翌日もとりあえずログインしてみたんだが…… その1

 翌日……


 昨日の今日なんで、出勤したら小鳥遊から何か言われるんじゃ……思っていたんだが……会社での小鳥遊はいつもどおりの小鳥遊だった。

 俺と目が合っても、いつものように小さく頭を下げただけで自分の席に移動していき、そのまま黙々とデータ入力を行っていった。

 ま、まぁ……頭を下げてくれるようになっただけ、マシといえなくもないんだけど、相変わらず誰とも話をしようとしないんだよな……

 そんな俺に、他の部下達が驚愕の表情を向けている。

「すごいですね、武藤係長にだけですよ、小鳥遊ちゃんが頭を下げて挨拶するのって……」

「俺達が挨拶しても無視されるだけですからね……」

「そ、そうなのか?」

 ……いや、小鳥遊よ……社会人としてその対応はどうかと思うんだが……


 ……しかし、昨日のゲームの中の小鳥遊はかなり饒舌だったよな……だから、会話が出来ないわけじゃないと思うんだが……そういやぁ、係長になった時に受けた管理職研修で言ってたっけ、


『最近の新入社員の中にはゲームに没頭し過ぎてそれ以外のコミュニケーションをとろうとしない者も少なくない』


 って……研修の時は『ゲームにはまってる奴はいるだろうけど、いくらなんでもそこまでひどい奴はいないだろう』って思っていたものの、小鳥遊を見ていると、どうにもドンピシャリな気がしないでもないというか……ゲームにはまり過ぎてて、他の人とのコミュニケーションを疎かにしてきた結果、どこの会社も長続きしなかったと考えれば、小鳥遊のようなハイスペックの人材がこんな中途半端な時期に中途採用されてきたのも納得出来るというか……まぁ、今も浮きまくってるのは間違いないんだが……


 電話は取らない


 会話はしない


 トイレ以外では席を立たない


 終業になるとすぐに帰宅


 常に手袋な潔癖さん


 とまぁ……そうだな、改めて列挙してみると、一般社会人としてありえないよな、これってば……

 

 今日も、何度か小鳥遊が席を立ったのに合わせて、部屋の前で待ち伏せておいて、戻ってきた小鳥遊に、


「よぉ、どうだ、ちょっと飲み物でも買いにいかないか? 奢るからよ」


 って、笑顔で声をかけてみたんだが、


「結構です」


 ボソッと一言、言われただけで、そのまま部屋の中に戻っていかれたわけで……なんか俺、空回りしてるかな……


 まぁ、そうだな……ゲームの中で会った時にあれこれ話をしていって、それをきっかけに現実世界でも徐々に会話が出来るようになれば……椅子に座ってデータ入力作業を再開した小鳥遊を見つめながら、俺はそんなことを考えていた。


◇◇


 そして終業。


 気がつけば、部屋の中に小鳥遊の姿はなかった。

 普通の女性社員だと更衣室に行って着替えをしたりお化粧直しをしたりするんじゃないのかな、って思うんだが……小鳥遊の奴は、少し大きめのバッグをいつも足元に置いていて、それを持って出勤し、それを持って帰宅するっていうのを毎日繰り返している……俺の部下の皆瀬っていう女性社員に聞いたところ、


「そうですねぇ、小鳥遊ちゃんが配属になった日に更衣室とロッカーの場所は教えてあげたんですけど、使っているところを見たことはないですねぇ」


 ってことだった……

 なんというか、ここまでくると『まぁ小鳥遊だしな』って、妙に納得出来てしまうから不思議なもんだ。


 まぁ、それはさておき……


 電車に揺られて帰宅した俺。

 自宅マンションの一階にあるコンビニでおでんを購入した俺は自室へと入っていった。


 自分で言うのもなんだが……ホントに味気ない部屋だよなぁ……3LDK、部屋は全部6畳の広さがあるフローリングだが、俺が使っているのは寝室として使用している1室のみ。

 リビングキッチンに置いてるソファと机、それにテレビを見るだけで事足りてしまうんだよな。

 ちなみに、このマンションが新築された時に入居して、今年でちょうど20年だったりする。

 大学生だった当時は家賃をお高く感じたもんだが、今ではこの間取りでこの家賃の物件はまずないから、引っ越すつもりはない。


 ……しかし、俺のマンションに比べたら、小鳥遊の住んでたマンションってすっごいよなぁ……家賃がいくらくらいするんだろうな、あそこって……まぁ、ウチよりは高い、それは間違いない。


 そんなことを考えながら風呂を済ませた俺は、いつもの寝間着代わりのシャツに着替えてパソコンの前に座った。


「VRMMO ディルセイバークエスト ……検索っと」


 さて……昨日は何も知らないまま、あのゲームの世界に連れ込まれたもんだから、何が何だかさっぱりわからなかったわけだが、今日はまず情報を収集するところからはじめようってわけだ。


 公式サイトよりも、有志が作成している攻略サイトの方がわかりやすいってのは、こういったゲームではよくあることだし……まずは、検索上位に出て来た攻略サイトにアクセスしてみた。


「ん~……何々……『元々、このゲームは狩猟生活と農耕生活をどちらも楽しめるように設計されていたのだが、同時期にサービスが開始された『異世界スローライフオンライン』という、異世界で物作りやアイテム収集・作成などを楽しめるゲームが爆発的な人気を得たため、そのゲームに対抗するために狩猟生活に特化したことで人気を獲得した』ってことか……いや、その、なんだ……俺のようなおっさんは、この異世界スローライフオンラインってゲームの方が向いてそうなんだが……」


 小鳥遊の奴……とんでもないゲームに俺を誘いやがって……


「ん? ……一応、ディルセイバークエストにも農耕生活機能は残ってはいるんだな……」


 サイトのサイドバーの一番下に『農耕生活』って項目があったで、それをクリックしてみたんだが……


「うわ!? 短っ!?」


 思わずそんな言葉を口にしてしまったんだが……それも仕方ないって、何しろ農耕生活のページって、1ページ、しかも20行くらいしかないんだから。

 

「……このゲームで農耕生活を送っている奴がほとんどいないか、いても書き込みをしていないってことか……」


 実際、この攻略サイトは盛況なんだ。

 カウンターは億単位だし、現時点でのログイン人数も万単位だし、今、こうしてアクセスしている間にも、新しい情報が続々と書き込まれているし、狩猟生活に関するサイドバーは、軽く五十は並んでいる。


 モンスターの種類


 狩猟に適した武具


 購入出来る街


 モンスターの分布マップ


 とにかく狩猟に関しては至れり尽くせりな感じになっている。

 

「ん~……狩猟生活なぁ……やっぱ、俺には向いてない気がするなぁ」


 アップされてるモンスター討伐動画を見てみたんだが……みんな素早く移動してはモンスターに攻撃を加えている。魔法と剣のコンビネーションを秒単位でこなしたりって、こいつら同じ人間か?……

このVRMMOは、実際に動く必要はないものの、攻撃・防御の指示はすべてリアルタイムで行われている。

 そんな忙しいことこの上ない動作を、40近いオッサンにやれって……いや、無理だって……あぁ、真っ黒な画面に敵が1匹写っていて、コマンドをゆっくり選択出来るタイプのゲームが懐かしいよ……ホント。


「ただ、まぁ……このディルセイバークエストの世界でも、一応農業生活は出来るみたいだし……そうだな、そっちをやってみるってことで」


 この世界には小鳥遊がいるわけだし、まぁ、知り合いがまったくいないゲームよりはましってことで……

 そう思った俺は、昨日小鳥遊の家から持ち帰った接続機を手に取った。


「っと、その前にもうひとつ……」


 あることを思い出した俺は、検索欄に文字を入力していった。


『キャラクター名 変更方法』


 ポチ


『……最初に決定したキャラクター及びキャラクター名は変更出来ません……』


 ……はぁ、ってことは、だ……このディルセイバークエストの世界での俺は、この先もずっとドワーフのフリフリさんってことか……


 ちょっとがっかりしながら、おでんの汁を全部飲み干した俺は、接続機を被っていった。

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