女難が続くというか…… その3

 いや……確かに俺は今日の昼飯の時に言ったよ、


『そうだな、とりあえずどこかの駅で待ち合わせるか……いっそのこと、俺の部屋で一緒にディルセイバークエストをして、朝になったら一緒に飯を食いに出かけるか? ……なぁんて……』


 ってさ。

 ちゃんと語尾に『なぁんて』って付けてたわけだし、小鳥遊も、


「あ、そ、そうですよね……」


 って言いながら昼飯を食い終わったもんだから、それでこの話はその時点で終わりになったと思っていたんだ。


 いつものように、みんなに向かって、

『明日は週末だし、仕事が済んだらとっとと帰るんだぞ』

 そう言って、会社を後にした俺。


 んで、駅の前で、今日も早苗ちゃんが待っていたのは、なんだかなぁ、というか……

 ぶっちゃけ、会社の最寄り駅で待たれるのは周囲の目が気になるので勘弁してほしいんだけど……とはいえ、先日痴漢から守ってあげた手前、そのアフターケアをしてあげるのも大事だよな、と思っているのも事実なわけだ。

 正直な話、あの時の痴漢を鉄道警察に突き出せていないわけだし、早苗ちゃんが一人の時にまたぞろ襲ってこないとも限らないしな。


 いつものように、顔を赤く染めながら俺の前でうつむいていた早苗ちゃん。

 そんな早苗ちゃんを、俺がいつも降りる駅までガードしてあげて、その場で別れたわけなんだけど……


 ……むんず


「……さっきのJK……会社近くで出くわしていたJKですよね?」


 目をぎょろつかせながら俺の手を掴んで来たのは、他ならぬ小鳥遊だった。

 その小鳥遊なんだけど……背にリュックを背負い、旅行バックを手にしている。

 って、食事の約束は明日だし、泊まりがけで、なんて約束はしていなかったはずなんだが……


 とりあえず、あの女子高生を痴漢から助けてあげたことと、また痴漢被害に遭わないように、一緒に列車に乗っている間だけボディガードをしてあげている事を説明した俺。

 俺の説明を聞きながら、その背から絶望のオーラモーションを発動しそうな勢いで俺ににじり寄ってきていた小鳥遊なんだけど……


「し、しかし小鳥遊よ。その格好はいったいどうしたんだ?」

 

 俺がそう尋ねると、小鳥遊は途端に顔を真っ赤にしながらうつむいてしまった。

 しばらくの間、無言のままモジモジし続けている小鳥遊の前で、立ちつくしていた俺なんだけど……意を決した小鳥遊は、俺の顔を見つめてきた。


「……お、お昼のアレ……です」


 顔を真っ赤にしながら、そう言った小鳥遊。


「えっと……お昼のあれって……俺の部屋で一緒にディルセイバークエストをして、朝になったら一緒に飯を食いに出かけるって言った、あれのことか?」


 ……コクコク


 唇を横真一文字に結んだまま、大きく頷く小鳥遊。

 えっと……こ、これって、要はあれだよな……俺の部屋にお泊まりしたい……そう、言っているってことなんだよな……


 これが、だ……もし仮に相手が東雲さんだったりしたら、俺も相応の覚悟というか、女性に恥をかかせてはいけないというか……部屋に招く以上は、相応のお相手を考えておかないといけないと思ったりするんだけど……相手が小鳥遊となると、話は別というか……


 ひょっとしたら小鳥遊のヤツ、ギリギリまでディルセイバークエストをプレイしたいからってんで、俺の部屋にお泊まりさせれくれって言っているのかもしれないしなぁ。


 正直、その距離感をどう考えたらいいのか思案している俺。

 そんな俺を、顔を真っ赤にしながら見つめている小鳥遊。


 しかしあれだ……駅を出てすぐのところで、見つめ合っていると近所の人に見つかりかねないというか……


「あれ~? そこにいるのはひろっちじゃあ……」


 そんな事を考えていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 肩越しに振り返ると、そこには改札口にたどり着いたばかりらしい古村さんの姿があった。


 やばい……これは非常にやばい。


 古村さんは、良い意味でも悪い意味でも超マイペースだ。

 俺が、女性と一緒に立っていてもお構いなしに話かけてくる、そういう人だ。

 しかも、ここで話を始めてしまったらもれなく、マンションまでご一緒コースになるのは間違いない。

 何しろ、昨日からお隣さんになってしまっているわけだし……


「……小鳥遊、すまんが走るぞ」

「ふぇ?」


 俺の言葉の意味を理解出来なかったらしい小鳥遊は、最初きょとんとしていたんだけど、俺が小鳥遊の旅行鞄を持って走りだすと、その後を慌てて追いかけてきた。


 後方から古村さんの声が聞こえた気がしたものの……小鳥遊同伴の今、その声に応じてしまうと、また小鳥遊に絶望のオーラモーションを発動しているかのような威圧感を浴びせられながら詰問される羽目になってしまうのは火を見るよりも明らかだ。


 説明もそこそこに、マンションの自室に駆け込んだ俺と小鳥遊。

 

 普段から片付けをしているし、そっち方面のビデオや雑誌を収集する習慣もないので、いきなり小鳥遊に入られてもやましいことはないんだが……しかし、だ……古村さんから逃れるためとはいえ、いきなり小鳥遊を部屋に連れ込んでしまったわけで……


「あ、いや、すまない。ちょっとご近所さんがいたもんだから……って……」


 俺が苦笑しながらそう言うと、小鳥遊はそんな俺にズイッと近づいてきた。


「そのご近所さんって……女性でしたよね? なんか、若い女性でしたよね?……やっぱり武藤さんにはそういったお相手が……」


 一気にまくし立ててくる小鳥遊。

 その時だった。


 ピンポーン


『ひろっちぃ、お隣の古村さんですよ~』


 んが!?


 な、なんでこのタイミングで俺の部屋を尋ねてくる、古村さん!?

 その声を聞くなり、目をぎょろつかせながら玄関に向き直る小鳥遊。

 そのまま、玄関に向かってまっすぐ進んでいく……


「ちょ、ちょっとまった!」


 小声でそう言った俺は、小鳥遊を背後から抱きしめた。

 とにかく、だ……今は、古村さんが自室に戻るまで、小鳥遊を止めておかないと。

 俺は、小鳥遊を背後から抱きしめ、片手で口を押さえていた。

 その耳元に口を寄せると、


「事情は後で説明するから、今はじっとしておいてくれ」


 小声でそう呟いた。

 小鳥遊は、ビクッと体を震わせると、小刻みに震えはじめた。


 あぁ、そりゃ緊張もするよな……いきなり訳もわからずに抱きしめられ……ちょっと待て……


 俺は、そこでハッとなった。


 そうだ……俺、今、小鳥遊を抱きしめている!?

 俺の腕の中で、小鳥遊は顔を真っ赤にしたまま、何やら荒い息を吐いている。

 強ばっていた体からは、徐々に力が抜けていき、そのまま廊下にへたり込んでしまった。


『ひろっち~? あれぇ、おっかしいなぁ……駅で駆けだしたのってひろっちだって思ったんだけどなぁ……やっぱり見間違ったかなぁ』


 そんな言葉を口にしながら、古村さんは隣の自室へと入っていった。

 このマンション、防音は結構しっかりしているから、部屋に入ってしまえばこっちの声は聞こえないんだ。

 

 俺は、安堵のため息を漏らしながら、小鳥遊の顔から手を離した。


「すまん小鳥遊、いきなりこんな事をしちまって……」


 俺の言葉を聞きながら、ゆっくりと俺の方へ顔を向けてくる小鳥遊。

 その顔は、蕩けたようになっていて、目が潤んでいた。


「……わ、私……ここではじめてを迎えるんです、ね……」

「は?」


 吐息を漏らしながらの、小鳥遊の言葉に、俺は思わず目を丸くしてしまった。

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