みんな色々あるわけで その1

 風呂からあがった後の小鳥遊の行動は信じられないくらい迅速だった。


「……お風呂、ありがとうございました。あ、朝ご飯、リビングに置いてます。食べてください。ご近所の目もありますので、私は一度家に帰ります……では」


 ……気のせいか……妙に芝居じみたというか、事前に考えていた台詞を間違えないように気を付けながら喋っていたような気がしないでもなかったんだけど……とにかく、小鳥遊は、頭を下げたかと思うと、そのままそそくさと俺の部屋を出ていった。


 あまりの迅速さに、


「せっかくなんだし、朝飯くらい一緒に……」


 って言いかけた時には、時すでに遅しだったわけで……


 なんか、違和感を感じながらもリビングに移動した俺。

 机の上には、味噌汁と焼き魚、それにハムエッグとご飯が並んでいた。

 

「……焼き魚と……ハムエッグか」


 一見アンバランスなことこの上ない、この組み合わせなんだけど……俺が朝、牛丼屋に寄った時の定番メニューなんだよな、これ。


 そういえば、この間の休みの日に一緒に昼飯を食いに行った帰りにそんな話をした気がしないでもないんだけど……小鳥遊ってば、そんな何気ない会話まで覚えてくれてたのかもしれないな。


 ちょっと感動しながら味噌汁をすすった俺。


「……あれ? この味って」


 そう……小鳥遊が作ってくれた味噌汁の味が、俺の行きつけの定食屋の味噌汁の味によく似ていたんだ。

 前に作ってくれたときは、白味噌だったんだけど……定食屋のは合わせ味噌なんだよな。

 俺的には、合わせ味噌の味噌汁が好みなもんだから、なんだか嬉しくなったっていうか……小鳥遊のヤツ……あれこれ気を使ってくれてるんだなぁ……


「……そうだな、次の休みにでも、また飯でも食いに連れて行ってやるか」


 そんな事を考えながら朝飯を口に運んでいった俺。

 そんな口実でも作ってやれば、小鳥遊も俺の部屋に遊びに来る理由が出来る……っていうか……そうだよな……嫁入り前の女の子を、用もないのに俺の部屋に何度も呼ぶ訳には……


「……あ」


 その時、俺はあることに気がついた。

 俺が朝飯を食べている、ちょうど真正面……台所との境のあたりに何かが置いてあるのに気がついた俺。


 ……間違いない……あれってば、小鳥遊のリュックサック……


 慌てて確認してみると……リュックの中には、小鳥遊のディルセイバークエストのログイン用のヘルメットが入っていた。


「おいおい……た、小鳥遊のヤツ、えらいもんを忘れていってるじゃないか!?」


 慌ててスマホを手にした俺。

 小鳥遊の電話番号は教えてもらっているんだが……電車の中とかだったらまずいし……そう思った俺は、メッセージで、


『小鳥遊、リュックサック忘れてるぞ』


 そう送信した。

 すると、すぐに返信があった。


『すいません。今晩取りに行きます』


「……は?」


 一瞬目を丸くした俺……いやいやいや、そんな、今夜また取りにこなくても……って、一瞬思ったものの……よく考えたら、これがないと小鳥遊はディルセイバークエストが出来ないわけだし……かといって、これを会社まで持っていくとなると……確かに目立ってしまうっていうか……


「……う~ん……確かに、今晩取りに来てもらうのが一番いいのか……な?」


 スマホを片手に、首をひねっている俺。

 代案を考えたものの、これといった考えが浮かぶことはなかったわけで……


◇◇


 身支度を調えた俺は、会社に向かって出発した。


 幸いなことに、今朝は古村さんに出くわすことはなかった。

 昨夜、ゲーム内で会った際にもどこかテンションが低めだったし……ひょっとしたらプログラミングの仕事の方が立て込んでいるのかもしれないな……


「そういえば……ゲームといえば、ちょっと気になったんだよな……」


 昨夜、ディルセイバークエストの中で、ブラックドラゴンを仲間にしたわけなんだけど……その際に『○○クエスト開始』とか、『○○クエスト達成』といったエフェクトが全然出なかったんだよな。


「いつも、クエストを受けた時はああいった文字が出てたはずなんだけど……ひょっとして、あのイベントって、何か特殊なヤツだったりしたんだろうか……」


 色々考えてはみたものの、俺の知識で答えが出るはずもなく……


「……そうだな、今度ファムさんにでも聞いて見るか」


 そんな事を考えながら、駅に向かうと……そこには、早苗ちゃんの姿があった。

 こっちは、いつも通り……と、思ったものの……なんだろう……早苗ちゃんの様子がどこかおかしい?


 俺の顔を見ると、いつも面々の笑顔で駆け寄ってくるはずなんだけど……今朝の早苗ちゃんは、どこか沈んでいるというか、背後にどんよりのオーラモーションを発動させているかのような……


「早苗ちゃん、何かあったのかい?」


 俺に向かって力ない笑顔を浮かべている早苗ちゃんに聞いてみた。

 すると、早苗ちゃんはしばらくうつむいて、何か考えていたんだけど……スマホに何やら入力して、それを俺に手渡した。


 いつもなら、俺に差し向けるはずなんだけど……そう思いながら内容を確認すると、


『いつもやっているゲームで、参加していたグループから外されちゃったんでしゅ……いい情報を集めてこれないから、って……』


 そう書いてあった。


 早苗ちゃんも学生だし、ゲームくらいしていてもおかしくないとは思うんだけど……この落ち込み具合だと、そのグループで、毎日楽しく遊んでいたんだろうなぁ……


 電車の中なので、俺は早苗ちゃんの耳元に口を寄せると、


「どんなゲームか知らないけど、元気をだしなって」


 俺の言葉に、笑顔で頷く早苗ちゃん。

 しかし、やっぱりその笑顔に元気はなかったわけで……


 そうだな……痴漢被害のトラウマが消えるまで、と、思って、こうして一緒に登下校してあげているんだけど……こんなに落ち込んでいるとなると、やっぱり放ってはおけないっていうか……


「あのさ……俺のやってるゲームでよかったら、一緒に遊ばないか? 少しは気が紛れるかもよ」


 笑顔でそう言うと、早苗ちゃんにスマホを返した俺。

 入れ替わりに、俺のスマホの画面を見せた。


 そこには、ディルセイバークエストのスクショで撮影した俺の姿が待ち受けとして表示されている。


「これ、ディルセイバークエストって言って……って、あれ? 早苗ちゃん?」


 説明をしている俺なんだけど……早苗ちゃんってば、俺の言葉などお構いなしとばかりに俺のスマホに顔を目一杯近づけて凝視し続けていたわけで……


「あ、あの……さ、早苗ちゃん?」


 もう一度声をかけると……どういうわけか、早苗ちゃんってば、さっきまでとは打って変わって、いつもの笑顔……いや、いつも以上の満面の笑顔を浮かべながら俺を見つめてきた。

 そして、自分のスマホを俺に向けたんだけど……


『やっぱり、運命のお方でしゅ』


「……は?」


 いつものように、スマホの入力データなのに語尾が噛んでいる早苗ちゃんの文字を見つめながら、目を丸くしている俺。


「い、いや……何も、そこまで喜ばなくても……」


 そんな事を言っていると、俺の降りる駅に到着した。

 そこで、早苗ちゃんから今日も弁当を受け取った俺なんだけど……そんな俺を、早苗ちゃんってば、まるで恋する乙女の瞳で見つめ続けていたわけで……なんか、周囲の目線が気になって仕方なかったわけで……


 まぁ、でも……今日はお昼の約束を誰ともしてないし……それに今日は俺が昼の電話番の日で、一人だけ部屋に残る予定だし、その時に早苗ちゃんからもらった弁当を食べれば……


「あ、武藤係長、おはようございます」


 そんな事を考えている俺に声をかけてきたのは、東雲さんだった。


「あ、あぁ、東雲さん、お、おはようございます」


 べ、別に後ろめたいわけじゃないんだけど……早苗ちゃんの弁当が入っている鞄を思わず背中に隠す俺。

 そんな俺の仕草に、小さく首をひねった東雲さんなんだけど……


「あの、武藤係長……今日、お昼当番ですよね?」

「え、えぇ……そうですけど、よくご存じでしたね」

「えぇ、ちょっと小耳に挟んだものですから……それよりも……」


 そう言うと、俺の方に近づいて、背伸びする東雲さん。

 口元に手を当てながら、


「……お弁当、作ってきましたので……よかったら食べてください」


 そう言うと、俺にそっと紙袋を手渡してきた。

 目立たないように、会社の紙袋を使っているあたり……さすがは東雲さんと言うべきか……


 少し恥ずかしそうに笑顔を浮かべると、片手を上げながら早足で俺の側を離れていった東雲さん。


 気遣いは嬉しいんだけど……今日も弁当が2つか……



 

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