見ている人達ってなわけで その1
小鳥遊が差し入れてくれたブラックコーヒーを一気飲みして向かった朝一の会議だったんだけど……結果から言うと、どうにか会議中に寝てしまうという最悪の事態は避けることが出来た。
ただ、会議中に何度か意識が飛びそうになってしまい、机の下で何度も腿をつねっていたんだけど、会議の途中休憩の際にトイレで確認したら、俺がひねり続けていたあたりが思いっきり内出血していた……この事実で、俺がどれだけ必死だったかわかってもらえるんじゃないかと思う。
言い訳になるんだが、今日の会議は正直言って時間の無駄でしかないんだ。
役員会で決まった事項を、副社長が読み上げるだけで、途中特に意見を求められることもない。
しかも、副社長が読み上げている内容と同じ内容が文章化されている冊子が全参加者に配布されていて……その冊子を副社長が読むのに合わせてめくっていくだけの会議というか……
「大きな声じゃあ言えないが……あの会議はいい加減どうにかならないもんかねぇ……わざわざ冊子を配るのなら『あとで目を通しておいてください』で済むんじゃないか?」
お昼の休憩時間を大幅に超過してようやく終わった会議の後、会議室の片付けを終えてから自販機コーナーへ移動した俺は、一緒に移動してきた東雲課長に苦笑しながら声をかけた。
「みんなそう思っていますけど……面と向かってそれを言える人は、1人しかいないんじゃないでしょうか?」
「……その話はもう忘れてくださいって。あのときは俺も係長になって始めての会議だったんで、つい本音が漏れちまっただけですって」
若気の至り……といったら、俺より10近く年下の東雲課長の立つ瀬がなくなってしまうので言えないわけなんだけど……そうなんだよな、この会議に始めて出席した際に、俺はおもむろに挙手して、
『あの……この冊子の内容を読むだけなんでしたら、もう帰っていいですかね? 仕事が忙しいんで』
って、言っちまったんだよなぁ。
後で知ったんだけど、この会議って副社長が部長や課長達に良い格好をみせるため……じゃなかった、直に接するためにわざわざ開催している会議だったらしくて……他の参加者の人達が思っていても口にしなかった事を俺が言っちまったもんだから、
『あ、あんたね! この会議がどんなものかわかっているの! 会長に言いつけてやるんだからね!』
って、いきなりオネエ言葉でぶち切れられたんだよなぁ……まぁ、会長の甥っ子で、入社してきたときから自己顕示欲と承認欲求だけは人一倍強い人だって、小耳には挟んでいたんだけど、つい本音が出ちまったんだよな、あの時は……
で、どの後、この副社長……マジで会長のところに告げ口に行ったらしくて……まぁ、なんだ……間に入ってくれた社長がまともな人じゃなかったら、俺はどこか離島の支社にでも飛ばされていたかもしれなかったんじゃないかな。
「でも、私も武藤係長の言葉に同意します。あの会議は百害はありますが一利もありません」
「おっと、駄目ですよ、そういった言葉を口にして副社長に睨まれるのは俺一人で十分ですから」
少しおどけた口調でそう言うと、俺は缶コーヒーを2本購入し、1本を東雲課長に差し出した。
「あの、これって……」
「東雲課長、会議の後はいつも微糖コーヒーでしょ」
「……微糖のこと、ご存じだったんです?」
「えぇ、まぁ……」
俺は苦笑しながら頷いた。
東雲課長って、会議が終わったらいつもここの自販機コーナーで一休みしてから仕事に戻っているんだよな。
俺も会議が終わったらここに来ているので、それで彼女がいつも同じ微糖コーヒーを購入していたのを見ていたわけなんだ。
ただ、以前の東雲課長は出来る女というか、クールビューティーってオーラを全身から発していたっていうか……まぁ、あくまでも俺がそんな印象を持っていただけなんだけど、そんなわけで、話しかけたりは出来ずにいたというか、東雲課長が自販機コーナーにいたら、わざと行き過ぎて出直したりしていたくらいだし。
とはいえ、何度か話をしたりしているうちに、東雲課長は若くして昇進したことを影で悪く言われていることを気にしていて、それで隙を見せないように、と常に気を張りまくっていたからだってわかった。
「……それもそうですね。この自販機コーナーで気軽に話かけてくださるのって、武藤係長だけですもんね。いつも色々と気にかけてくださって、本当にありがとうございます」
「そんなお礼は言わなくていいって。俺と話をするときくらい気軽にしてくれって」
俺は、周囲に人がいないことを再度確認すると、東雲課長の耳元に口を寄せた。
「ほら、同じ村で暮らしている仲なんだしさ」
小声で、そう言うと、笑顔を浮かべる俺。
プライベートの事を会社で口にするのは俺のポリシーに反するんだけど……東雲課長にリラックスしてもらうためだし、今回は特例ってことで。
そんな俺の意図を感じ取ってくれたらしく、東雲課長は口元に右手をあてながらクスクス笑っている。
「そうですね……はい」
「あぁ、そうやって笑っているとべっぴんさんなんだしさ。いつもスマイルでいきましょう」
笑顔で俺がそう言うと……
「べ……べっぴんさん……って……」
東雲課長ってば、顔を真っ赤にしながらうつむいてしまった。
あ、あれ? ……お、俺、なんかまずい事を言ってしまったか?
あ、そ、そういえば……研修の時に言われたっけ、女性社員に容姿の事を口にするのはセクハラだって……
「あ、あの東雲課長……俺、なんか失礼なことを……なんかすいません」
慌てて頭を下げた俺。
ハッとしながら俺へ顔を向けた東雲課長。
「い、いえ、違うんです……あの、そ、そんな事を言われたのって始めてというか……嬉しかったというか……あ、あわわ、私ったら、何を……」
両手をバタバタさせながらそう言うと、
「す、すいません、そろそろ戻ります。あ、こ、コーヒー本当にありがとうございます」
裏返った声で一気にまくし立てると、深々と一礼して自販機コーナーを後にしていった。
なんというか……クールビューティーな東雲課長からは想像も出来ない慌てぶりを目の当たりにしてしまった俺は、しばらくの間唖然としたまま自販機コーナーに立ちつくしていた。
◇◇
会議が長引いてしまったせいで、昼休みはすでにほとんど無くなっていた。
「いつものこととはいえ、ホント困るんだよな……」
会議が長引いたのを理由にして、今から昼食を食べに出かけている人も少なくはないと思うんだけど……俺的にはそういった行為はしたくないというか……一応管理職なわけだし、自分に厳しくしている姿を部下のみんなにも見せておかないとな、と、思っているわけだ。
まぁ、部下にまでこれを強要する気はないんだけどね。
もし、今日の会議に部下のみんなも一緒に参加していたら、
『俺が電話番しているから、お前らは飯を食ってこい』
って言うだろうし。
そんな事を考えながら、部屋に戻ると……
「ん?」
机の上に、コンビニの袋が置かれていた。
中を見ると、サンドイッチとおにぎりが、これでもかってくらい入っていた。
……あぁ、会議が長引いたもんだから、誰かが俺のために昼飯を買って来てくれたのか……っていうか、会議が長引いた際に、俺が昼飯を抜いている事に気がついているヤツがいたのか……
そう思いながら室内を見回していると……一瞬、小鳥遊と目があった。
小鳥遊は、慌てた様子でパソコンの画面へ視線を戻していったんだけど……小鳥遊が配属になってから、俺が昼を抜いたのって今までに2回しかなかったと思うんだけど……その2回の事をしっかり覚えてくれていたってわけか……
「小鳥遊、ありがとな」
「つ……ついで、です……ついで……」
笑顔で右手をあげた俺に、消え入りそうな声で返事を返す小鳥遊。
今は他の同僚達がいるもんだから恥ずかしいんだろうな。
……しかし……せっかく買って来てくれたのは嬉しいんだが……いくらなんでもこれは多すぎじゃないか? おにぎりだけでも10個近く入っているし……こういったところが小鳥遊らしいと言えば小鳥遊らしいんだけど……
でもまぁ、その気持ちが嬉しかったので、残り数分の昼休みの間に食べられるだけ食べさせてもらうとしよう。
残ったら、晩飯にすればいいか。
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