農作業をしてみようと思ったんだが その3

 上級の罠を仕掛けたら……SSS級の害獣がかかりました。


 ……とまぁ、すごく冷静に現在の状況を確認している俺なんだけど、


「……このSSS級の害獣ブラッドベアが襲ってきてるっていうのなら話は別だけど、罠にかかって身動き出来なくなっているわけだし、今は危険はないってことだもんな」


 そうなんだ。

 罠にかかったブラッドベアは光の壁に左右からむぎゅっと押しつぶされたようになって身動き出来なくなっていて、俺とファムさんはその様子を近くで確認しているところだった。


「私も最初はびっくりしちゃいましたけど……こうしてみると、このブラッドベアもちょっと可哀そうに見えてしまいますね」


 ファムさんがそう言うのも無理はない。

 壁に挟まれて身動き出来なくなっているブラッドベアは観念したのか、


『キュ~ン……キュ~ン……』

 

 って、か細い鳴き声をあげているからなんだけど……


「……ひょっとしてこいつ、まだ子供なのかもしれないな……ろくに暴れもしないで大人しくなっちまったし……」

「そう言われて見ればそうですねぇ……」


 そういえば……このゲームは相手のステータスを見る事が出来る仕様になっているんだけど……害獣相手だとどうなんだろう?

 そう思った俺は、魔獣に向かってステータス開示の指示を出してみた。

 すると、ブラッドベアの前面にウインドウが浮き上がった。

 どうやら上手くいったらしい。


『ブラッドベア(幼体) 

 状態:空腹』


「幼体ってことは、やっぱり子供ってことか……しかし、空腹で畑を荒らしに来たって……ファムさん、ここらにはSSS級の魔獣はいなかったんじゃないんです?」

「そうですねぇ……」


 俺の横で、ファムさんも自分の前に何やらウインドウを開いてあれこれ調べ事をしているようだった。

 で、その作業が一段落すると、


「……状況が少しわかってきました。どうやらですね、この農村の周囲の魔獣が昨夜のウチに狩り尽くされたのが原因みたいですね」

「狩り尽くされた?」

「はい。ブラッドベアは肉食でして幼体の頃から他の害獣を補食したり冒険者を襲って所持している食べ物を奪ったりするのですが……ブラッドベアの餌場の害獣まで狩られてしまったせいで、お腹を空かせてここにやってきたのではないかと……」

「え? ブラッドベアの餌場ってこの村からそんなに近いの?」

「いえ……ここから北へ20キロ近くいったところのはずなんですけど……なんかですね、この村から半径30キロ近い範囲の害獣がほとんど狩られまくっているみたいでして……」

「え? 何? このあたりって、モンスター目当てのプレイヤーがそんなにやってくる場所だったってわけ?」

「いえいえ、大半はC級以下の雑魚に分類される害獣ばかりでして……実際、魔獣を狩り尽くしたのも1プレイヤーの手によるみたいです……」

「は? ちょ、ちょっと待ってよ!? いくらゲームの中だからってそんな広範囲の魔獣を一晩で狩れちゃうもんなの!?」

「そうですね、SSS級装備の風のブーツがあれば十分可能かと……」

「はぁ……つまりすごい装備を持ってるプレイヤーが、何の気まぐれかこの辺りの害獣を一気に片付けてくれたってわけか……」


 ……ん? まてよ……そんなすごい装備を持っているプレイヤーって……まさかエカテリナなんじゃ……って、いやいやいや、レアモンスター狩りのためにこのゲームをやってるエカテリナが、レアな害獣がほとんどいないこのあたりの害獣退治なんかするわけがないか……いや……でも、まさか……俺の農場が害獣に襲われないように、とか……


 俺がそんなことを考えていると、不意にブラッドベアと目があったんだが……よくみると、身動き出来なくなっているこいつってば、目に涙をためてる……ように見えるんだが……


「あぁ……なんかこういうの苦手なんだよなぁ……」


 ゲームのモンスターなんだし、実際俺の畑を荒らしに来たわけなんだから、ここで退治するのが正解だって……頭の中ではわかっているんだけど……


 俺は、ウインドウを操作して罠を解除した。


「ちょ!? フリフリさんってば、ななな何をしているんですかぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 目の前で自由になったブラッドベアを見つめながら、その場で飛び上がったファムさん。

 ……ってか、胸がすっごい弾んだな……って、そんなところを気にしている場合じゃないか……


 俺は保存袋の中に収納しておいたエカテリナの弁当を取り出した。

 この弁当なんだけど……机の上には1個しかなかったんだけど、俺の収納袋に直接送信されてたのが10個もあったんだよな……


「俺の嫁さんが作ってくれた飯だ。とりあえずこれを食べな」


 弁当を笑顔で差し出す俺。

 すると、ブラッドベアはゆっくりと俺に近づいてきた。


「ちょ!? ふふふフリフリさん! あああ危ないですってばぁ!?」


 悲鳴に近い声をあげるファムさん……ってか、いつの間に家の陰まで走っていったんだ?

 結構素早いんだな、ファムさんってば……


 なんてことを考えている俺の眼前に、歩み寄ってきたブラッドベア。

 不思議と恐怖は感じなかった。

 ブラッドベアは、俺の前で前屈みになると、弁当箱の中に顔を突っ込んでいった。


 バクバクバク……


「おいおい、そんなに慌てて食わなくても、誰も取りゃしないって」


 笑顔の俺の前で、すごい勢いで弁当をたいらげていくブラッドベア。

 図体がでかいもんだから、1個くらいじゃやっぱり足りなかったみたいで、『もっと食べたい』とばかりに俺を上目遣いで見つめてきた。


「わかったわかった。もっとやるから」


 そう言って……求められるがままに弁当を与え続けて……結局、エカテリナが送信してくれていた弁当10個全部ブラッドベアに食べられちまった。


 ブラッドベアのやつも、どうやら満足したらしく、なんか笑顔を浮かべているように見えなくもない。

 こうして見ると、なんか愛嬌があるじゃないか。

 頭を撫でてやると、ブラッドベアの奴ってば、俺の手に頭をすり寄せてきたよ。


「うわぁ……す、すごいですねぇ、フリフリさん……ブラッドベアの頭をなでなでしちゃうなんて……」

「こいつ、結構大人しいですよ。よかったらファムさんもどうです?」


 笑顔で言った俺なんだけど、ファムさんはすごい勢いで顔を左右に振っていた。

 ……まぁ、ファムさんの反応が普通なんだろうけどね。


「んじゃ、まぁ、気を付けて森へ帰るんだぞ」


 ひとしきり頭を撫でてやった後、俺はブラッドベアに向かって手を振った。

 一応俺の言葉はわかるらしく、ブラッドベアは俺の言葉を聞くと森へ向かって方向転換した……んだが……そのままもう半回転して360度、元の俺の方へと向き直ってしまった。


「おいおい、どうしたってんだ? そんなに俺のことをジッと見つめて……」


 ブラッドベアに見つめられてる俺なんだけど……その時、俺とブラッドベアの間にウインドウが表示された。


『ブラッドベアが仲間にしてほしそうに見つめています 仲間にしますか? はい/いいえ』


「はぁ!?」

 

 ウインドウの文字を確認した俺は変な声をあげてしまった。

 いやいやいや、ちょ、ちょっと待てって……このゲームはモンスターを狩るのがメインなわけであってだな……そのモンスターを仲間にする機能なんてなかったはずだぞ!? 攻略サイトでもそんな情報見た記憶がないっていうか……


 困惑しながらブラッドベアを改めて見つめていく俺。

 そんな俺をブラッドベアの奴ってばキラキラした瞳で見つめている……気がする……


 ……やばいな……さっき可愛がったもんだから情がうつっちまってるっていうか……とても『いいえ』を選択出来る状況じゃないっていうか……


 散々迷った挙げ句……俺は『はい』を選択した。


 すると、ブラッドベアはいきなり立ちあがると歓喜の声を上げながら俺に向かって突進してきた。


「ゴフフフフ~!」


 ちょ!? ま、待てブラッドベア!? 嬉しいのはわかった。

 だがな、お前の図体で抱きつかれたら、ゴブリンの俺は潰れちまうだろうが……ムギュ……

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