朝から女難の日なのか? その3

 朝、電車の中で出くわしたあの女なんだけど……まさか帰りの電車でまた会うとは思わなかった……っていうか、前に会ったのも、俺がディルセイバークエストのサイトをスマホで見ていたのをのぞき込んできた、あの時だけだったし……まぁ、すぐまた会うことはないだろうと思っていたんだけど……


 ……で


 俺は、電車が止まるなり、下車する通勤客に混じってダッシュで電車を後にした。

 降りる駅じゃないんだけど……さすがに、誰だかわからない女性に、まるでストーカーのようにつきまとわれたらさすがになぁ……


「あ~ちょ、ちょっと待ってぇ、ボク、怪しいものじゃありませ……あ~れ~……」


 俺の後を追ってこようとしたその女性はというと、乗車してくる乗客の波に押し戻されてしまい……やがて電車はその女性を乗せたまま出発していった。

 その電車を見送りながら、俺は、


「……しばらく電車に乗る時間帯を変えた方がいいかもな」


 そんな事を考えながら、タクシーを拾って家まで戻っていった。


◇◇


「……しかし、ホント……あの女はいったい何だったんだろうな……」


 家の近くにあるコンビニで買ってきた肉まんとおでんを食べながら、そんな事を考えていた俺。

 しかし、思い当たる節があるはずもない。

 合コンなんて若い頃に数回しか参加したことがないし、出会い系サイトなんて使ったこともない……いや、女性に興味がないわけじゃないんだ、実際に、この年齢になるまでの間には、お付き合いしたことがある女性もいないことはないんだから……まぁ、だいたい『いい人』どまりだったんだけどな……


「なんつうか……そんな悲しい過去を思い出してしまうような出来事は忘れるのが一番だな」


 そんな事を口にしながら、俺は今夜もディルセイバークエストにログインするべく、ヘルメットを被っていった。


◇◇


 いつものように農家のベッドの中で目覚めた俺。


「あ! パパ! おはようベア!」


 すると、俺のベッドの脇にいたらしいポロッカが笑顔で俺に抱きついてきた。

 モフモフなモンスターの感触がリアルなのがVRMMOの特徴とはいえ……ポロッカが俺の頭に抱きつきながら頬ずりをしてくると、そのモンスターらしからぬ胸が思いっきり俺に押し当てられた格好になっていて……ちょ、ちょっとこの感触はやばいというか、なんというか……そのうち、警告をくらいそうで、気が気じゃないんだが……


 ……ん?


 そんな事を考えていた俺は、視界の端にある手紙の形をしたアイコンが点滅している事に気がついた。

 このアイコンは、俺あてのゲーム内プライベートメールが届いていることを示している。


 開いて見ると、3通のメールが届いていた。


 1通目はエカテリナから……


『今日はお昼ご飯ありがとうございました。とても楽しい一時を過ごせました……でも、だからといって図に乗らないでよね。今日はあくまで上司としての旦那様の顔を立ててあげるために付き合ってあげただけなんだから!次を期待なんかしていないんだからね! 次を期待なんかしていないんだからね!』


 序盤の文書が小鳥遊っぽいんだけど、すぐにエカテリナとしてのツンデレ全開な文書になっているあたりが、なんかエカテリナらしいというか……まぁ、最後の部分はまた誘って欲しいから二回書いたんだろうし、また近いうちに食事につれていってやろうと思う。


 でもって、このメールにはアイテムが添付されていたんだけど、


 火炎竜の宝玉

 火炎竜の鱗


 といった、名前を聞いただけでもすごそうな素材を大量に送ってこられていて……多分、お昼のお礼のつもりなんだろうけど……アイテムのウインドウで調べてみたら、どれもSSS級の素材ばかりって……いくらなんでも奮発しすぎだって……

 そのエカテリナはというと、俺よりも早く会社を後にしただけあって、すでに北の方でモンスター討伐をしているみたいだ。


 2通目はイースさんから……


『この週末はご一緒させていただけて本当に楽しい時間を過ごすことが出来ました。心から感謝いたします……』


 若くして課長職に抜擢されただけあって、ゲームの中だっていうのに几帳面なことこの上ない懇切丁寧な内容で、週末のお礼が述べられていた。

 そのイースさんも、俺が村長を務めている、ここメタポンタ村へ移住してきているんだけど……窓から見えるイースさんの家は、カーテンが閉め切られていて、INしている感じはなかった。

 おそらく、今日も会議か接待で残業しているんだろう……ホント、俺の会社って、有能な人材は使い潰そうとしているとしか思えないんだよな……実際に、この激務に嫌気がさして早々と辞めちまったヤツらも少なくないし。

 東雲さんには、これからも頑張ってほしいと思っているし、俺が出来ることならできる限り手伝ってあげないとな、っ思っている……いや、俺の方が役職も、仕事のスキルも何もかもが劣っているわけだし、そんなに偉そうに言える立場じゃないんだけどな……


 そして、3通目のメールなんだけど……


『は~い、フリフリさん。さっきは電車の中で失礼したね~。しかも、寝ぼけてたせいでメールの内容を全部削除した状態で送ってしまってて、重ね重ね申し訳ないです~』


 ……えっと……この内容からして、朝と、ついさっき電車で出くわしたあの女性からってことなのか? これ?


 差出人は、内容がまったく入ってなかったメールの送り主『NS/Furumura』のままになっていた。


『まぁ、そんなわけで、改めてお願いさせてください~。ボクと契約して内政サポートおじさんになってよ!』


 ……はい? ……なんだこの妙なテンションのメールは……っていうか、いや、確かに電車で出会ったあの女性の訳のわからないテンションに似ている気がする……


「ただ……なんなんだ、これ? 意味がさっぱりわからないな……契約って何? 内政サポートおじさんって、なんなんだ? ……確かに、俺はゲームをはじめてから、ただの一度もモンスター討伐に出かけていない内政メインのプレイをしているおっさんだけどさ……」


 とにかくだ、手紙の内容が訳がぶっとんでて、意味がさっぱりわからない。

 新手の嫌がらせかもしれないし……とりあえず、こういったメールに関しては無視するのが一番だろう。

 そう思った俺は、このメールには返信しなかった。

 他の二通には、きちんと返信しておいたんだけど……まぁ、これが無難な対応だろう。


「ま、このFurumuraって人のメールは無視でいいだろう、うん」

「よくないですよ~」

「へ?」


 いきなり女性の声が聞こえてきた。

 そちらへ視線を向けると……そこに立っていたのは、オーバーオールに麦わら帽子、長靴を履いたお馴染みの姿のファムさんが立っていた。


「やぁ、ファムさん。どうかしたのかい?」


 ファムに笑顔で言葉をかけていった俺。

 そんな俺に、頬をぷうっと膨らませながらズイッと体を寄せてくるファムさん。


「どうしたもこうしたもないですよ~絶対に内政サポートおじさんになってもらえると思ってたのに~」


 頬を膨らませながら俺を見つめているファムさん。

 そんなファ厶さんに声をかけようとした俺なんだけど……ここで、ある事にきがついた。


「……協力が云々とか、って……まさか、ファムさん……あなたが電車の中で出くわしたあの女性なのか?」

「はい~、だからメールにそうだって書いておいたでしょう?」

「いや……そんな記載、どこにも無かったんだが……」

「え~!? そ、そんな馬鹿なぁ!? わ、私、ちょっと確認してきます~」


 そう言うとファ厶さんの姿は即座に消え去っていった。

 おそらくだけど……自分が発送したメールの内容を再度確認するためにログアウトした、ってところだろうか? 


 そんな事を考えながらファ厶の後ろ姿を見送っていた俺なんだが……いやいや、まてまて……あの猫背でひょろっと背が高くて、それでいて胸がでっかい、あの女性が、ファムさんの中の人、ってことなのか?

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