作戦会議……ですよね? その3
「ちょっと古村さん! そこで止まりなさい!」
俺は少し大きな声を上げながら、廊下の扉をあけた。
東雲さんには、キッチンの奥に移動してもらったんだけど……東雲さんが室内にいることを見られるよりも……
「ちょっと、言わせてもらってもいいかい?」
「ふぁ!? な、何々、ひろっちってば……」
いきなり大きな声をあげながら歩いて来た俺を前にして、驚いた表情をしている古村さん。
そんな古村さんの前で、俺は、
「いいかい、古村さん。いくら返事がないからって、人の家の扉を開けて、中に勝手に入ってはいけません。そもそもですね……」
古村さんがしている行為は立派な犯罪であること
一般社会では許されない行為であること
万が一、俺が変な気を起こして襲われたらどうするんだってこと
そんな事を、腕組みした姿勢でコンコンとお説教させてもらった。
そんな俺の前にジッと立っている古村さんはというと……これが、嫌な顔ひとつしないどころか、何故か笑顔を浮かべながら、時折
「はい!」
「わかった!」
って、相づちまでうちながら、素直に聞き続けていた。
そのあまりの物わかりの良さに……逆に拍子抜けしてしまった俺。
「……あのさ……古村さん、怒られているって、わかってる……よね?」
「うん、もちろんわかってるよ、ひろっち……じゃ、なかった……真面目なお話をしている時は武藤さんじゃないと駄目だったよね」
「あ、あぁ……」
以前お説教をした内容を、古村さんが覚えていたことと、それを律儀に実践していることにちょっとびっくりしている俺。
「あはは……アタシってさ、コンピュータのことばっかりやってたせいで、世間一般常識に疎いだよね、ほんと……自覚はるし、どうにかしなきゃって思ってはいるんだけどさ、自分がこうしたいって思ったら、そうしないと気がすまない性格っていうか……一度こう!って思っちゃうと、相手の事とか世間一般常識とかがスポーンってすっぽ抜けちゃうんですよ……そのぉ、すっぽ抜ける程の世間一般常識を持ち合わせてはいないのも自覚しているんですけどねぇ……あはは」
自重気味に笑うと、古村さんは急に真剣な表情になった。
「そんなアタシだからさ、周囲のみんなも『言っても無駄』とか『仕事だけさせときゃ良い』としか、今まで言ってくれなかったの……でも、武藤さんは違ったの……そんなアタシの事を親身になって心配してくれて……パパやママにも『お姉ちゃんはあんなに立派なのに』って言われ続けて、放置され続けたアタシの事を、本気でお説教してくれて……そんな人、はじめてなの……だからかな……仕事をしてても、武藤さんの事を考え始めると、もう止まらなくなっちゃって……あれをしてあげたい、これをしてあげたい、声を聞きたい、お話したい……もっともっと、武藤さんの事を知りたいって……そう思ったら、もう止まらなくなっちゃって……ん……」
ちょ、ちょっと待て……
な、なんで古村さんの顔が、俺の目の前に移動しているんだ?
な、なんで古村さんは目を閉じているんだ?
な、なんで俺の唇に、古村さんの唇が重なっているんだ?
首を前に出して、俺の唇に自分の唇を重ねている古村さん。
あまりにも自然な動作だったもんだから、俺は完全に虚を突かれたというか……
「……えへへ、ごめんなさい」
恥ずかしそうに、俺から離れた古村さん。
「あの……これ、食べてください……ひろっちのために頑張って作ったんで……あ、あと、今後は、今日みたいに、勝手に部屋の扉を開けたりしないからね……だから、嫌いにならないでね……」
俺に、料理の入った丼を手渡すと、俺の腕にギュッと抱きついた古村さん。
そうなんだ……古村さんって、折れそうに細い腰をしているのに、胸はすっごく大きいんだよな……
「じゃあ、今日は帰るね、ひろっち」
俺の腕を放すと、そそくさと部屋を出て行った古村さん。
……なんていうか……言動が無茶苦茶にも程があるとは思うんだけど……でも、古村さんに本気で向き合った俺に、本気で好意を持っていることは理解した……
いや、でも、俺が本気で向き合ったのは、一社会人としての古村さんに対してなんだけど……
古村さんが出ていった扉を見つめながら、そんな事を考えていた俺。
バン!
そんな俺の後方で、リビングの扉が開く音がした。
振り向くと、リビングから小走りで出て来た東雲さんの姿があった。
「あ、し、東雲さん、実は今……」
そこまで言った俺の口を、東雲さんの口が塞いだ。
俺の首に抱きついて、キスをしてきた東雲さん。
……って、いうか……え? え? い、いったい今、何が起きているんだ?
そもそも、今日の東雲さんは最初からおかしかったというか……
イメージに合わない、胸元の開いた露出の高い服を着ていたり
やたらと俺に近づいてきたり
そしてこれ……自分からキスしてくるとか……
いつも冷静で物静かで、クールビューティーな東雲さんのイメージとは似ても似つかないというか……
そんな事を考えている俺から、唇を離した東雲さん。
なぜかその顔は、今にも泣き出しそうになっていた。
「あ、あの……東雲さん?」
「……ずるいです」
「……へ?」
「……みんなずるいです」
「あ、あの……し、東雲さん?」
「私だって……私だって、武藤さんと休日に一緒に食事に行きたいのに……私だって、武藤さんとキスしたいのに……どうやったらいいのかなってあれこれ調べたり、頭の中でシミュレーションしている間に、みんなみんな、私よりも先にやっちゃうんだもん……みんなずるい!」
俺の胸を、まるで駄々っ子のように叩きながら、半泣きの声をあげている東雲さん。
その姿からは、いつものクールビューティーな東雲さんの欠片も感じられないというか……
「わかっているんです……私、仕事はそれなりに出来るつもりですし、一般常識も持ち合わせているつもりです……でも……駄目なんです……私、自分の事になると途端にポンコツになるんです……自分の感情を全部押し殺して、常に優等生であろうとし続けてきたから……だから、自分の気持ちをどうやって相手に伝えたらいいのか……もう、全然わかんなくて……」
俺の胸に顔を押しつけている東雲さん。
感情が暴走しているのか……自分でもどうしたらいいのかわからなくなっている様子だった。
そんな東雲さんを、俺はそっと抱きしめた。
しばらくの間、廊下でそのまま抱き合う形になっていた俺と東雲さん。
……なんか、半泣きになっていた東雲さんの顔が、いつの間にか耳まで真っ赤になっていた。
唐突に、ガバッと俺から離れた東雲さん。
その顔は、やっぱり真っ赤になっていた。
「あああ……あの……す、すいません……わわわ、私ってば、ちょっと取り乱してしまって……い、いったい何を口走っているんでしょうね……なんかもう、ホントにポンコツでごめんなさい。あ、すぐ、料理を完成させちゃいますから」
早口でまくしたてると、東雲さんはリビングの中に、まるで逃げるようにして駆け込んでいった。
……落ち着いて、冷静になった途端に、自分の行動を思い出して……って、そんなところだろうか……
……しかし
まさか、東雲さんが、自分の感情を表に出すのが苦手だったとは……
そう聞いた上で、あれこれ思い返して見ると……確かに、思い当たる節が無きにしも非ずというか……
そんな事を考えながら……俺は、ついさっき2人の女性とキスをしてしまった自分の唇に指を当てていた。
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