女難が続くというか…… その2
会社に到着すると、小鳥遊はいつものとおりパソコンに向かって一心不乱に仕事をし始めた。
朝一で、今日の出荷伝票がメールで回って来ているので、それを集計して正確な在庫を把握していく作業なんだけど、前に任せていた部下だと朝一のデータを処理し終えるのに下手したら夕方までかかっていたもんだけど……小鳥遊の場合はどんなにデータ量が多くても昼前までにすべて終わらせてしまうんだよな。
しかも入力ミスがあったことが一度もない。
一度計算が合わなかった時があったんだけど、相手業者が送って来たデータにミスがあったからだった。
こういう時って、本当はこっちが謝る必要はないんだけど……『お前の会社はこんな計算もまともに出来ないのか!』って一度拳を振り上げたあとだと、なかなか素直に自分の非を認めてはくれないんだよな。
こういう時、普通の上司だと『ウチの若いのがミスりまして』とか適当な事を言ってお茶を濁してお終いにしてしまうことが多い……っていうか、こういうケースの場合、途中で相手も『あ、これ、こっちのミスかも』って薄々気がついているケースが大半だったりもするんでね。こっちが先に折れて穏便にすまそうとするわけだ。
普通の上司なら、な。
俺は、まぁ、普通とはかけ離れているもんだから、小鳥遊の案件の時も
『この伝票の処理をした若いのは、仕事が完璧なので間違うはずがありません』
って、終始一貫して謝罪を拒否し続けた。
相手には怒鳴りまくられたけど、小鳥遊が『間違って、ない』そう言ったから、俺はそれを信じたわけだ。
んで、小鳥遊が相手のミスを見つけたら、それを相手に提示しながらしっかりと説明し、納得してもらった。
まぁ、相手の会社には最終的には納得してもらえたものの、それ以後取引伝票が回ってきていないところを見ると、嫌われたのは間違いないだろう。
今度の幹部の飲み会であれこれ言われそうだけど、まぁ、そういった苦情を聞くのも上司の仕事だと思っているので気にはしてないんだけどな。
その一件があって以降、小鳥遊の仕事の様子が目に見えて変わったのも事実だ。
それまでも真面目に仕事をしていたんだけど、その真面目さの度合いがさらにアップしたというか、何度も入力データを確認し、より完璧を目指そうとしている様子がありありと伝わってくるようになっている。
その姿勢があれば、コミュ障なのを差し引いても、もっといい部署でもっと重要な仕事を任されても問題ないだろう。
そんな事を思っていると、内線電話がなった。
番号は人事からだ。
「はい、武藤です」
『武藤係長、東雲です。今、少しお時間よろしいですか?』
「えぇ、大丈夫ですよ」
『先日、ご相談頂きました小鳥遊さんの件なのですが……』
東雲課長からの電話は、小鳥遊の異動に関する相談だった。
俺の推薦を受けて、人事部で検討した結果……欠員が生じている企画運営部へ異動させてはどうかって話が出ているそうなんだ。
企画運営部と言えば、ウチの会社の中で一番忙しい部署だ。
ここで実績を残すことが出来れば、将来的にそれなりのポジションにつけるのも間違いない。
小鳥遊の場合、コミュ障なのが玉に瑕だが、集計関連の仕事であれば普通以上の戦力になれる素質は十分に持っていると思っている。
そんなわけで、小鳥遊を連れて人事部へ出向いた俺。
「……というわけで、武藤係長の推薦もあって、小鳥遊さんに企画運営部へ異動してもらおうと思っているのですが……」
人事部の中にある応接室の中。
俺と小鳥遊の前に座っている東雲課長が、いつもの冷静な口調でそう言った。
「あぁ、小鳥遊はしっかり仕事が出来るからな。適任だと思う」
東雲課長の言葉に頷く俺。
そんな俺の横で、小鳥遊はしばらく東雲課長と俺の顔を交互に見つめていたんだが……
「……お断り、します」
「そうだろう、そうだろう。実質的な昇進だし、お前も今まで以上にやり甲斐が……って……え?」
「……異動したく、ないです」
そう言うと、小鳥遊は席を立ち、一礼するなりそそくさと応接室を後にしてしまった。
「お、おい小鳥遊……」
慌てて小鳥遊を追いかけようとする俺。
そんな俺に、東雲課長が苦笑しながら話しかけてきた。
「やっぱりね……実績的には申し分ないと、私も思ったのですが……多分こうなると思いました」
「え? そ、そうなんです?」
「えぇ。小鳥遊さんが活き活きと仕事が出来ているのは、武藤係長の下だからこそですからね」
「はい? い、いや、そんなことはないだろう……」
「……武藤係長って、他人の事はよく見ておられるのに、自分が関わる事になるとすっごく疎いですよね?」
「はい?」
苦笑いを続けている東雲課長を前にして、俺は思わずきょとんとしてしまった。
俺が関わる事? ……って、まさか小鳥遊が異動したくないっていうのは、俺の元で働きたいからっていうことなのか?
「いや……そんなはずはないと思うんだが……」
とにもかくにも、東雲課長に一礼すると、俺は小鳥遊の後を追いかけた。
◇◇
すでに自分の席に戻っていた小鳥遊。
なので、いつものように昼を一緒に食べながら事情を聞こうと思ったんだけど……
「……異動は嫌、です」
いつもの定食屋で、今日のお勧め定食の肉じゃがコロッケを頬張りながら、きっぱり言い切る小鳥遊。
いや……これが迷っているとか、そんな感じなら俺も説得しようと思っていたんだけど……ここまできっぱりと迷いなく言い切られては、さすがに食い下がれないというか……
「そうか……わかった。小鳥遊がそこまで言うのなら、俺もこの話はこれ以上は言わないことにするよ。なんかすまないな、余計な気を使わせちまって」
笑顔でそう言うと、俺も肉じゃがコロッケを口に運んでいった。
「まぁ、でも、あれだ……お前みたいに有能な部下を持てて、俺的には嬉しいんだけどな」
「そんな……わ、私は、有能なんかじゃ……」
うつむいたままそう言う小鳥遊なんだけど……その顔には笑顔が浮かんでいた。
俺に『有能』って言われて喜んでくれているのは間違いなさそうだ。
「そういえば、明日の休みに食事だったな。待ち合わせはどうする?」
「あ……あの……ど、どうしましょう……」
俺の言葉を受けて、本気で悩み始めた小鳥遊。
あ、そうか……ただでさえコミュ障な小鳥遊だし、こうやって誰かと待ち合わせっていうのも苦手なのかもしれないな。
「そうだな、とりあえずどこかの駅で待ち合わせるか……いっそのこと、俺の部屋で一緒にディルセイバークエストをして、朝になったら一緒に飯を食いに出かけるか? ……なぁんて……」
俺としては、冗談のつもりで言ったわけだ。
そんな俺の言葉に、小鳥遊はガバッと身を乗り出すと、
「ぜぜぜ……ぜひともよろしくお願いいたしたく……」
顔を真っ赤にしながらも、真剣そのものな視線でそう言ってきた。
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