さて、今日は畑仕事と森へ行こうと思うんだが その1

 会議の後、部屋に戻った俺はいつもの仕事をいつものようにこなしていった。

 同期の管理職連中の中には、勤務時間に新聞読んだり、1時間ごとに煙草休憩するやつもいるってのは公然の秘密になってるけど……まぁ、最終的に仕事をきちんとこなしているのであれば、個人のやり方にあれこれ口を挟むつもりはないんだけど、そういった時間も残業の原因になっているんじゃないかって思うことが無きにしも非ずといいますか……

 一度煙草に行ったら30分くらい席に戻ってこない奴もいるそうで、人事部案件として

『煙草休憩のタイムカード導入案』

 ってのが提出されそうになったこともあったっけ。

 東雲課長の提案だったけど、ま、管理職連中のほぼ全員が喫煙者だったもんだから、案の定、会議に提出される前になかったことにされちまったんだっけ。

 

 そんな事を考えながら帰宅準備をしていると……小鳥遊が席を立つのが見えた。

 いつもそそくさと部屋を出ていく小鳥遊なんだが、

「小鳥遊、お疲れさん。気を付けて帰れよ」

 って言いながら手を振ってやったら……小鳥遊のやつ、少しうつむきながらだけど、しっかり頭を下げてくれた。しかも、俺に対してだけじゃなく、部屋に残っているみんなにも、だ。


「へぇ……小鳥遊ちゃん、挨拶出来るじゃん」


 小鳥遊が出ていったばかりの扉を見つめながら、他のヤツらが感心した声をあげていた。

 別に、無理してまで仲良くなれ! って言う気はないけど、こういったことが積み重なっていって、課の中のみんなが小鳥遊の事を受け入れていってくれれば御の字だろう。

 なんか、それだけのことだったのに、ついつい目頭が熱くなっちまって……いかんなぁ、年を取ると涙もろくなっちまって……


◇◇


 みんなに、

『んじゃ、お先に。みんなも早く帰るんだぞ』

 って声をかけてから会社を出た俺。

 駅へ向かう俺の頭の中はというと、


「……さて、ブラッドベアの名前だけど……どうするかな」


 と、そのことばかりになっていた。

 ゲームなんかずいぶんひさしぶりな俺だけど、自分で思っている以上に楽しんでいるのかもしれないな。


 電車にゆられながら窓の外の看板を眺めたり、中吊り広告をみたりしながらあれこれ考えを巡らせていく。

 時折、スマホでディルセイバークエストの公式サイトや攻略サイトで最新情報をチェックしたりもしていたんだけど……その時、俺はあることに気がついた。

 すぐ隣に立っている女性が、気のせいか俺のスマホをチラチラのぞき見しているような……

 その女性、ひょろっと背が高くて、眼鏡をかけているだけど……ひょっとしたらディルセイバークエストのプレイヤーなのかもしれないな。

 俺のようなおっさんが、こんなゲームで遊んでいると思われるのもなんか気恥ずかしかったので、すぐにブラウザは閉じたんだけど……俺のスマホの待ち受けって、ゲーム内のスクリーンショット機能で撮影した俺の姿になってるもんだから、フリフリ姿の俺がでーんと映し出されてしまったわけで。

 なんか気恥ずかしくなりながら、スマホの画面にニュースサイトを立ち上げた俺だったんだけど……その女性ってば、俺の待ち受け画面を見るなり


「あ!?」


 って声をあげたりして……やっぱり『いいおじさんが、ゲームの画像を待ち受けにしてる』とか思われたんだろうな……あのスクリーンショットって、このゲームをやってる人なら俺の使っているキャラだって一発でわかるはずだし……


 気まずくなった俺は、その女性に背を向けていたんだけど、ちょうどここで俺の降りる駅に到着した。

 慌てて下車した俺は、足早に駅を出た。


「……またあの人にあったら気まずいなぁ……もう出会わない事を祈るしかないか」


 そんな事を考えながら、いつものコンビニで弁当を調達して帰宅。

 料理が出来ないわけじゃないんだが、一人分の料理を作るとなると、食材が無駄になったり結果的に割高になることが多いんで、手軽にコンビニ弁当で済ませることにしているわけなんだけど……俺もいい年齢だし、そろそろ一緒に暮らす相手が……なんて思わなくもない……


「ま、俺のような面白みのないおっさんと一緒に暮らしたいって言ってくれる奇特な女性なんか、まずいないだろうけどな」


 自分の言葉に自分でダメージを受けながらも食事を済ませた俺は、最近すっかりお馴染みになっているログイン用のヘルメットを被って、ベッドに横になった。


「さて……ログイン……っと」


 目の前に黒い空間が広がり『ディルセイバークエスト』の文字が浮かび上がった。

 その文字が消え、一瞬視界がブラックアウトする。

 次の瞬間、目の前に天井が広がっていく。

 うん、俺の部屋の天井じゃない……メタポンタ村の中にある、ドワーフのフリフリの家の天井だ。

 すると、天井と俺の顔の間にブラッドベアの顔が割り込んできた。

 魔獣の顔が視界いっぱいに広がったもんだから一瞬びっくりしたんだけど……そうだった、昨日仲間になったブラッドベアの女の子じゃないか。


「パパ! 待ってたベア~」 


 そう言いながら、笑顔で俺に抱きついてくるブラッドベアの女の子なんだが……


「ちょ!? ぱ、パパってどういうことだ!?」

「うん、昨日ね、パパがログアウトした後、ママが帰ってきたんだけど」

「ちょ、ちょっと待て……ママって、誰だ?」

「ママはママだベア。エカテリナママだベア」

「え、エカテリナがママ!?」

「そうベア。アタシがパパのベッドで横になっているのを見たママがね……最初はすっごい怒った顔をして『魔獣がまだ残っていた!』って言いながら、剣を振り上げてアタシに襲いかかってきたベアけど……」


 ……あぁ……エカテリナらしいというか……そうだな、ログアウト前に事情説明のメールを送っておくべきだったか……


「でね、『アタシはパパと仲間契約をした元害獣ベア~』って一生懸命説明したら、最後には納得してくれたベア。その後『今後は、私をママ、ふ、フリフリさんをパパって呼んでもいいんだからね!』って言ったベア」

「あぁ……なるほど、そういうことか……」


 ブラッドベアの女の子が、いきなり俺のことをパパって呼んだ意味は理解したけど……まさか、ブラッドベアの女の子に対してパパとママと呼べって……なんていうか、エカテリナらしくて、なんだか笑えてしまうというか……


 ベッドから起き上がった俺は、改めてブラッドベアの女の子へ向き直った。


「あれ? そんな首輪してたっけ?」


 よく見ると、ブラッドベアの女の子は高級そうな首輪を身につけていた。

 魔獣姿のブラッドベアの女の子だけど、その体毛に埋もれることなく存在感をアピールしている感じだ。


「これ、ママがくれたベア」

「あぁ、エカテリナが……こういうところに気がつくって、やっぱエカテリナも女性ってことか」


 早速、首輪のお礼をメールしておこうと思ったら……なんだこれ? 着信ボックスが点滅してたんだが……げ、なんだこれ? 着信メールが29通って……


 着信メールウインドウを開いて確認してみると、メールの大半はエカテリナからのものだった。

 どうやらブラッドベアの女の子を発見してから断続的に送って来てたみたいなんだけど、慌てまくっているのが手に取るようにわかる支離滅裂な文書のメールばかりだったんだけど、内容的には、


・家に魔獣がいる!私が退治しておくわ!

 ↓

・魔獣の女の子を家に連れ込んだの!

 ↓

・私というものがありながら!

 ↓

・仲間になったのね、理解したわ


 って感じの流れだった。


「……なんていうか……ホント期待を裏切らないな、エカテリナの奴は」


 苦笑しながらメールを整理していると……エカテリナ以外の人からのメールが2通あった。


 1通は、イース・クラウド……って、この人って、俺が個人的にメールを送ったプレイヤーの人じゃないか?

 内容は、

『昨日深夜にお邪魔したのですが、ちょうどログアウトされた直後だったようでした』

 とのことだった。


「ってことは、昨日最後に聞こえたあの声が、イースさんだったってことか」


 仕事の関係で深夜しかINしていないっていったけど、INしてすぐに来てくれたってことか……なんか申し訳なかったな。

 メールには、


・NPCのファムさんに関する情報は持っていない。

・ファムさんに興味があるので、ファムさんとお話させていただきました。

・内政プレイヤーが増えて嬉しい。


 そんな内容が書かれていた。

 エカテリナのメールとは正反対で、理路整然かつ無駄な言葉をすべて排除してある、ビジネスメールのお手本みたいな内容に、思わず感心してしまった。


 イースさんのメールには、俺のだいたいのIN時間と、機会があえばファムさんと一緒にお話しましょうって返信しておいた。


 で、もう一通のメールなんだが……


「……なんだこれ?」


 件名も内容もない、いわゆる空メールだったんだが……宛名は確かに『フリフリ』ってなっている。

 んで、送信者はというと……なんだ、この『NS/Furumura』って……?

 

「……なんか、意味がわからないというか、気持ち悪いというか……」


 でもまぁ、一応、


『どなたか存じませんが、こんなメールが届いたのですが送信ミスではありませんか?』


 と、返信を返しておいた。

 これで、ようやくメールのチェックが終わったわけなんだが……ウインドウを閉じると、その向こうにブラッドベアの女の子の顔があった。

 さすがに魔獣の顔がで~んと出現すると、まだびっくりしてしまうな。

「パパ、今日は何するベア? 畑仕事ベア? 森に行くベア?」

「そうだな……まずはファムさんを探して、みんなで畑仕事をするかな……あ、それでなんだけど」

「ベア?」

「うん……お前の名前なんだけど……ポロッカなんてどうだろう?」

「ポロッカ……」

「あぁ、俺の好きなポロシャツのメーカー名なんだが……どうかな?」


 俺の言葉を聞きながら肩を振るわせていたブラッドベアの女の子は、いきなり飛びあがると、


「嬉しいベア! パパに名前を付けてもらえたベア! アタシは今からポロッカだベア!」


 そのまま俺に抱きついて、ペロペロと顔を舐め回してきた。

 いや、だから、俺の倍以上のでっかい図体で飛びつかれたら、俺潰れちゃうっていうか……

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