まぁ、しょうがない……のか?

 翌朝、俺は話し声で目を覚ました。


 声は寝室の方から聞こえてきていた……ってことは、小鳥遊ってことだ。

 寝室を小鳥遊に使わせて、俺はリビングのソファで眠っていたからな。


 スマホで誰かと通話をしているみたいなんだけど、最近の俺相手の対応の時みたいにスムーズな会話ではなく、はじめて会った時の俺相手みたいにコミュ障バリバリモードな小鳥遊は、


「……あぅ」

「……はぁ」

「……ふぅ」


 と、まぁ……まったく会話になっていない返事を返すのが精一杯の様子だった。

 ただ、その声のトーンからして、結構やばそうな雰囲気を感じていたわけで……このあたりは、普段から小鳥遊の事を気にかけている上司の面目躍如と言えなくもないんだが……


 しばらくすると、通話を終えたらしい小鳥遊が、大きなため息とともに、


「……ど、どうしよう……」


 って呟くのが聞こえた。


 で、俺は……ちょっと悩んだんだけど……


「お~い、小鳥遊」


 って、寝室のドアを叩いた。

 すると、部屋の中で小鳥遊が飛び上がったらしく、ベッドの上で何かがバウンドする音が聞こえた。


「ひ、ひゃい!?」


 慌てた声とともに、ワタワタしながら小鳥遊が寝室の扉を開けて顔を出した。

 見るからに焦っているというか……困惑している様子が見受けられるんだけど……原因はさっきの電話で間違いないだろう。


「あのさ、小鳥遊……何かあったのか? 聞く気はなかったんだが、ちょっと聞こえてしまってな……すまん」

「あ……い、いえ……」

「で、こんな朝早くの電話がかかってきて、その電話の内容で何か困っているみたいだけど……あぁ、もちろん話したくないのなら無理に言えとは言わないけどさ……」


 つとめて陽気な笑顔を浮かべながら小鳥遊に声をかける俺。

 そんな俺の前で、小鳥遊はというと……オロオロした様子で視線を彷徨わせていたんだけど……しばらくすると俺の顔をジッと見つめてきた。


「……あ、あの……わ、私の住んでいた部屋……覚えてますか?」

「あぁ、はじめてディルセイバークエストをやった、あの部屋のことだろう?」

「はい……そうなんです……けど……そこを、出ていくように……って、言われてまして……」

「は?」


 住んでいる家から出ていけ?

 なんでまた……


 困惑している俺に、小鳥遊は、おずおずした様子で話しはじめたんだけど……


◇◇


「……つまり、お前が今住んでいるマンションは、お前が前に勤めていた会社が社員寮として借り上げている部屋だった、と……」


 コクコク


「んで……前の会社に馴染めなくて、会社都合で首になったので、引っ越しの猶予として1ヶ月は住んでもいいと言われていたけど、その期限を過ぎてしまった、と……」


 コクコク


「それで、どうにかしようと考えていたけど、どうしたらいいか悩んでいるうちに、次の入居予定者が入れなくて困っているから早く出て欲しいっていう電話がかかってきた、と……」


 コクコク


 ワタワタしながら、一生懸命説明してくれた小鳥遊の支離滅裂な言葉をつなぎ合わせていった俺。

 気が動転している小鳥遊は、俺相手でもコミュ障モードになってしまっていたんだが、俺の言葉に頷くことは出来ていたわけで……


 こんな早朝の電話になったのも、小鳥遊がいつも早朝までディルセイバークエストをやっていて、この時間なら確実に起きているっていうのを向こうの会社の人も知っていて……というか、この時間以外だと会社に出向いているかディルセイバークエストをしているせいで、ほとんど連絡がつかないって……社会人として問題があるにも程があると思うんだが……


 そんな事を考えている俺の前で、小鳥遊はシュンとなったままうつむいていた。


 そういえば、最近はディルセイバークエストをやっていても一人でレアモンスター討伐に向かうことなく、俺の側にばかりいたけど……あれも、家の事が不安で、とりあえず俺の側にいて少しでも不安な気持ちから解放されたいって思っていたのかもしれないな……その事が気になりすぎて、大切なディルセイバークエストのログイン用ヘルメットも忘れていったのかもしれない。


「しかしだな、小鳥遊……お前も社会人になって数年間、一人暮らしをしていたんだろう? 今まで家はどうしていたんだ?」

「……だ、だいたい、その会社の社員寮に……」

「じゃあ、その会社を首になった時は?」

「つ、次の会社が決まるまでの間は……漫喫とかで……」

「じゃあ、今回もそうするつもりなのか?」

「その……そうするしかないかと思ってはいるんですけど……でも、その……この会社には……」


 あぁ……そうか……


 ここで、俺は小鳥遊が困っている理由がわかった。

 

 俺の会社には社員寮がないんだ。

 だから、小鳥遊が漫画喫茶に避難したとしても、社員寮に入れる可能性はないわけで……


 で……小鳥遊のコミュ障っぷりだと、一人で不動産屋を巡るのも難しいわけで……結果的に現実逃避モードに……


「……はぁ……まぁ、事情はだいたいわかった。とにかく、前の会社に迷惑をかけるわけにはいかないだろう」

「そ、そうなんですけど……でも、行くあてがなくて……」

「まぁ、それは追々探すとして……」


 そう言うと、俺はゆっくりと立ち上がった。


◇◇


 で、だ。

 

 今日、俺は会社を休んだ。

 まぁ、急ぎの仕事はないので『年休消化』ってことにしておいた。


 俺の場合、部下達が休みやすいように毎日出勤しているもんだから毎年ほとんど年休を消化しなていない。

 そのせいで総務部や人事部から小言を言われてもいたので、すんなりと承認されたんだ。

 部署の方も、部下が年休を取りやすいように年休申請をいつも一切理由を聞かずに承認してやっていたのもあって、

『あとはお任せください!』

 って、みんなに言ってもらえた。


 で


 わざわざ休みをとって俺が何をしていたかというと……


「よし、これで最後だな」


 小鳥遊が住んでいたマンションの前。

 レンタルした軽トラの荷台に積み込んだ本棚を見上げながら、俺は小さく息を吐いた。


 そう


 今日の俺は、小鳥遊の部屋の荷物を片付けていたわけだ。


 幸い、小鳥遊も荷造りだけは済ませていたもんだから、半日もかからずに荷物を積み終えることが出来た。

 俺が荷台の荷物を固定していると、管理人室に鍵を返しに行っていた小鳥遊がワタワタしながら戻ってきた。


「おぅ、無事に鍵は返せたか?」

「は、はい……部屋の中も確認してもらって……問題ないって……」


 そう言いながら、小鳥遊は顔を真っ赤にしていた。


「? どうかしたのか、小鳥遊……」

「あ、い、いえ……その……大したことじゃないんで……」

 

 ゴニョゴニョ言いながらうつむいた小鳥遊。

 それ以上、会話が続きそうになかったので、それ以上突っ込むことはしなかった俺は、


「んじゃ、移動するか。駐禁とられたらかなわないからな」


 そう言いながら、運転席に乗り込んだ。

 小鳥遊も、慌てて助手席に乗り込んでいく。


「……その……旦那さん頼もしそうな人だね……って言われ……ゴニョゴニョ」

「ん? 何か言ったか?」


 軽トラのエンジン音に遮られて、小鳥遊の声が聞こえなかったんだけど……小鳥遊ってば、顔をさらに赤くしながら、


「ななな何でも無いんです、なんでも!?」


 顔を左右に振りまくっている。


 まぁ、よくわからないけど……


「とにかく、俺の部屋が一部屋空いてるし、そこをしばらく貸してやるから、その間に新居を探そう。俺も手伝ってやるから」


 そう言うと、俺は軽トラを発進させた。

 まぁ、俺としても嫁入り前の女の子を俺の部屋に連れ込むのは如何なものかと思ったけど……さすがに前の会社にまで迷惑をかけていると聞いてはなぁ……場合によっては、今の会社に苦情が来て、小鳥遊が会社に居づらくなりかねないし……あくまでも窮余の策ってことで。


 そんな事を考えている俺の横で、小鳥遊は、


「ふ、ふつつか者ですが……よろしくお願いいたします」


 って言いながら、深々と頭をさげていて……おいおい小鳥遊、新婚さんの挨拶じゃないんだから……


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