女難が続くというか…… その4

 なんか……俺に抱きしめられた格好になっている小鳥遊なんだが……


 目が蕩けて……


 顔が真っ赤で……


 熱い吐息を漏らしていて……


 いや……その……なんだ……俺も健全な男なわけだし、自分の腕の中の女がそんな状態だったら、体が反応してしまうっていうか……ただでさえ、でかくて柔らかい胸が俺の腕に当たり続けているわけで……


「……って、あ、すまん小鳥遊……」


 そうだった……俺が手を離せば良いだけじゃないか。

 ようやくまともに思考することが出来た俺は、小鳥遊を抑えていた手を離した。


 ガシッ


 その手に、小鳥遊が抱きついてきた。


「……かまわない……です……私……」

「か、かまわないって、お前……」

「武藤さん……はじめてなん、です。私の事、認めてくれた、の……」

「……え?」


 俺の腕に抱きついたまま、ジッと俺の顔を見つめてきた小鳥遊。

 真面目な口調だったもんだから、俺も思わず動きを止めて、小鳥遊を見つめ返した。


「……私……ひ、人と接するのがずっと苦手で……思ったこと……言えなくて……どう言えばいいんだろうって一生懸命考えている間に……駄目な子……おかしな子って決めつけられちゃって……」


 あぁ……確かになぁ……


 はじめて会った時の小鳥遊ってば、そんなオーラを出しまくっていたなぁ。

 それが原因で、今まで務めた会社を軒並み首になっていたみたいだし、俺の会社でも、他の部署じゃあ受け入れてもらえないだろうって人事が配慮して、大して重要な仕事を任されていない俺の部署に配属されたくらいだしな……


「……でも、武藤さんだけ……違った……私の事をしっかりわかってくれて……ゲームにも付き合ってくれて……そんな人……はじめてで……」


 なんか、別な意味で涙ぐみはじめちゃったな、小鳥遊ってば。

 多分だけど、今までの事を思い出して、いろんな思いが頭の中を駆け巡っているんだろう……


 俺は、ちょっと躊躇した後に、そんな小鳥遊を優しく抱き寄せた。


「まぁ、なんだ……俺がどこまでお前のためにやれているかはわからないけどさ。お前はよくやっているよ。仕事だって、俺が任せた集計の仕事をばっちりこなしているじゃないか。その成果を人事も認めてくれたわけだし……あぁ、でも、異動の話は断っちまったんだったな」

「いや……です」

「え?」

「武藤さんと違うところじゃ……働きたくない……です」


 真剣な表情の小鳥遊。

 その表情に思わず気圧されてしまう俺。


 ……そうだな……話すのが苦手な小鳥遊が、自分の意思をはっきりと言葉にしているんだ。それを受け止めてやるのも上司の勤めってもんか。


「……わかった。んじゃあ、俺の部署でこれからも頑張ってくれるか?」


 俺がそう言うと、小鳥遊の表情がぱぁっと明るくなった。

 何度も頷く小鳥遊。

 俺は、そんな小鳥遊の頭を撫でながら笑顔を向けていた。


 ……んだが……


 よく見ると……小鳥遊ってば、俺の前で目を閉じて、口を突き出して……って、これってあれか? キス待ち顔ってやつなのか?

 それにしては……口を突き出しすぎて、まるでひょっとこみたいになっているあたりが小鳥遊らしいと言えば、小鳥遊らしいというか……


 しかし、だ……


「……小鳥遊、気持ちは嬉しいんだけどな、こういうのは一時の勢いに任せてするもんじゃないっていうか……」

「ふ、夫婦だし……」

「夫婦って……そ、そりゃお前、ゲームの中の話だろう?」

「でも、夫婦だし……」


 俺の言葉に、一歩も引かない小鳥遊。

 ずいっと顔を前に突き出してくる。


「……まったく、困ったヤツだなぁ……じゃあ、ゲームの中での結婚記念ってことで、一回だけだぞ」


 ため息を漏らしながら小鳥遊の肩を掴んだ俺。

 一瞬、小鳥遊の体がビクッとなった。

 そりゃ……緊張もするだろう……小鳥遊の事だから、こういった経験なんてないだろうしな。


 ってか、そんな小鳥遊のはじめてのキスの相手が、俺のようなおっさんで本当にいいのかな……


 なんか、俺の方までいろんな事を考えてしまっていたんだけど……そうだな……可愛い部下というか、同じゲームで遊んでいる友人というか……


 そんな事をあれこれ考えながら、小鳥遊の顔に自分の顔を近づけていく俺。


 がしっ


 そんな俺の首に、小鳥遊の腕が回された。


「へ?」


 一瞬、呆気にとられた俺。

 そんな俺の首を引き寄せながら、小鳥遊の顔が猛然と俺の顔に向かって突き進んで来た。


 どうやら……小鳥遊の方が辛抱たまらなくなったというか、待っているのに耐えきれなくなったというか……


 とはいえ、だ……キスになれていないヤツが、こういうことを仕掛けてくると、だ……


 がつっ……


 壮絶な、歯と歯がぶつかり合う音が廊下に響いた。

 あぁ……まぁ、そうなるよな……俺も準備が整っていなかったし、小鳥遊は小鳥遊で何も考えずに俺に特攻してきたし。


 俺から顔を離して、口元を両手で押さえている小鳥遊。


「お、おい、大丈夫か?」


 前歯の付け根がジンジンしている俺も、口元を抑えながら小鳥遊に声をかけた。

 そんな俺の前で、小鳥遊は何度も頷いている。

 顔を真っ赤にして……どこか嬉しそうに微笑みながら……


 なんつうか……あんな交通事故のようなキスを、こんなに喜んでくれてるなんてなぁ……


「……小鳥遊」


 そんな小鳥遊が、愛しく思えてしまった俺は、小鳥遊の顎に手を当てて上向かせた。

 目を丸くしている小鳥遊なんだが……俺の意図を察したらしく、口元にあてていた手を離していく。

 そんな小鳥遊の口に、俺は唇をそっと重ねていった。


 まぁ、なんだ……格好つけているけど、俺だってそんなにキスの経験があるわけじゃない。

 女性とお付き合いしたことはあるものの、だいたいはいい人どまりで、キスすらしないで別れるケースがほとんどだったし……


 でもまぁ……俺に、自分の気持ちをぶつけてきてくれた小鳥遊には、精一杯格好つけて、精一杯のキスをしてやりたくなったっていうか……


 しばらく廊下で口づけを交わしていた俺と小鳥遊。


「……なんか、すまんな……相手が俺みたいなおっさんで」


 俺の言葉を聞いた小鳥遊は、顔を左右に振った。

 それこそ、首がはずれちまうんじゃないかってくらいの勢いで……


◇◇


 その後……


 我に返った感じになった俺と小鳥遊は、互いに真っ赤になりながら、


『と、とりあえず、このまま廊下ってのもなんだし、部屋に入ろうか』

『は、はい……』


 一緒に、俺の部屋へ移動していった。

 

 小鳥遊の部屋に比べればこじんまりとしてはいるけど、それなりに広いし、普段から片付けているので急な来客でも問題はない……まぁ、女性を俺の部屋に招き入れたのって、十年以上ぶりな気がしないでもないんだけど……


「あ、そういえば、晩飯を何も買ってきてないな……」


 駅で古村さんに出くわしたもんだから、慌てて家に駆け込んだからなぁ。

 とりあえず近くのコンビニかスーパーに行って……


 俺がそんな事を考えていると、小鳥遊は旅行鞄の中から箱を取りだした。


「……あの……ご飯、作ります……」


 その箱の中には、あれこれ食材が入っていた。

 すでに下ごしらえは済んでいるらしく、ナイロン風の袋に小分けになっている。


「……その……一人で生きていく……って思っていたから……家事の腕……すごい、から……」


 そう言うと、小鳥遊はそそくさと台所へ向かっていった。


「そうだな、材料まであるんならお願いしようか」


 俺の言葉に、嬉しそうに頷く小鳥遊。

 

 包丁やフライパンを使って、小鳥遊が作ってくれたのは回鍋肉と中華スープだった。


「美味っ!、これ、マジで美味いな、おい」


 意外といってはアレなんだが、お世辞抜きでこの料理は美味かった。

 炊飯器で炊いた飯があっという間に無くなってしまったほどなんだ。


◇◇


 食事を終え、後片付けが終わると、小鳥遊はリュックサックの中からヘルメットを取りだした。

 ディルセイバークエストのログイン用のヘルメットだ……ってか、あのリュックサックの中に、あれが入っていたわけか。


「……しよ?」


 小首をかしげながら、俺にそう言う小鳥遊。


「そうだな、じゃあ……」


 そう言って、俺もベッドの上に置きっぱなしにしているヘルメットを被った。

 すると、小鳥遊は俺をソファの上に座らせると、俺の膝の上にちょこんと座ってきた。


「お、おい、小鳥遊……」

「あの……こ、こういうの、夢だったの……だめ?」


 ヘルメットを手に、また小首をかしげる小鳥遊。

 なんか、その表情は反則じゃないか?

 妙に可愛いというか……さっきキスをしたし、飯で胃袋を掴まれたし……そんな状態で断れるはずもなく、俺は小鳥遊を膝の上にのせたまま、ゲームにログインする事になっちまった。


 まぁ、でも……誰かの体温を感じながら、一緒にゲームを出来るっていうのも、そんなに悪くないのかもしれないな……

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