朝から女難の日なのか? その1
通勤電車の中で、俺のことをチラチラ見ている女性がいることに気がついたんだが……はて、あの女性どこかで見たことがあるような……
しばらくあれこれ思案していた俺は、あることに思い当たった。
「……そうだ……前に俺のスマホをのぞき込んできた人だ……」
小声で呟いた俺なんだけど……そう、以前俺がスマホでディルセイバークエストの情報サイトを見ていたら、横からのぞき込んでた、あの女性に間違いない。
スマホの待ち受けを、ディルセイバークエスト内での俺、フリフリのスクリーンショットにしていたんだけど、それを見て「あぁ!?」とか言ってたんだよな……
ひょっとしたら、ディルセイバークエストのプレイヤーなのかもしれないけど……通勤電車の中で出会うってことは、同じ方向の会社に勤めているのかもしれないな……
俺は、その女性にチラチラ見られていることに気がついていない振りをして、窓の外へ視線を向けていた……っていうのは建前で、実際には、窓に反射で映っている女性の姿を観察していたんだけどね。
痩せててひょろっと背の高いその女性……前に会った時は猫背なもんだから気がつかなかったんだけど……結構大きな胸をしているんだよな……って、いかんいかん、そんな事は今はどうでもいい……って、言いたいんだけど、やっぱりどうしても気になってしまうっていうか……東雲さんを凌駕してはいるものの、小鳥遊には敵わない感じだろうか……
で
しばらくして、ようやくその女性の全身を観察する余裕が出来たんだけど……結構可愛い顔立ちをしているんだけど、髪の毛はボサボサで、それを乱雑に三つ編みにしている。
んで、目の下にはくっきりとクマが出来ていて……この人、いったい何の仕事をしているんだ? 朝だってのに見るからに疲れ切てますオーラが出まくってるんだけど……
そんな容姿のその女性は、相変わらず俺の事を時折チラチラ見つめながら、たまにへらぁって感じで笑顔を浮かべていて……うん、なんか気味が悪いというか……しかしなんだな……もう少し疲れた感じを抜いて、眼鏡を外して、オーバーオールなんか着ちゃったりしたら、案外似合いそうっていうか……
「……ん? そんな姿の人を知っているような……」
頭の中であれこれ思案を続けていた俺なんだけど……
「あの……フリフリさん……ですかね?」
「……は? え……え?」
いきなり小声で声をかけられた俺。
その声の方へ顔を向けると……そこには、さっきまで離れた場所に立っていた、あの女性がいつの間にか俺の真ん前に移動してきていたんだ。
いきなり真ん前に近寄ってきて、しかもディルセイバークエスト内での俺の名前を口にするなんて……一体誰なんだ、この人は……
俺が困惑していると、その女性は少し脱力したような笑顔を浮かべた。
「あはは~ 現実のフリフリさんって、胸板が厚くてすっごく頼り甲斐がありそうですねぇ。改めてお会いして、惚れ惚れしてしまいます~……徹夜明けなもんですから、三割増しくらいで男前に見えてるかもですけど~……あはは」
「え、っと……い、いや……その、フリフリって……なんのことだか……」
いきなりフレンドリーに話しかけてきた女性を前にして、俺はわざと知らんぷりを決め込んだんだが……
「いえいえ~そのスマホの待ち受けですけど、あれ、プレイヤーだけがダウンロード出来るマイページの画像だったじゃないですか~……まさか、内政プレーをしてくださっているフリフリさんの中の人とこうして出会えるなんて、ボク、すっごく感動したんですよ~……あはは」
その女性に言われて、俺は思わず眉をひそめた。
言われてみればそうだった……あの画像は確かにマイページに設置されていたダウンロードボタンを押して手に入れた画面だったんだが……まさか、そこから身バレするなんて……
って……いや、ちょっと待て……
いくらなんでもちょっとおかしくないか?
俺は、ディルセイバークエストの超有名人でありトッププレイヤーのエカテリナの旦那ではあるものの……プレーを開始してまだ数日のド素人だ。
攻略サイトの情報だと、俺以外にもドワーフ姿のプレイヤーは、数こそ少ないものの他にもいるみたいだし……まぁ、デフォルトの1つである『フリフリ』なんていうちょっと恥ずかしい名前なのは俺だけだろうけど……とはいえ、待ち受けの画像には名前までは表示されていなかったはずだし、どうして一目見ただけで俺をフリフリだと見抜けたんだ?
俺が困惑していると、そんな俺の顔をその女性はマジマジと見つめてきた。
「……あ~、ひょっとしてボクのことがわかってない? おっかしいなぁ、この間ゲーム内のプライベートメールを送ったでしょ~?」
「は? プライベートメール?」
「うん、そう~……で、どう? あの件、考えてくれたかな~? 承諾してもらえると、ボクもすっごく嬉しいんだけど~?」
「い、いや、ちょっと待てって……俺は、ゲーム内のプライベートメールなんて……」
うん……エカテリナとイースさんくらいからしかもらった覚えがないんだが……そう、言いかけたんだけど……俺はここであることを思い出した。
「……まてよ……そう言えば、一通変なメールが届いてたっけ……」
「うんうん!」
俺の言葉に、目を輝かせながら体を近づけてくるその女性。
そのせいで、大きな胸が俺の胸板に押し当てられた格好になって……ちょ、ちょっと待ってくれ、朝からこういうのは……
「ちゃんと書いておいたでしょ? 『電車でフリフリさんの待ち受け画像のスマホを持ってる男性を拝見したのですが……きっと、あれ、フリフリさんの中の人だと思いまして……思い切ってメールさせていただきました』って……ボクも、プレイヤーさんにメールを送ったのってはじめてだったからすっごくドキドキだったんだ~……」
「い、いや……そのメールなんだけど……内容がまったく書かれてなかったんだが……」
「……でね、フリフリさんは戦闘そっちのけで純粋に内政だけを楽しんでいるし……ぜひ、ボクのテストプレーに協力してほしいって思ったんだ~……」
「いや、だから……内容がなかったんだってば……」
「それで~……そのお返事をそろそろもらいたいな~……って……ん? ……今、なんて言いました~?」
「いや、だから……あのメールは内容がなかったんだって……」
「……内容が……ないよう?」
「……あんた、若いくせに妙に古い駄洒落を……」
俺が思わず苦笑していると、
「あ、あれぇ……まさか、ボク、デスマ開けでヘロヘロしてて、内容を入れずに送信しちゃった? うっそ、マジで……うわぁ、急いで送信ボックスチェックしないと……」
その女性はブツブツ言いながら、停車したばかりの電車から早足で駆けだしたかと思うと、向かいに停車したばかりの反対方向へ向かう電車へ駆け込んでいった。
「……な、なんだったんだ、いったい……」
俺は、その女性の後ろ姿を見送りながら困惑した表情を浮かべることしか出来なかった。
……あと、すっごくポヨンとしていた胸の感触を思い出して……
◇◇
「……じ~……」
会社に到着するなり、俺は、小鳥遊に至近距離で睨みつけられていた。
一応、最初に、
『……おはようございます』
って、言えたのは、少しずつ成長出来ている証だと思うだけど……その直後に、俺の元に駆け寄ってきて、いきなり睨みつけてくるのはどうかと思うんだが……
「いや、小鳥遊。朝からどうかしたのか?」
「……鼻の下、延ばしてる気がする……」
「は?」
「……じ~……」
鼻の下を伸ばしてって……いや、ちょっと待て……小鳥遊の奴、俺があの女性と密着して話をしていたのを見ていたっていうのか? ……いや、小鳥遊の家は俺の通勤電車とは逆方向だからそれはないというか……って、ことは……
勘か?
勘なのか?
そんな事を考えている俺。
そんな俺を、小鳥遊はジト目で睨み続けていた。
ったく、朝から勘弁してくれって……そもそもお前と俺が夫婦なのはゲームの中だけだろう?
まぁ……でも、こうしてやきもち焼かれるのも、始めてなもんだから、悪い気がしていないのも事実ではあるんだけど……
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