し前屈みになっているのに、頭の向こうに胸が見えているわけで……い、いや、別にやましい事を考えているわけじゃないんだ、うん……っていうか、そういうことを想像しない方がむしろ不健全なんじゃないだろうか……って、そんな事を考えていると、下半身がまたぞろやばいことになってしまいそうで……い、今は腕立て伏せで煩悩を退散させることも出来ない俺は、ヨガで言うところの火の呼吸を繰り返しながら、ヘルメットを被っていった。


◇◇


「……う~ん」


 目を開けた俺の眼前には、最近ではすっかり見慣れた天井が広がっていた。

 間違いなく、ゲーム内での俺の家の天井だ……ったんだが、


「パパ! おはようクマ!」


 その眼前に、ポロッカの顔が出現したもんだから、あっという間に見えなくなってしまった。


「あぁ、おはようポロッカ」


 この世界では、ログイン=起床って観念みたいで、ログイン直後はNPC達がみんなこんな挨拶をしてくれる。

 まぁ、ディルセイバークエストの世界は基本的に夜が存在しないわけだし、そっちの方が自然なのかもしれないな。


 そんな事を考えている俺に、ポロッカがいきなり抱きついてきた。

 でっかい熊の外見とは裏腹にすっごい甘えん坊なポロッカは、俺の頬に何度も頬ずりをしてくるんだけど、なんというかすっごくモフモフしていて気持ちいいんだよな。

 そんな事を考えながらポロッカとじゃれ合っていると、


 ギュ


 いきなり俺の腕に、誰かが抱きついた。

 そちらへ視線を向けると……そこにはエカテリナの姿が……


 そりゃそうか、さっきほぼ同時にログインしたわけだし、俺の隣に出現するのは当たり前……


 むぎゅ


 って……


「あ、あの……え、エカテリナさん? そ、そんなに腕に抱きつかれたら、その、む、胸が当たっ……」

「当ててるんだからね! 少しは感謝してよね!」


 そう言いながら、さらに俺の腕に抱きついてくるエカテリナなんだけど……い、いや、いくらゲームの中とはいえ、この感触はまずくないか?

 っていうか、俺にじゃれてるポロッカに対抗しようとするなよ、エカテリナってば……


 困惑しきりな俺なんだけど、


 上からポロッカ

 横からエカテリナ


 1人と1匹に挟まれて身動きもままならない状態の俺だったんだけど、


「あの、あの、あの、村長様、お取り込み中大変申し訳ないのですが、少しよろしいでしょうか?」


 そんな室内に現れたのはリトリサだった。


「あ、あぁ、全然問題ないよ。ほら、2人ともちょっと離れて」


 これ幸いとばかりに、1人と1匹を引き離してリトリサの元へ駆け寄っていく俺。


「で、何かあったのかい? リトリサ」

「はい、はい、はい、あのですね、街のお店のことで少し提案があるのですが、少しよろしいですか?」


 そう言うと、リトリサは俺を村の一角へと案内した。

 そこには、大きな倉庫があったんだけど、


「あれ? こんな倉庫なんてあったっけ?」


 見慣れない倉庫を前にして目を丸くしていると、そんな俺の元にオドワとアドワが歩み寄ってきた。


「おぉ、その倉庫ならワシらが作ったんじゃ」

「あぁ、それくらい今のワシらにとっては朝飯前じゃからな」


 豪快に笑いながら、俺の背中をバンバンと叩いてくるドワーフの2人なんだけど……ウインドウを確認してみると、2人とも内政レベルがすごくあがっていた。


「おぉ、そりゃそうじゃ。村長がログアウトしている間も、武具や村の建物の整備をバッチリやっとるからの」

「あぁ、そんじょそこらのノーマル仲間キャラと一緒にせんでほしいわい」


 再びガハハと笑いながら俺の背中をバンバン叩いてくる2人。


「2人ともありがとう。すごく助かるよ」

「おぉ、礼を言うのはワシらの方じゃ」

「あぁ、データ消去寸前だったワシらを引き取ってくれて恐悦至極じゃわい」


 そんな会話を交わしながら、お互いに笑い合った俺達。

 そんな俺の腕を、リトリサが引っ張った。


「それでですね、ですね、ですね、フリフリ村長さんにひとつ提案なのですが、この倉庫と街のお店をつなげてみませんか?」

「つなげる?」

「はい、はい、はい。ラミコさんは確かに早いのですが、つなげるともっと早く行き来することが出来るようになるんです。そうすれば、品物の補充もしやすくなりますし、フリフリ村長さんも行き来しやすくなると思うんです」


 確かに、リトリサの言うように、町と村の移動時間をもっと短縮することが出来れば、ログイン時間がそんなに長くない俺的にはすごく助かるんだけど、


「でも、つなげるって、どうやって……」


 俺が首をひねっていると、


「そこで、俺っちの登場ってわけや、まかせんかい!」


 俺の足元から、ボコッと穴を開けて出現したのは、土竜族のモグオだった……土竜だから、モグオって……いや、ネーミングセンスが壊滅的でホントに申し訳ない。


「で、モグオがどうやるんだい?」

「そりゃ、フリフリ村長はん、俺っち土竜やで? 方法いうたらひとつやんか」

「土竜……って、え? まさか……」


 目を丸くしている俺の横でリトリサが頷いた。


「はい、はいはい。モグオさんの能力を駆使して、この倉庫と街のお店を地下トンネルでつないでしまおうと思っているんです」

「へぇ……そうすれば、移動時間が短縮出来るのかい?」

「そこは私が説明させていただきましょう」


 そこに現れたのは、ファムさんだった。

 ……っていうか、最近はリアルな方でのトイレの件とかですっかりトラブルメーカー的存在になっているファムさんだけど、ゲーム内で会うのはなんか久しぶりのような……


「なんですか、フリフリ村長さん? 気のせいか私の事をトラブルメーカーを見るような表情で見ているような気がするのですが……」

「え? あ、いや、そ、そんなことは……」


 ったく、こんな時だけ、妙に勘が鋭いんだから……


「まぁ、そのことはおいておいて……で、どういう事なんだい?」

「少しひっかかりますけど……まぁ、いいでしょう。地下トンネルで、この村とログインの街にあるお店を地下でつなぐと『直通ボーナス』が発生しまして、移動時間ゼロで行き来出来るようになるんです」

「え? 移動時間ゼロで!?」

「えぇ、その代わり、条件もあるんですけどね。人が通れるだけの大きさの穴が必要だったり、穴の中を補強する必要があったりとか……」


 まぁ、往復1時間かかる道程をゼロ時間で移動出来るようになるんだし、それなりの条件があるのは当然だよな。


「心配するこたぁ、あらしませんでフリフリ村長はん、穴の大きさは、このモグオがバッチリクリアしてみせますよって」

「おぉ、穴の中の補強は、我とアドワにお任せあれ」


 俺の前で、モグオ・オドワ・アドワの3人が、揃って力こぶポーズを作った。

 これって、NPCの固定モーションみたいなんだけど、すごく頼もしく感じるんだよな。


「じゃあ、みんなにお願いしてもいいかな? 何か必要な事があったら、何でも言ってくれ」


 俺がそう言うと、モグオ達は早速移動していった……んだけど……


「……ん?」


 3人を見送りながら、俺は首をひねっていた。

 さっきまでモグオ達が立っていたあたりに、ウインドウが出現したんだけど、そこには、


『謎の地下帝国クエスト 開始(強制イベント)』


 って書かれていた。


 

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