農作業をしてみようと思ったんだが その2

 しばらくファムさんに冷やかされながらも畑を耕していった俺。

 道具は家の倉庫に付属していた『初期農作業セット』を使用している。

 ファムさん曰く、

『農家を手に入れた人にはもれなくプレゼントされるんですよ』

 とのことだった。

 そういえば、初期農作業セットのことは大手の攻略サイトにも記載されていたっけ。

 ってことは、俺の他にも農家を手に入れたプレーヤーはいたはずなんだろうけど……


「……そういやぁ、俺が手に入れたこの家も、元は他のプレーヤーの持ち物だったんだよなぁ……」


 家を見上げながらそのことに思い当たった俺なんだけど、この家どころかこの村全部が寂れてしまっていたことを考えると、なんか世知辛い気持ちがこみ上げてきちゃうな……


「農作業に関してはリアルと大差ありません。まずは野菜や薬草を植えるための畝をつくってくださいね。こうやって……」

「畝ですね、えっと、こうやって……」


 ファムさんの横に並んで、その手順を横目で見ながら同じように土を盛り上げていく。

 その盛り上がった上の部分に野菜や薬草を植えていくんだろう……知識としては知ってはいるが、こうして実際に作業するのははじめてだったりする。


 ……このご時世、作るより買った方が安いし早いしな……ネット通販のギガプレミアムサービスだったら発注してから1時間以内に品物が到着するし……


「……っと、とりあえずこんなもんかな?」


 ファムさんと並んで作業していると、あっという間に畝作りが終了してしまった。

 ファムさんってば、手際よく作業しながら

『なかなか筋がいいですよ!』

『そうそうその調子です!』

 と、常に声をかけてくれるもんだから、なんかこっちも気持ち良く作業出来たってのが大きかったように思う。

 やっぱ人は褒められて伸びるってっやつだろう、うん。


「すごいですよフリフリさん。はじめての農作業で、こんなに綺麗に、しかもこんなに早く畝作りを終えるなんて、なかなか出来ることじゃありませんよ!」

「いえいえ、全部ファムさんのおかげですよ。ファムさんの教え方が上手いから、こうして早く作業が出来たんですって」

 

 笑顔を交わしながら、作業が終わったばかりの畑を見回していく俺とファムさん。


「じゃあ、畝のいくつかに農作業セットの野菜の苗を植えちゃいますか」

「え? ……あ、そっか、初期農作業セットの中にそんなのがあったっけ」

 

 倉庫に移動した俺は、改めて倉庫の扉を開けた。

 現実世界のように、中に品物が入っているのではなく、扉を開けると中に入っている道具が一覧で表示されるんだよな。


「……っと、あったあった、『野菜の苗セット』」

 

 リストの一番下にあった文字を指で押すと、俺の足元に野菜の苗が出現した。

 黒いプラカップの中に入っている野菜の苗は、どれもまだ小さい。


「これを植えれば、数日で大きくなるわけか……」


 実際に畑で栽培しようとすると、多分数週間から数ヶ月はかかると思うんだが……こういったところはさすがはゲームだなぁ、と、思わず感心してしまう。


「じゃあ、手分けして植えてしまいましょう! その後で薬草の苗を採取しに、森の中へ行きましょう」

「薬草の苗は、この中にはないんです?」

「はい、薬草は森の中で自生している物を採取してきて、それを植えないといけないんです」

「なるほどなぁ……そう簡単にはいかないってわけか」

「そういうことです。この森には薬草しか自生していませんけど、場所によってはもっとレアな薬品の材料になる草が生えていたりしますので、それを運良く見つけることが出来て、栽培に成功すれば大儲けすることも夢じゃありません!」


 そう言ってにっこり笑うファムさん。

 ……でもなぁ


「……そんなに上手くいくのであれば、もっと内政プレイをしている人がいるはずだと思うんだけど?」

「あ、やっぱりそう思っちゃいますよね……あはは」


 バツが悪そうに苦笑するファムさん。


「……まぁ、実際そうなんですよねぇ……モンスター討伐をメインにしたアップデートが実施された際に、NPCが運営している薬屋や宿屋、それに冒険者組合で回復薬や弁当なんかが大量に、しかもお手軽価格で販売されはじめたもんですから……」

「そんなことをされたら、プレイヤーが作成した薬なんて売れるわけがないじゃないですか!?」

「まぁ、そんなわけで……農作業を本気でやろうってプレイヤーさん、ほとんどいなくなってしまったんですよ……それに、低レベルのモンスターでも倒せばそれなりのお金が手に入りますので、皆さんそっちに注力してしまって……」

「まぁ……お手軽な方に流されるのは人の常ですからねぇ」

 

 そんな話を聞いてしまって、なんかいきなりがっくりしてしまった俺。


「……んじゃ、まぁ、とっとと野菜を植えて、森へ薬草を採取に行きますか」

「え?」

「『え?』って……どうかしました?」

「いえ……あの……先ほどの私の説明を聞いても、農業をしようと思われるのですか?」

「えぇ、そうですよ」

「な、なんでまた……あなたってばSSS級の武器をお持ちですし……それに奥様は超高レベルのプレイヤーさんですので、一緒にモンスター討伐に出向けばすぐに強くなれるのに……」

「まぁ、俺は元々たかな……じゃなかった、エカテリナに無理矢理付き合わされたみたいなもんだからね。元々モンスター討伐みたいなゲームはあんまり好きじゃないんだよ。だから、エカテリナの邪魔にならないようにのんびり農業でもしながら遊ぼうと思っているんでね」


 苗を畝に植えていく俺を見つめながら、ファムさんは嬉しそうに微笑んでいた。


「……おめでとうございます」

「はい?」

「フリフリさんは、私を雇用するための条件その2『NPCが販売行為をしていることを知っても農業を続ける意思表示を行った』をクリアなさいました。条件がもう1つ未達成ですので雇用されることは出来ませんが、ログアウトされている間の畑の管理はお任せください」

「うわ! そりゃありがたい!」


 俺は、思わずファムさんの両手を掴みながら小躍りしてしまった。


「ファムさんをなんとしても雇用したいと思っていたもんですからね、偶然とはいえ2つ目をこんなに早くクリア出来るなんて思ってもみませんでしたよ」

「ああああの、フリフリさん? よよよ喜んで頂けるのは嬉しいのですが……ちょっと恥ずかしいですよ」

「あ、そ、そうですね……なんかすいません」


 頬を赤らめながら照れ笑いしているファムさんから手を離した俺。

 ……なんていうか……NPCだってのにこんなに感情豊かなんだな……

 俺が昔やってたゲームだったら、何度話しかけても、

『ここは**の街です』

 としか答えてくれなかったのとは雲泥の差っていうか……


「と、とにかくですね、早く野菜を植えて森へ行きましょう!」

「そうですね、遊べる時間も限られてますし、急ぎましょう!」


 ファムさんと一緒に右腕を突き上げた俺。

 その後、急いで野菜の苗を畝に植えていった。 

 まぁ、植えたといっても、畝に苗を近づけると

 『植えますか? はい/いいえ』

 ってウインドウが表示されて『はい』を選択すると即座に土の中に苗が植えられた状態になってしまうので、そんなに苦労することはなかった。


「……さて、野菜の苗は全部植えたし……じゃあ、森へ行きますか」

「そうですね……あ、その前に」


 ファムさんが汗を拭いながら俺の元に駆け寄って来た。


「フリフリさん、罠はお持ちですか?」

「罠?」

「はい、害獣捕縛用の罠です。この辺りには野菜の苗を狙って害獣がやってくることがありますので、罠は必須なんですけど……」


 罠かぁ……そんな物買った覚えはないし、倉庫の一覧にもなかったはず……ん、まてよ……


 そこで俺はあることを思い出した。


「そういえば、今日の初心者支援ボーナスがなんかそれっぽい名前だった気が……」


 俺は、自分の持ち物一覧を表示した。


「あったあった! 『害獣捕縛用罠』持ってました!」


 俺は、ウインドウの文字をクリックした。

 すると、畑の周囲に光りの壁みたいなのが出現して、明滅しはじめた。


「なんか……ずいぶんと大がかりなんだな……害獣捕縛用の罠っていうくらいだから、トラバサミみたいなのか檻みたいなのを想像してたんだけど……」

「いえいえいえ! これ、すごいですよ! 上級の罠じゃないですか! これならSSS級の害獣が出現しても捕縛出来ちゃいますよ!」

「SSS級……って、そんな害獣が出るんですか、この辺りって?」


 ファムさんの言葉に、思わず顔を引きつらせる俺。

 だってそうじゃないか? そんな凶暴な魔獣が出没する場所で何を好き好んで農業しなきゃならないんだよって……そう思うだろ?


「あはは、ご安心ください。この辺りではSSS級どころかC級の害獣すら確認されていませんので。あくまで『そんな害獣でも捕縛出来るすごい罠』ですって説明ですので」

「あ、あぁ、そういうことね」


 ファムさんの言葉を聞いて、安堵の息を吐き出す俺。

 ちなみに、害獣のランクがモンスターと同じだとすると、ランクはSSS級からE級まであるはずだ。

 C級の害獣が出ないってことなら、このあたりには出てもD級の害獣までってことなんだろう。

 D級なら、初心者でもソロで倒せるって攻略サイトに書かれていたから、まぁ心配することもないだろう。

 まったくもう……ファムさんってば余計な心配はさせないでほしいよなぁ。


「じゃあ、森へ薬草採取に行きますか」

「はい、では薬草が自生しているあたりまでご案内しますね」


 笑顔で言葉を交わしながら、森の中へ入っていった俺とファムさん。

 その時だった。


 ウァンウァンウァン


「な、なんだ、この音は!?」

 

 急に畑一体にサイレンみたいな音が鳴り始めたもんだから、俺は目を丸くしながら周囲を見回していく。

 

「こ、これは……罠が発動した音ですけど……きゃあ!?」

 

 後方を振り返ったファムさんが、いきなり悲鳴をあげながら俺に抱きついてきた。

 なんというか……ファムさんってば結構いい胸をしてるんだな……って、確か攻略サイトの情報だと邪な思考を長時間維持していると運営から警告をくらって、それが累積したら強制退会させられるって書いてあったっけ。


 慌てて気持ちを落ち着けた俺は、ファムさんが見つめている方角……ちょうど俺達の真後ろの方へ視線を向けたんだが……そこには光の壁に挟まれて身動き出来なくなっているでっかい生き物がいた。


「うわぁ……こいつが、設置したばっかりの罠にかかった害獣ってわけかぁ……」


 ……しかし、この害獣ってばずいぶんでかいなぁ……これでD級なのか?


「ふふふフリフリさん、どどどどうしましょう……SSS級の害獣『ブラッドベア』が罠にかかってます……」

「ちょ!? SSS級!?」

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