見ている人達ってなわけで その2

 小鳥遊が差し入れてくれた昼飯のおかげで、どうにか午後の会議ラッシュを乗り切ることが出来た。


 ……いや、マジな話……小鳥遊の差し入れが無かったら、俺のお腹は会議中に盛大なファンファーレを奏でていただろう……

 午前の無駄な会議とは違って、午後からの会議は外部の業者との間で進行しているプロジェクト絡みのものがほとんどだったから眠たくなる心配はなかったものの、さすがに腹の虫のファンファーレを参加者各位にお聞かせするわけにはいかなかったからな。


 ……とはいえ


 俺の部署は会社で扱っている商品の在庫管理がメインの仕事という、閑職に近い仕事だったわけなんだけど……最近は少々状況が変わってきている。

 会社の倉庫って、意外に稼働率が悪いんだよな。

 市内だけでも数カ所に点在しているため、定期的に在庫のチェックに回って、帳簿と照らし合わせておかないと、実際の在庫数がわからないという、非常に恥ずかしい状況になっていたわけなんだ。

 以前、在庫管理を任せていた女の子も頑張ってくれていたんだけど……何しろ在庫の出し入れの書類が一日だけで数百枚届くことなんてざらだし、しかもウチの会社が扱っている商品の種類となると数千種類に及ぶからなぁ……それを、常に完璧に処理しろっていうのが、無理ってもんだと、俺も思っていた。


 ……まさか、それを完璧にこなすヤツが現れるとは夢にも思っていなかった


 小鳥遊にその仕事を任せたのは、前の女の子が別の部署に配置換えになっていたからだったんだけど……小鳥遊は、毎日数百枚届く数千種類の商品在庫の出し入れ書類の管理を、書類が届くと同時に迅速に、かつ完璧に処理してくれている。

 そのおかげで、俺も倉庫の空き具合を正確に把握することが出来るようになったもんだから、在庫を数カ所に重点的に集めて、空の倉庫を作ることが出来た。

 んで、新規のプロジェクトが立ちあがると、


『プロジェクトに必要な商品をおいて置くための倉庫としてどうです?』


 って、他の管理職連中に売り込みをしていたら……詳しく話を聞きたいからって、プロジェクト会議に呼ばれるようになったんだ。

 実際、在庫管理業務をここまで真面目にやった管理職や、その部下なんて普通まずいないからな。

 他の部下達も、俺が社内の重要なプロジェクトに呼ばれるようになったもんだから、えらくやる気になってくれていて、在庫の移動作業なんかを積極的にやってくれている。


 そういった意味で考えると……小鳥遊が俺の部署に来てくれたおかげで、俺の部署に活気が出てきたといっても過言じゃない。


◇◇


 そんな事を考えながら部署に戻った俺なんだが……すでに、俺の部署はもぬけの殻になっていた。

 

 まぁ、すでに終業時間を1時間近く過ぎているし、


『終業時間が来ても俺が会議から帰ってこなかったら先に帰っていいからな。最後のヤツは鍵だけたのむ』


 って、午後の会議に出る前に言っておいたしな。

 合鍵で部屋の鍵を開けて室内に入った俺は、会議の資料を机の引き出しに入れ、入れ替わりに鞄を取り出した。


「さて、俺も帰るとするか」


 引き出しに鍵をして、部屋を出た俺は、合鍵で部屋を施錠してから会社を後にした。

 東雲課長も、今夜はプロジェクト絡みの接待があるっていってたし……なんか、ホントにお疲れ様だな。


 駅への道を歩きながら、鞄の中からスマホを取りだした。

 勤務時間中は、個人所有のスマホは一切チェックしないことにしているんだよな。


「……お、メールが三件届いてるな」


 一件目は、ディルセイバークエストの公式からのお知らせだった。

 なんでも、今日から新しいイベントが始まるらしい。


「『ゾンビドラゴンの大侵攻を食い止めよ』って……毒攻撃をしかけてくるS級モンスターのゾンビドラゴンを倒して、どこかに潜んでいるSS級モンスターのゾンビドラゴンキング、SSS級モンスターのゾンビドラゴンロードを討伐して……って、結局モンスターを討伐するイベントってことか……ま、内政メインの俺には関係ないか」


 しかしあれだな……モンスター討伐に特化したVRMMOゲームの中でまったり内政プレイをしているっていうのも、不思議な感じがするんだけど……まぁ、俺がそれを楽しんでいるんだから別にいいっよな。


 二件目は、ファムさんこと古村さんからか……


 何々……


『ひろっち、おはにゃ~』


 ……って、おいおい、いきなり何なんだ、この書き出しは……古村さんってば仮にも社会人だろう? メールってのは手紙を電子で送っているだけであってだな、もっと真面目に……いや、こういう考え方の方が古いのか、今時だと……

 それにまぁ、古村さんはこういうキャラなんだし、素の自分をさらけ出してメールを送ってくれているってことは、それだけ俺の事を信頼してくれている証拠かもしれないし……そうだな、好意的に考えることにしておくか……


 んで、その古村さんからのメールの内容はというと……昨夜メタポンタ村に連れ帰ったリサナ神様の神殿を作る必要があるのと、リザード族の作業員がやってくるので、今夜はなるはやでINしてほしいとのことだった。


「『リザード族の作業員が来る前にリサナ神様の神殿を作っておくと良いことがあるかもよ~』って……いくら古村さんが内政スタッフだからって、そんなことまで教えてくれていいのか?」

「いいんですって。そうしてイベントを体感してもらって、それを実績として他のプレイヤーの方々に宣伝してくだされば! だよ、ひろっち」

「なるほどなぁ……確かに、今、メタポンタ村には内政中心の攻略サイトを運営しているイースさんもいるわけだし、そういった情報を広く宣伝するのにも適しているし……」


 ……ん?


 俺はその時、違和感を感じていた。

 ちょっと待て……さっき、古村さんの声が聞こえてきた気がしないでもないんだが……ゆっくりと後方へ視線を向ける俺。

 すると、俺の後方に、笑顔で手を振っている古村さんの姿があった。


「あ、あれ? 古村さん!? な、なんでここに……」

「あぁ、あれですって、朝一でメールを送ったのにお返事が全然ナッシングだったのでちょっと不安になってしまいまして……すいません、来てしまいました……あはは」


 先日の一件があるので、気にしているんだろう。

 以前とは違って暖かそうなセーターにロングスカート姿という、ごくごく普通の格好をしているし、着る物にも気を使うようになってくれたみたいだ。


「お、今日はちゃんと髪の毛も綺麗にしているじゃないか。そうしていると、やっぱりべっぴんさんだな、うん」

「ふ、ふえぇ!?」


 俺が笑顔でそう言うと、古村さんってばいきなり顔を真っ赤にしながら後ずさってしまった。


「ううう……手強い……手強すぎます、ひろっちってば……いきなり私に10000ポイントのダメージを浴びせてくるなんて……」

「ダメージって……俺はただ思ったことを口にしただけだぞ」

「そ、そうやって素でダメージを与えてくるところが手強いんですって……ひろっちってばリアルに魅了のスキルでも持っているんですかねぇ」

 

 そんな事を口にしながら頬を両手で押さえている古村さんなんだけど……いやいや、そんなスキルを持っていたらだな、この年まで独身なわけがないと思うんだが……


 とりあえず、俺がメールを確認したことを、確認出来たことで古村さんの用事は終了したわけだ。

 せっかくだし、晩飯でも誘ってあげようかと思ったんだけど、なるはやでINしてくれって言われたばかりだしな。


「んじゃ、家に帰ったら飯を食ってすぐにINするよ」

「よろしくよろしく~なのですよ、ひろっち」


 そんな会話を交わしながら電車に乗り込んだ俺と古村さん。

 途中までは同じ電車なので、並んで座っていたんだけど……


「……んぁ?」


 ハッと目を覚ました俺。

 ……やばっ!? 昨夜の睡眠不足の疲れがドッと出て、座ったまま寝ちまってた!?

 駅名を見ると……幸い、数駅行き過ぎただけだった……これなら、数十分で戻れるはず……


 そう思った俺は……ここで猛烈な違和感を感じた。


 あれ? 俺が寝過ごしたってことは……古村さんは……

 そこで俺は気がついた……俺ってば、古村さんの肩に頭をのっけて熟睡していたんだ。


「うわっ!? ふ、古村さん、悪い!?」


 俺は、慌てて起き上がったんだけど……なんか、古村さんってば、真っ赤になったまま口をパクパクさせ続けていた。


 ……あ、あはは~も、もう好きにしてくださ~い、なんちゃって~……あ、あはは~……


 なんか、よくわからない言葉を小声で繰り返し続けている古村さんなんだけど……いや、ホント、こんなおっさんがもたれかかってしまって、本当に申し訳ないというか……

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