まぁ、しょうがない……のか? その2

 俺のマンションには全戸分の駐車場がない。

 駐車場は、最初にこのマンションが出来た際に抽選で割り振られていて、以後は駐車場の所有件を持っている住人が転居して空きが出来た際に、管理組合主導で希望者による抽選が行われる仕組みになっている。

 ただ、宅配や郵便の車や、引っ越しの車が停車出来る場所がないと近隣に迷惑がかかるので、共用の駐車スペースが存在していて、一時間以内なら誰でも車を止めることが出来る。


 そんなわけで、共用の駐車スペースに軽トラを止めた俺は、小鳥遊と2人で荷物を運びはじめた。


 幸いなことに、小鳥遊の荷物には大型の家具がほぼ無かったもんだから、比較的短時間で荷物を運び終えることが出来た。


「じゃあ、これで最後だな」


 俺の部屋の中……今までは荷物置き場にしていた部屋の中に、最後の段ボールを置いた俺は、腰を押さえながら息を吐いた。


「は、はい……こ、これで、全部……です」


 周囲を見回していた小鳥遊は、大きくお辞儀をした。


「まぁ、なんだ……次の引っ越し先が決まるまでの仮の住まいなんだし、荷解きはほどほどでいいだろう。じゃ、俺は軽トラを返してくるから」

「あ、は、はい……」


 手を振りながら玄関に向かう俺。

 そんな俺の後を、慌てた様子で追いかけてくる小鳥遊。


「あ、あの……お、お気をつけて……」

「あぁ、まぁ、借りた場所は近くだし、大丈夫だって」


 玄関まで俺を見送りに来てくれた小鳥遊に、再度手を振る俺。

 そんな俺に向かって小鳥遊は再び深々と頭を下げていった。


 そんな小鳥遊に見送られながら軽トラのところまで移動していった俺。


「……小鳥遊のやつ、気のせいか頬を真っ赤にしてたような……って、そりゃ無理もないか……緊急事態とはいえ、男と一緒に暮らすことになったわけなんだから……」


 なんか、そんな事を考えていると……小鳥遊の体が脳裏に浮かんでくるっていうか……あいつの下着姿っていうか、結構あられもない姿を今までに何度か見ているわけだし……ちょ、ちょっと意識をしてしまうのも仕方ないというか……


 思わず咳払いをしながら車を移動させる俺。

 そんな俺と入れ替わるようにして、大型のトラックが共有の駐車スペースに入ってきた。

 みたところ、引っ越し業者みたいだけど……どっかの部屋が転居するのかな?


 そんな事を考えながら、俺は車を出発させていった。


◇◇


 車を還し終えると、昼をちょっと過ぎていた。


「そういや、朝飯もろくに食べてなかったな。何か買って帰った方がいいか……冷蔵庫の中、確か空っぽだったからなぁ」


 そんなわけで、近所のスーパーであれこれ買い込んでから、マンションに戻った。


 徒歩で移動している途中、引っ越し業者らしい数人の男達とすれ違ったんだけど……なんだ、引っ越しって俺の階だったのか。

 そんな事を考えながら自分の部屋へ移動していった俺なんだけど……家のドアの前に、誰かが立っているのに気がついた。


 ……って、あれって、隣の古村さんじゃないか……


 俺の部屋の前に立っている古村さんは、どこか困惑した様子だった。

 ソワソワしながら俺の部屋のドアをジッと見つめている。


「あ~……ひろっちってば、この時間はお仕事だよねぇ……どうしよう……どうしよう……」


 そんな言葉を呟いているのが聞こえてくるんだが……なんだろう……なんか、嫌な予感しかしないっていうか……

 とは言うものの……古村さんってば、俺の部屋の前に立っているもんだから、見つからないように部屋の中に入るのは不可能なわけで……はぁ、仕方ない……


「あの、古村さん……どうかしたんですか? 俺の部屋の前で?」

「ふぇ!? って、ひ、ひろっちじゃないですか!? ま、まさかボクの窮地を察して、年休をとって帰ってきてくれたとか!?」


 すっごい自己中心的な言葉を口にしながら、目を輝かせている古村さん。


「い、いや……さすがにそれはないから。別の用事があって、今日はちょっと年休を取ったんですよ」

「そうなんだぁ! ボクが困った日に用事があって休んでいたなんて……すっごい運命を感じるね!」


 ……うん……なんていうか、古村さんってば、すっごいポジティブなコミュ障なんだよな……人の話を聞かないというか、自分の都合のいいように解釈して話を進めちゃうっていうか……


 しかし……とりあえず、古村さんの話を聞かないことには、俺は家に入れないことだけは確定しているわけだ。


「……まぁ、お休み云々のことはおいておくとして……俺に何か御用なんですか?」

「そうなんだぁ……ひろっち、ちょっと来てよ」


 そう言うと、古村さんは俺の手を引っ張り、俺の部屋の隣にある、自分の部屋の中へ……


 

 ガシッ


 

 ……古村さんの部屋の中に連れ込まれそうになった俺の腕を誰かが掴んだ。


 振り返ると……そこにいたのは小鳥遊だった。

 エプロン姿の小鳥遊が、なんかすごい目つきで古村さんを睨みつけながら俺の手を引っ張っている。


 しかし、だ……


 一方の古村さんはというと、


「ちょっと見てよひろっちぃ、会社ってばひどいんだよぉ……ボクが家でも作業出来るようにって、機材を送りつけてきたんだけどさぁ……」

「そ、そんなこと、より……む、武藤さんの手を……って……え?」


 すごい目をしていた小鳥遊なんだけど……古村さんが指さした部屋の中を見るなり、その目が点になっていた。

 かく言う俺も、古村さんの部屋の中を見るなり、目が点になっていたんだが……


 古村さんの部屋の中……間取りは俺の部屋と同じはずなんだが……廊下から見えている部屋の入り口の戸は開いていて、その中が見えていたんだけど……積み重なった段ボールや鉄枠の棚、コンピュータ機器がところ狭しと積み重ねられていて、部屋の中だけではおさまらなくなったらしいそれらの機材が廊下にまであふれ出していて……


「……おいおい、これって、寝る場所とかあるのか?」

「ボクは椅子に座って寝起き出来るからいいんだけどさぁ……さっき届いた荷物のせいで、トイレの入り口が塞がれちゃって……」


 モジモジしながら股間を抑えている古村さん。

 んで、室内をよく見て見ると、廊下の一角にあるはずのトイレのドアが、真新しい段ボールで完全に塞がれているのが確認出来た。


「……そ、そんなわけで……あ、あの……荷物がどうにか出来るまでの間だけでいいから、ちょっとトイレを貸してもらえないかなぁ、と思って……」


 そのモジモジ具合からして、古村さんがすでに限界状態なのは理解出来た。

 小鳥遊も事情を察したらしく、俺の手をすでに離している。


「……わかったよ、荷物を片付けるまでだぞ」

「か、かたじけないですぅ」


 俺の後方を、超内股になりながらついてくる古村さん。

 その顔には、必死に我慢している表情が浮かび続けていた。


◇◇


 とりあえず、最悪の事態は免れた古村さんは、どうにか俺の部屋のトイレに駆け込むことが出来た。

 小鳥遊には、とりあえず部屋の中に戻ってもらい、俺が古村さんの相手をしながら、用が済んだら部屋に戻ってもらおうと思っているんだが……


 小鳥遊のいる部屋の戸を閉め、廊下を振り返った俺は思わず目を丸くした。


 いや……あのさ……今、古村さんが入っているはずのトイレのドアが思いっきり開け放されていて、その前に、脱ぎ散らかされた下着とズボンが転がっているんだけど……


「ふ、古村さん……あの、トイレは戸を閉めて……」

「あ~ごめんねぇ、ボク、閉所恐怖症で、トイレは戸を開けておかないと無理なんだぁ」

「あ、あの……それはしょうがないとして、その……な、なんで下着とズボンが廊下に……」

「あ~、ボクって、トイレの時って下半身は全部裸にならないと出来ない人なんだぁ」


 古村さんの言葉に、いちいち首をひねる俺。

 ま、まぁ……確かに、閉所恐怖症の人もいるらしいって聞いたことはあるし、脱いでトイレをする人がいるって話も聞いたことはあるけどさ……それを他人の家でもマイペースに行うって……



 ジャーゴボゴボゴボ



 そんな事を考えている俺の前で、トイレの中から水を流す音が聞こえ、


「ふぃ~いや~どうにか間に合ったよひろっち、ありがとねぇ」


 にこやかな笑顔の古村さんがトイレから出て来た……そう、下半身素っ裸のまま……


 い、いくらマイペースでも、程度ってもんがあるだろう!?

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