朝から女難の日なのか? その2

 朝から小鳥遊に絡まれまくっていた俺なんだが……他の社員が出勤してくると、小鳥遊の奴慌てて自分の席に戻っていったもんだから、どうにか解放されたんだが……相変わらず他人とコミュニケーションを取るのが苦手みたいなんだけど……なんで俺に対してだけは、さっきみたいに突っかかってこれるんだろうな……


 確かに、同じゲームをやっていて、その中で夫婦をやっているわけだし、他のヤツらに比べたら多少は話しやすいとは思うんだが……にしても、落差がちょっと大きすぎるんじゃないかって思ってしまうわけで……

 ただ、俺と一緒にゲームをしていることで徐々にリアルでも他人と話が出来るようになりはじめているのなら、それはそれでいい傾向なのかもしれないな……今のところ、話が出来る相手が俺だけってのが問題なんだけど……


 この調子で、少しずつでもコミュ障が緩和されていったら……と、思って、


「小鳥遊、もしよかったら今日の昼飯、一緒にいかないか? おごるぞ」


 そう声をかけてみた。

 一応気を使って、他のみんながいない廊下で声をかけた。

 さすがに、いきなり一緒に飯は無理か……と、思ったんだけど、意外にも小鳥遊はこくりと頷いた。

 無言のままだったのは、ご愛敬だな。


◇◇


 で、お昼時間。


「ここは、俺がよく来る定食屋でな。二階にこうして個室があるから他人の目を気にしないで飯を食えるんだ」


 俺と小鳥遊は、木造二階建ての定食屋の二階にいた。

 個室に二人きりというと、ちょっと問題がありそうなシチュエーションな気がしないでもないんだけど……まぁ、ここは他人の目を気にする小鳥遊の気持ちを優先ってことで。


「ここは日替わり和膳がお勧めでな、味噌汁とご飯はお替わりし放題……って、小鳥遊はそんなに食わないか」

「……でも、この和膳美味しそう……これにします」

「お、そうか。んじゃ、注文するな」


 個室の内線で注文をすると、数分もしないうちに料理が運ばれてきた。

 この店は、出てくるのが早いにもかかわらず、すべて出来たてなのがいいんだよな。


「さぁ、冷めないうちに食えよ」

「……いただきます」


 少しうつむきながら手を合わせた小鳥遊。

 それに合わせて、俺も手を合わせた。

 今日は焼き魚と肉じゃが、それに具だくさんの豚汁ってメニューだった。

 黙々と食べている小鳥遊だけど、その目が輝いているところを見ると、どうやらこの店の食事に満足してくれているみたいだ。


「いやぁ、しかし、小鳥遊が付き合ってくれてよかったよ。一人で昼飯食べると寂しいしな」


 俺もご飯を口に運びながら、そんな言葉を発していたんだけど……そんな俺の前で小鳥遊は手にしていた茶碗を置くと、俺をジッと見つめてきた。


「……武藤さんじゃなかったら、来なかった……武藤さんがはじめて……私のことを本気で考えてくれた上司……」

「そりゃ光栄だが……でもさ、前の上司や同僚のヤツらだってちゃんと考えてくれてたんじゃないのか?」


 俺の言葉に、小鳥遊はゆっくりと顔を左右に振った。


「……人と接するのが苦手な私を……みんなすごく疎ましがってた……私が席を立つと陰口ばっかり……私から歩み寄ろうとしても、裏表のある人達が怖くて……どう接していいのかわからなくて……」

 

 ……なるほどなぁ……コミュニケーションが苦手な奴ってのは、多かれ少なかれ存在しているって俺は思っているんだけど……それを杓子定規に会社の枠組みの中にはめ込もうとする奴って多いんだよな……んで、上司から疎ましがられている奴の事を見下すことで自己満足に浸る奴も……


「……でもね……武藤さんは……ずっと、私の事を本気で考えてくれていた……最初に『困ったことがあったら相談して』って言ってくれたのも……上辺の言葉じゃなかった……そう感じたから、あの日……思いきってイベントのお手伝いのお願い出来た……」

「あぁ……まぁ、確かに本気で思っていたけどさ……さすがに、独身女性の家に引っ張り込むのはどうかと思うぞ」

「……武藤さんは、エッチなことしないと思ったから……」


 思いっきりお茶を吹き出しそうになった俺……っていうか、信頼してもらえたのは嬉しいんだが……いや、あのさぁ……あの日って、ゲーム内イベントをこなすために胸を押しつけながら抱きつかれたんだ……ゲームの中とはいえ、小鳥遊の胸の感触が思いっきり伝わってきて、理性がちょっとアレだった気がしないでもないというか……


「……その後も、ゲームに付き合ってくれているし……そんなことをしてくれた友達もいなかったから……私、本当に嬉しくて……」


 手に持っている茶碗を見つめながら、言葉を続けていく小鳥遊。

 リアルで、こんなに言葉を発する小鳥遊を見るのって、何気に新鮮なんだけど……それが、俺のことを快く思っているからこそだっていうのが伝わってきたもんだから、ちょっと嬉しく思った俺。


「……今なら、私……えっ……」

「ん? 今ならなんだって?」

「な、ななななんでもない……は、早くご飯、食べないと……」


 小鳥遊の奴、顔を真っ赤にしながら慌ててご飯を食べ始めたけど……今、何を言いかけたんだろう?

 まさか、今ならエッチしてもいいよ、とか言う気だった……なんてことは、ないよな、うん……


 小鳥遊が気恥ずかしそうにしているので、ちょっと話題を変えてみるか……


「しかし、イベントの1位すごかったな。2位にあんなに差をつけるなんて」  


 俺がディルセイバークエストで開催されていたイベントの事を口にすると、小鳥遊は笑顔を輝かせながら顔を上げた。


「ああいうのって、やっぱ高価な武器とかのおかげなのか?」

「それもあるけど……MSの癖を読み解くのが一番のポイントなの……」

「MS?」

「うん……モンスタースタッフ。ディルセイバークエストでモンスターのバランス調整を行っている運営のスタッフ。その人の癖を読み解いて、特定の方法でモンスターを倒せば、普通に倒した際に得られるポイントよりも、たくさんのポイントを稼げるの……」

「へぇ……そんな裏技みたいなのがあるんだ」

「うん……今回のイベントだと、最高ポイントを稼げるマグマドラゴン……このモンスターは氷系の魔法や武器に弱いんだけど……あえて火炎系の武器で倒せば、獲得ポイントが倍になったの。今回のモンスタースタッフは、以前のイベントの際にも似たトラップを仕掛けていたから……」

「そ、そんなことまで調べてやってるのか……いや、なんかすごいな」

「うん……でも、それくらいなら、トップクラスのプレイヤーはみんなやってる。大事なのはいかに早くその癖を見つけ出して、みんなが気付く前にいかに早く、いかにたくさんその方法でモンスターを倒しまくるか……今回は、運良くその癖を一番に見つけることが出来ただけ……」


 そう言いながら、少し照れくさそうに頬を赤くしている小鳥遊。


 今は集計作業を中心に仕事をしてもらっている小鳥遊なんだけど、集計する伝票にミスがあるとそれをすぐに見つけてくれていた。

 っていうか、あれもひょっとしたら、伝票を作成している奴がよく間違えるところを記憶していて、そこを重点的にチェックしているとか……そう考えると、まだド新人に近い小鳥遊がミスを見つけまくっていることが納得出来るわけで……そう考えると、小鳥遊ってば、コミュ障なのを除けばすごく優秀ってことにならないか?


 そんな事を考えながら、俺と小鳥遊はランチタイムを楽しく過ごしていった。


◇◇


 朝一はどうなることかと思ったものの、どうにか今日はいい感じで一日を終えることが出来た。


 東雲課長は、今日は出張だったもんだから自販機コーナーで顔を合わせることもなかったものの、まぁ、同じ会社に勤務しているんだから、またそのうち話をする機会くらいあるだろう。


 就業時間ぴったりにダッシュで帰宅していった小鳥遊を見送った俺は、回って来ていた文書の処理を終えてから、


「んじゃ、俺、帰るから、みんなも早くしまえよ」


 部下のヤツらにそう声をかけて部屋を後にしていった。

 あとは家に帰って、食事と風呂を済ませてからディルセイバークエストを……そんな事を考えながら帰りの電車に揺られていた俺なんだけど……そんな俺の後方から、


「こんばんわ~」


 って、どこかで聞いた声が聞こえてきたんだが……振り返ると、そこにはひょろっと背の高い眼鏡で猫背で……んでもって胸の大きい女性が笑顔で立っていたわけで……

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