作戦会議……ですよね? その2

 俺の部屋は、リビングの中にキッチンが併設されていて料理している様子がソファから見えるようになっているんだけど……


 トントントン……


 俺の部屋のキッチンに東雲さんが立って包丁を使っている姿を横目で見ていると……な、なんだかこれって新婚夫婦? って思えてしまうよな。


 なんていうか……東雲さんみたいに、年下だけどしっかり者の女性が奥さんだったら、そりゃあ嬉しいよなぁ。

 今までの人生の中で、何度か女性と仲良くなったことはあったけど……その度に、


『武藤さんっていい人ですよね』


 って言われるパターンの繰り返しで、正式にお付き合いさせてもらったことってないんだよなぁ……

 いや、まぁ、一応アラフォーのおっさんだし、そっち方面が未経験ってわけじゃあないんだけど……


「……あ、あの……」

「は、はい?」

「さっきから、私の方をジッと見られているような気がするのですが……何か気になることがありましたでしょうか?」

「え? あ、あぁ、いや……べ、別にそういうわけじゃあ。ただ、俺の部屋のキッチンで誰かが料理をしてくれているのって、なんか新鮮で……」


 そうなんだよな……昨日の小鳥遊は、自宅で作って来たものが中心だったからなぁ……


「あ、いえ……そ、そんなに大した物は作れないので……そんなに期待しないでくださいね」


 恥ずかしそうにうつむく東雲さんなんだけど……薄着の上にエプロンを身につけている姿って、なんか、裸エプロンに見えなくもないというか……なんか、正面から見ているとドキドキしてしまっているというか……


 い、いかんいかん……俺の事を信頼してくれている東雲さんの期待を裏切るような行為だけは絶対にするわけには……


「あ、あの……武藤さん」

「は、はいぃ!?」

「あ、あの……お鍋をお借りしたいのですが……」

「あぁ、鍋ですか、それでしたら、こっちの……」


 キッチンに移動した俺は、鍋類をまとめて入れている引出を開いた。

 すると、


「わぁ、引出の中も綺麗になさっているんですね。それに、お鍋の種類も多いし……武藤さんって自炊なさっているんですか?」


 身を乗り出した東雲さんが、引出の中を感心した様子で見つめてきたんだけど……


 むにゅ


 って……ちょ、ちょっと東雲さん……少し近すぎやしませんかね……その、なんていいますか……東雲さんの豊満な胸が俺の腕に、まるで押しつけられているかのようにですね……


 無意識に、顔が赤くなっているのがわかる……って、いかんいかん、いかんぞぉ……東雲さんに気がつかれたら、ドン引きされちゃうんじゃないか、これって……俺は、東雲さんにばれないように呼吸を整えて……


「あ、これってタジン鍋ですか? 実物を見るのははじめてです」


 むにゅう……


 って……し、東雲さん……今度は、俺の腕に抱きつきながら胸を押しつけてません?

 って……い、いやいや……違う違う、きっとこれは、戸の中を確認するのに、俺に近づかないといけなかったからに決まっている。

 まさか、いつも真面目でクールビューティーで、常識人の東雲さんがそんな事をするはずが……


「……あの、武藤さん……」

「は、はい?」

「……聞こえてますよ……『いつも真面目でクールビューティーで、常識人の東雲さんがそんな事を……』って……」

「う、うぇ!?」


 東雲さんに言われて、慌てて口を押さえた俺。

 まさか、無意識のうちに口に出していたなんて……


「あ、あの……すいません、変な事を口にしちゃって……あの、これはですね……」


 むにゅ~う


 って……し、東雲さんってば、慌てて取り繕おうとしている俺の腕を更に強く掴んで、胸を押しつけてきたような……


「……私だって、頑張る時もあるんですからね……」

「え?」


 俺の事を、頬を赤くしながら上目使いに見つめている東雲さん。

 頬どころか、顔まで真っ赤になっているのがわかる。

 そんな東雲さんの言葉に、思わず目が点になってしまった俺なんだけど……そんな俺の腕に、胸を押しつけ続けていた東雲さん……


「む、武藤さん……わ、私のお味噌汁を飲んでくれませんか?」


 すっごく真剣な表情でそう言った東雲さん。

 その言葉に、再び目が点になった俺。


 い、いや……こ、この雰囲気だとさ……逆プロポーズでもされるんじゃないかって……俺みたいなアラフォーのおっさんにはあり得ない事を考えていたんだけど、


「み、味噌汁……ですか?」


 これから作る料理を食べてもらえるかどうかの確認をされたもんだから、なんか拍子抜けしてしまったっていうか……


「……あ、あの……やっぱり、伝わってませんか?」

「え? い、いえ……味噌汁でしたら出来上がったら頂きますけど……」

「……あの、違うんです……その……違わないけど、違うというか……や、やっぱり、最後の手段を使うしか……」

「はい? 最後の?」


 いつも理路整然としている東雲さんが、意味不明な言葉を口にしているもんだから、俺は思わず首をかしげていたんだけど……そんな俺に、東雲さんがいきなり抱きついてきた。


「あ、あの……わ、私、こんな事……本当に好きな人にしか……」


 そう言いながら俺の首に腕を回した東雲さんは、俺に顔を近づけてきて……そのまま俺の口に、自分の唇を……


 ピンポーン


『こにゃにゃちわ~! ひろっちいる~?』


 その時、インターホンの音とともに聞こえてきたのは……お隣に引っ越してきたばかりの古村さんの声だった。


 いきなりの出来事にびっくりした東雲さんは、俺から体を離すとインターホンの方へ顔を向けていた。

 俺も、東雲さん同様に、インターホンへ顔を向けていた。


 なんていうか……古村さんの乱入がなかったら、俺と東雲さんってば、思いっきりキスしていたんじゃあ……しかも、その前の台詞って……


 俺は、東雲さんに向かって口に人差し指を当てて『静かに』って合図を送った。

 


 しばらく黙っていれば、古村さんも留守だと思って部屋に戻るはずだ。

 そんな俺の意図に気がついたらしい東雲さんも、口を押さえながら大きく頷いている。


『おっかしいなぁ……今日もいないのかなぁ? 久しぶりにご飯を作ったからお裾分けをって思ったんだけど~』


 ガチャ


「あ、開いてる」


「うぉい!?」


 ちょ、ちょっと待てって!? 

 そ、そういえば、東雲さんに見とれていたせいで鍵を閉めたかどうか怪しかったけど……だからって、人の部屋の扉を引っ張るか、普通!?


 そんな思いから、おもいっきり声をあげてしまった俺。


「なんだぁ、ひろっちってば、やっぱりいるんじゃ~ん!」


 そう言いながら、俺の部屋の中にズカズカと入ってくる古村さん。


「あ、あぁ、いや……その……いるにはいるんだけど……」


 って……今、入ってこられたら、俺の部屋に東雲さんがいるのを見られてしまう……っていうか……

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