会社で倉庫に連れ込まれたり、会議であくびをしたり

 朝、いつものように出勤した俺なんだが……今の俺は、何故か倉庫の中にいる。

 いや……部屋に入る寸前に小鳥遊のやつが駆け寄ってきたんだが、

「や、おはよ……おぉ!?」

 てな具合で、挨拶を終える前に腕を引っ張られて、部屋の近くにある倉庫の中に引っ張り込まれた次第で……。


 で、だ……


 俺の前に立っている小鳥遊のやつは、うつむいたまま肩をプルプル震わせている。

 ゲームの中ではよくしゃべる小鳥遊なんだが、会社では相変わらずこんな感じなんだよな。

 まぁ、小鳥遊がコミュ障なのはよくわかっているし、こうして俺を倉庫に連れてきたのは個人的に話をしたいからだと思うので、小鳥遊が話しをはじめるまで待つことにしようと思う。

 とはいえ……余裕を持って出勤したとはいえ、始業前なわけだし、あまり長時間待つわけにはいかないし……それにもうひとつ大きな問題が発生している。

 この倉庫の中は書類倉庫になっていて、書類の入った段ボールやバインダーを詰めている棚が所狭しと並んでいて、人が立っていられる場所はあまりない。

 必然的に、俺と小鳥遊は非常に接近した状態で向かい合っているんだが……その、なんだ……小鳥遊の奴ってばかなり立派な胸をしているもんだから、それが俺の体にぽよんと当たっていて……


「……あ、あの……」


 そんな事を考えていたところで、ようやく小鳥遊が口を開いた。


「う、うん、何かあったのか、小鳥遊?」


 思わず口ごもりながら返事を返す俺。

 そんな俺の前で、相変わらずうつむいている小鳥遊なんだが……ギュッと手を握りしめると、俺の顔を見上げてきた。


「……ああああの女になんで私の作った弁当をあげちゃったんですか……い、一生懸命つくったのに……」

「え? あ、あの女……って……あぁ、ブラッドベアのことか」


 俺の言葉に頷く小鳥遊。

 よく見ると、その頬がぷっくり膨らんでいて、明らかに不満そうな表情を浮かべている。


 ……これって、あれか……俺のために作った弁当だったのに、それを俺があのブラッドベアにあげたことが不満だったってことか?

 ってか、女の子っていっても、あれは魔獣だぞ?

 ……っていうか、普通、ゲームの中の出来事でここまで怒ったりするなんてなぁ、学生ならともかく……なんてことを思ったんだけど……小鳥遊にとってはゲームの中の出来事も大事な生活の一部なわけで、そんな小鳥遊の大事な生活の中に、俺との出来事が含まれているわけで……ん~……正直めんどくさい奴だなぁ、と、思わないわけじゃないんだけど……でも、まぁ、このまま放置したら小鳥遊の機嫌が戻らないわけだしな。


「あぁ、悪かった。1個はありがたく頂いたんだが、急に仲間が出来ちまって、その仲間が腹をすかせまくっていたもんだからさ……なんでも、俺達の家の近くの森から餌にしていた害獣がいきなりいなくなったとかで、すっごくお腹が空いていたとかで……」

「……ギク」

「ギク? ……ギクって……小鳥遊、お前何か思い当たる節があるのか?」


 俺の言葉を聞いた小鳥遊は慌てて首を左右に振った。


「なななない、ない、ない……フリフリさんの畑を害獣が襲わないように家の周囲の魔獣を根こそぎ狩ったりしてない……」


 顔を真っ赤にしている小鳥遊なんだが……これ、もう自白したも同然だよな……


 やっぱり、家の周囲の森から急に害獣がいなくなったのって、小鳥遊というかエカテリナの仕業だったってわけか……


「俺のことを思ってやってくれてありがとな。それと、弁当1つしか食えてないけど、美味かったから。しかし、すごいなあのゲームって、食べ物の味までわかるなんてなぁ」


 俺が笑顔でそう言うと、小鳥遊の奴……急にモジモジしながらうつむいてしまった。


「……そっか、美味しかったんだ……よかった……」


 うつむいている上にすごい小声なもんだからよく聞き取れなかったんだけど……とりあえず小鳥遊は喜んでくれたっていうか、どうにか機嫌が直ったみたいだ。

 まぁ、害獣を全部狩っちまったのは俺のためだったってことで、あえて突っ込まないことにしておこう。


 ファムさんの時のように

『ブラッドベア(あの女)は何!?』

 ってな具合で、もっと突っ込まれるかと思ったんだけど、どうやら仲間契約していることがわかったためかそれ以上突っ込まれることはなく、小鳥遊の話はここで終わりになった。

「じゃ、じゃあ、部屋に戻るか」

 俺の言葉に頷く小鳥遊。

 俺達は、周囲に人がいないことを確認してから時間差で部屋の中へと入っていった。


◇◇


 日中の小鳥遊は、俺と話しをして納得出来たらしく、しっかりと仕事をこなしてくれていた。

 

 ここしばらくの小鳥遊の行動を見ていてわかったことがある。

 電話に出ようとしないのは相変わらずなんだが……どんな時でも頑なに出ようとしないわけじゃないみたいだ。

 たまたま部屋の中に俺と小鳥遊しかいなかった時、俺が電話で話をしていると内線がなった。

 小鳥遊のやつ……多分、無視するだろうな、と、思っていたら……おっかなびっくりな様子ながらも、電話に手を伸ばそうとしていたんだ。

 この時は、すぐに他の奴が戻ってきて、そいつが電話をとってくれたんだけど……


 これは、俺の憶測だけど……


 ひょっとしたら小鳥遊は電話に出ないんじゃなくて、電話に出ないようにしているんじゃないか、と……

 小鳥遊は重度のコミュ障なわけだ。

 電話に出たら確実にどもりまくってまともに話が出来ないのは火を見るよりも明らかだ。

 

 ……小鳥遊のやつも、それがわかっているから、みんなに迷惑をかけないように……アイツなりに気を使って電話に出ないようにしている……?


 まぁ、あくまでも俺の憶測でしかないわけだけど……小鳥遊は小鳥遊なりに自分の出来ること・出来ないことを把握した上で、出来ることを頑張ろうとしてくれているのかもしれないな……


 そんな事を考えながら、午後の管理職会議に参加していた俺。

 別に小難しい話があるわけじゃないんだけど、日本人っていうのはいつの時代も会議が好きだよねぇ……この会議にしたって何か議題があるときだけ開けばいいのに、議題のあるなしに関わらず毎週1回定期的に開かれている。

 昔の俺だったら、

『重要な議題がないんなら仕事に戻らせてもらいます。暇じゃないんで』

 とか言いながら席を立ちそうなもんだけど、俺もそれなりの年になっちまったってことか。

 それに、俺が問題を起こして降格処分にでもなったら、俺の課のやつらがなぁ……


 俺の課には他の課に馴染めなかったり、人間関係で問題を起こしたやつらが集まってる。

 そんなヤツらの長所を見つけてそれを延ばす方針で指導しているわけで、そのせいで小鳥遊のような問題児も回されてきたんだと思う。

 俺自身、若い頃に人間関係でいろいろやらかしたってのがあって、その経験を踏まえた上で部下達の対応をしているからか、俺の部署で数年過ごして、色々落ち着いて、その後上位の部署に転属していった奴も少なくない。

 そう、みんなやれば出来る……俺は、そう思っている。

 その能力を引き出してやるのが、俺のような管理職の仕事だとも思っている。

 自分で言うのもなんだけど……俺があいつらを守ってやらないとな……うん。


「武藤係長、ちょっといいですか?」


 意味のない長いだけの会議が終わって席を立つと、東雲課長が俺に声をかけてきた。


「えぇ、大丈夫ですよ」

「じゃあ、缶コーヒーでも飲みながらどうです? おごりますので」

「いえいえ、それくらい俺が奢りますから」


 そんな会話を交わしながら、俺と東雲課長は会議室を後にしていった。

 東雲課長の背中を睨み付けてる課長連中も少なくなかった。

 まぁ、そうだろうな……ここにいる課長連中の大半は30代後半から40代前半で、東雲課長以外は全員男だ。

 ただ一人の20代で、ただ一人の女性ってだけで、東雲課長の事を毛嫌いしている課長連中の多いこと多いこと。

 

 自分のことじゃないとはいえ、なんかむかついたもんだから、そいつらを睨み付けてやった。

 すると、だ……慌ててそっぽを向きやがった。

 まぁ、こいつらに出来ることなんてこの程度なんだよな、実際のところ。


 んで、自販機コーナーへ移動すると、


「やっぱり私が奢りますね……さっきの一睨みのお礼」


 悪戯っぽく笑いながら、自販機にコインを入れていく東雲課長。

 見てないようで、しっかり見てたんだよな、この人。


「なんのことかわかりませんけど、んじゃまぁ、ありがたく頂きますね」


 ま、そこまでばれてるのなら、ここは大人しく奢られておきますか。

 東雲課長から受け取ったコーヒーを口に運ぶ。

 東雲課長もブラックコーヒーを飲んでいる。


「あれ? いつもは紅茶じゃなかったです?」

「あぁ、そうなんですけど……ほら、今日の会議っていつも以上に意味がなかったじゃないですか」

「まぁ、そうですけど……」


 こういうことをはっきり言うもんだから、他の管理職連中に誤解されやすいんだよな、東雲課長ってば。


「それと、昨夜はちょっと夜更かししちゃって……部署に戻る前に一服したかったんです」


 口元を抑えながら、あくびをこらえている東雲課長。


「ごめんなさい。武藤係長をだしに使ってしまって……」

「いえいえ、『俺とちょっと相談をしていた』ってことにしておけば、堂々とサボれ……おっと、話合いをすることが出来ますからね」


 俺の言葉に、苦笑しながら頷く東雲課長。

 ……しかし、ホントに眠そうだな……人事部は何かと忙しいから、帰りも遅いんだろうし……


「最近残業続きだったんですけど……昨夜はちょっと憂さ晴らしに息抜きを長くしすぎてしまって……」

「へぇ、東雲課長の息抜きというと、映画鑑賞とか、読書とかですか?」

「えっと……ま、まぁ、そんな感じかしら」


 どこか口ごもっているところを見ると……ちょっと違うみたいだな。

 でもまぁ、個人の趣味を根掘り葉掘り聞くのは野暮ってもんだしね。


「そういえば、俺、最近ゲームをやってましてね……ディルセイバークエストってやつなんですけど……いやぁ、最近のゲームってすごいっすね、ゲームの世界に本当にいるみたいで……って……」

 話題を変えるために、話を振ってみたんだけど……あれ? どうしたんだ東雲課長……目を丸くして固まってるんだけど……


「……あ、あの……東雲課長……どうかしましたか?」

「……い、いえ、な、なんでもありませんわ」


 そう言って笑った東雲課長なんだけど……ひょっとして、真面目な東雲課長のことだから

『武藤係長ってば、毎日早く帰ってゲームなんかしてたのね、なんて暇人なのかしら』

 ってな具合で呆れられたのかもしれないな……


 で、まぁ、この話題はそこそこにして、しばらく雑談を交わしてから俺と東雲課長はそれぞれの部署へ戻っていった。


 あ、そうだ……帰るまでにブラッドベアの名前を考えておかないとな……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る