古村さん、おーばーどらいぶ その2
「あはは……あのさぁ、ボクの部屋って今、お風呂が使えないじゃない? だからさ、スーパー銭湯にでも行きたいなぁって思ったんだけど、引っ越してきたばかりでこのあたりの事に詳しくなくってさぁ」
……と、まぁ、そんなわけで……
俺達は今、スーパー銭湯に来ています。
「……なんか、古村さんに振り回されっぱなしだなぁ」
そんな事を呟きながらも……やっぱり大きなお風呂は気持ちがいいわけです。
俺のように体が大きいと家の風呂では足が延ばせないもんだから、いつも体育座りの要領で湯船につかるしかなかったんだよね。
「……あぁ……良い気持ちだ」
手足をしっかり伸ばしている、その開放感に思わず表情が緩んでしまう。
一度部屋に荷物を置きに……と、思ったものの、それだと俺と小鳥遊が一緒に住んでいるのを暴露するようなもんだし、って思って、駅からここに直行したんだけど……まさか小鳥遊のヤツが、駅前でウロウロしていた古村さんに声をかけたとは思わなかった。
小鳥遊曰く、
『……一応、お隣さんだし……こ、困っていたら助けてあげないといけないか、って思って……』
ってなわけだったらしいんだけど……その言葉を聞いた時、思わず涙がこぼれそうになっちまった。
あの、小鳥遊が、だ……
コミュ障で、職場では滅多に口を開かない、あの小鳥遊が、だ……
困っている古村さんに、自分から声をかけたっていうんだから……なんかもう、娘の成長を見ているようで、思いっきり胸が熱くなってしまった。
……ただ、移動している時に、古村さんが俺の腕に抱きついたり、背中を叩いたりする度に、絶望のオーラモーションにも似た何かを発しながら俺と古村さんを睨み付けていたあたりは、いつもの小鳥遊だなぁ、と、思ったりもしたわけなんだけど……
「……まぁ、せっかくなんだし、俺も久々の大きなお風呂を楽しむとするか」
◇◇
で、だ……
古村さんと小鳥遊は女性なわけだし、さすがに俺よりは長風呂だろう……そう思っていたんだが……風呂を出て、ロビーへ移動すると、
「あ、ひろっち! こっちこっち~!」
売店で購入したコーヒー牛乳を一気飲みしていた古村さんに声をかけられたわけで……い、いや、あの、古村さん? こんな人が多いところで、そのニックネームを大声で口にするのは勘弁してほしいんだが……
「はい! これ、ひろっちの」
「え? あ、あぁ、ありがとう」
満面の笑顔でコーヒー牛乳を手渡された俺は、思わずお礼を言いながらそれを受け取っていた。
「あはは、なんかさ……いっつも、ホント申し訳ない。こんなボクをいっぱい助けてくれて、ホントにありがとねひろっち」
そう言った古村さんは、いつもの元気いっぱいの感じじゃなくて、まるで乙女のように照れくさそうにしていた……っていうか、普段とのギャップがすごすぎて、思わずドキッとしてしまった俺は、
「い、いや、まぁ……これも縁っていうか、お隣さんなんだしな」
そう言うのが精一杯だったわけで……ドギマギしているのを隠すために、腰に手を当てながらコーヒー牛乳を一気に飲み干していった。
「……ん?」
そんな俺の視界の端に、妙な光景が飛び込んできた。
このスーパー銭湯のロビーは、俺と古村さんがいる売店だけじゃなく、食堂や休憩コーナーなんかも併設されていて、結構広いんだけど、その一角に妙な空間が出来ていた。
なんか、ある一点を遠巻きにするかのように、人々が集まっているというか……んで、その中心部である一点に視線を向けると、そこに小鳥遊の姿があったんだが……
「……ん……はぁ……ふぅ……」
って、小鳥遊ってば、妙に艶っぽい声を出しながら、大きな椅子に座っていた。
よく見ると、その大きな椅子って、マッサージチェアだったわけで、10分100円で揉みほぐしをしてくれるヤツなんだけど、それを利用している小鳥遊が、肩や背中をもみほぐされる度に、
「……ふぁ……ひゃん……はふぅ……」
って……ちょっと、よからぬ感じの声を漏らしていて……んで、それをお客達が、顔を赤らめながら遠巻きにチラチラ眺めていて、それが結構な数になっていた。
思わずコーヒー牛乳を吹き出しそうになりながら、小鳥遊の元へ駆けていったのは言うまでもない。
◇◇
スーパー銭湯を出た俺達は、小鳥遊と一度別れて……っていうのも、一緒に帰ったら、古村さんに、俺と小鳥遊がルームシェアしているのがバレてしまいかねないし……ってなわけで、近くにあるスーパーで待ち合わせることにしていた。
「あはは、今日はホントにありがとね、ひろっち!」
「あぁ、まぁ、少しでもお役にたてたんだったら何よりだよ。コーヒー牛乳ごちそうさん」
ニパって感じで笑っている古村さんに、笑顔を返す俺。
そんな俺の前で、古村さんはなんかモジモジしていたんだけど……
「……あのね、ひろっち……これからも、よろしくね!」
「まぁ、お隣さんなんだし、こちらこそよろしくな」
俺の言葉に、笑顔を返すと、古村さんは自分の部屋に戻っていった。
俺も一度自分の部屋に戻り、荷物を置いてから小鳥遊を迎えに……
コンコンコン
「……ん?」
なんか、いきなり部屋の扉がノックされたんだけど、
『あ、あのぉ、ひろっち……さっきぶりなんだけど』
「え? 古村さん?」
『うん、あの……申し訳ないんだけど、ちょっちおトイレを貸してもらえないかなぁって……』
「はぁ!? なんで自分の部屋のを使わないんだ!? 朝までかけて、使えるようにしたじゃないか!?」
『そ、それがね……日中に、また荷物が送られて来てぇ……またぞろトイレの前が封鎖されてしまっているのですよ……あの、ちょっとやばいかも……』
「だから、美味しいからってコーヒー牛乳を5本も飲むから……」
慌てて玄関に駆けていった俺なんだけど……さっきの『これからもよろしくね』って、まさかこの事だったんじゃないだろうな……
◇◇
そんなトラブルがありながらも、どうにか小鳥遊を迎えに行った俺。
買い物を済ませて部屋に戻ると、
「あの……何か作ります、ね……」
買い物してきた食材を冷蔵庫に入れながらそう言ったんだけど……顔を真っ赤にして、かなり恥ずかしそうにしていた。
……やっぱり、スーパー銭湯でのマッサージチェアの一件を気にしてるんだろうな
『あ、あの……わ、私、昔から、肩こりがひどくって……つい』
そんな事を言ってたけど……やっぱあれなんだろうな、胸が大きいと肩こりもひどいんだろうな……俺はどっちかっていうと首凝りがひどい人なんだが、ひどくなると偏頭痛やめまいがするし、やっぱり辛いんだと思う。
「あのさ、小鳥遊」
「は、はい?」
「もしよかったらなんだけど、肩、揉んでやろうか?」
「ふ、ふぇ!?」
俺の言葉に、びっくりしながら振り向く小鳥遊。
「あ、いや……別に変な意味じゃないんだ。俺さ、昔柔道やってて、マッサージとか結構上手いんだ。俺の部屋でなら、周囲の事を気にしなくてもいいだろうし、してほしくなったらいつでも言ってくれていいからさ」
もう少し上手く言うつもりだったんだけど……いかんな、これじゃあスーパー銭湯の一件を俺が気にしているのがバレバレじゃないか……
そんな事を思っている俺の前で、小鳥遊はというと、
「……あ、あの……今日は、まだ恥ずかしい、から……また、いつか……」
顔を真っ赤にしながら、包丁で野菜を刻んでいった。
なんか……その、恥ずかしそうな表情に、思わずドキッとしてしまった俺は、とりあえず料理が出来るまでの間、腕立て伏せを繰り返していった。
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