俺、いきなり部下の自宅に連れ込まれる その2

 VRMMOっていうゲームの世界の中。

 会社の部下である小鳥遊……もとい、エカテリナに手を引っ張られているドワーフ姿の俺なのだけど……街中をはずれてしばらく進んでいったその先には……


「……おいおい、マジで教会か……」


 そう……そこには教会があったのだ。

 木造の粗末な建物だが、屋根の上にはしっかりと十字架が……って、おいおい、このゲームの世界観ってどうなっているんだ? 


 俺が首をひねっていると、エカテリナは教会の前で立ち止まった。


「……えっと……10秒で1ポイントだから、100ポイントためるのには……」


 なんだろう……何やら指折り数えているみたいなんだけど……そんなエカテリナを見上げていると……あ、そうなんだよな、俺、この世界じゃあチビのドワーフになっちまってるもんだからエカテリナを見上げないといけないんだ……んで、エカテリナを見上げていたわけなんだけど……不意にエカテリナが俺へ視線を向けてきた。


「フリフリさん。じゃあ16分40秒……我慢してあげますから、ジッとしててくださいね」

「んあ? 我慢って、一体……」

 首をひねっている俺の事などおかまいなしとばかりに、エカテリナってば、いきなり俺に抱きついてきやがった。


 むにゅ


 うぉ!?……なんだこりゃ!?……身長差があるもんだから、エカテリナのおっぱいがダイレクトに俺の顔面にあたっている!?……って、い、いや、ゲームの中なんだから直接じゃあないはずなんだが……あぁ、そうか、これってばゲームの中で胸の感触を疑似体験しているってことなのか……し、しかし、この胸ってばなんて凶悪なんだ……すっごく柔らかくて気持ちいいというか、このまま谷間に顔を埋めたくなってしまう誘惑が半端ないというか……って、ちょっと待て、俺! それじゃあただの変態じゃねぇか……って、まぁ、リアルでやったら通報モノだが、これはゲームの中なんだし、何しろ小鳥遊の方から抱きついているわけなんだし……


 そんな事を頭の中で考えていると、俺ってば無意識のうちに呼吸が荒くなっていたらしく……

「……何、盛ってるんですか……マジ、キモい」

 ってエカテリナの奴にジト目で睨みつけられちまったわけで……

「あ、な、なんかすまん……」

 慌てて謝罪した俺なんだが……とにもかくにも、ゲームの中とはいえ、なんで俺が小鳥遊の奴に抱きしめられないといけないんだ?……って、ん? なんだありゃ?


 大人しくエカテリナのおっぱいに挟まれるがままになっていた俺は、俺達の頭上に何やら文字が浮かび上がっているのに気がついた。


 そこには、ピンクの文字で


『愛情ポイント 1』


 って数字が浮かんでいるんだけど、その文字の上に


『10秒経過』


 って文字が表示される度に、


『愛情ポイント』



 って文字の後ろについている数字が「1」から「2」へ、そして「3」へと、徐々に加算されているみたいだ……



 他にも何か表示が出ていないかどうか確認しようと俺は顔をひねった。

 すると、エカテリナがビクッと体を震わせた。


「……あ、あんまり顔を動かさないでください……運営からアダルト行為として認定されてしまったらカウントが無効にされてしまいます……から……」


 ジト目でにらみつけてくるエカテリナなんだが……顔を真っ赤にしていて、声もどこかうわずっている感じだ。

 ……これってあれか……俺がエカテリナの胸の感触を直に感じているように、エカテリナも自分の胸に当たっている俺の顔の感触を感じているってことか……


「理由はよくわからんが……とにかく16分40秒このままジッとしてればいいんだな?」

 

 俺の言葉に無言で頷くエカテリナ。


 まぁ考えようだ……ずいぶん女性ともご無沙汰だったわけだし……16分40秒、この豊満なおっぱいの感触を感じることが出来るってことで、妥協するとしよう。


 そう思った俺は、そっとエカテリナを抱き寄せるように腕を伸ばした。

 チビなドワーフなんで、エカテリナの腰を抱き寄せることは出来なかったんだが……まぁ、これくらいは役得ってことにしてもらおう。


 最初はビクッとしていたエカテリナも、俺がそれ以上何もしないことを察したらしく、俺を抱きしめたままジッとしていた。


◇◇


 そして……長いようで短かった16分40秒が経過した。


 俺とエカテリナの頭上にある数字が100を示したんだが、同時に、


 パンパカパ~ン!


 って、俺達の周囲からファンファーレが鳴り響きはじめた。


「な、なんだぁ!?」


 慌てて周囲を見回すと、俺達の回りにいつの間にか大勢の人々が集まっていた。

 後方には楽団が控えていて、何やら楽しげな音楽を奏でている。


「……ふぅ……どうにか間に合った……」


 エカテリナは俺を解放すると、協会に向かって歩き出した。

 その先、教会の入り口には黒い衣装を身にまとった牧師姿の男が立っているんだが……いや、こいつ牧師っていうよりも坊さんだな……袈裟がけしていて数珠を手にもっているって表現した方がしっくりする。


 ……キリスト教の教会で坊さんって……


 思わず苦笑した俺なんだが、そんな俺のことなど振り返りもしないで、その坊さんの前に移動したエカテリナ。


「汝、フリフリと婚姻をすることをここに誓いますか?」

「はい、誓います」

「おめでとう、エカテリナ。君はフリフリと夫婦となった。神よりの祝福としてこれを授けよう」


 坊さんはそう言うと、右手を天に向かって伸ばした。

 すると、その手の中に何やら杖のような物が出現した。


「さぁ、結婚お祝いアイテム『永遠の杖』を受け取るがよい」


 杖をエカテリナに差し出す坊さん。

 エカテリナは、満面の笑顔でそれを受け取った。


「やった……これで、死者の谷のSSS級クエストにも挑戦出来る……」


 そう言うと、エカテリナはいきなり服を脱ぎ去った。


「お、おいエカテリナ!?」


 俺は慌てて顔を両手で覆ったんだが……服を脱ぎ去ったエカテリナってば、俺が期待した下着姿ではなく、いきなり鎧兜姿に変化しちまったんだ。

 ……って、少しは期待した俺のこの気持ちをどうしてくれる……


 とにもかくにも……どうやら、このゲームの中では衣装交換も一瞬で出来るみたいだな……


 俺がため息を漏らしていると、エカテリナが改めて俺に視線を向けた。


「あ、そうでしたね……」


 そう言うと、エカテリナは何やら自分の頭に手を伸ばす仕草をしたんだが……次の瞬間、エカテリナは消えてしまったんだ。


「え!? あ、あれ!?」


 困惑していた俺なんだが……


◇◇


 ……俺の目の前が一瞬真っ暗になったかと思うと……俺の目の前にエカテリナ……じゃない、小鳥遊の姿があった。

 小鳥遊は、俺が被っていたVRMMOの起動用ヘルメットを手に持っていた。

 どうやら、俺のヘルメットの動作を終了させたみたいだな。


「あれ?……ゲームは終わったのか?」

「……はい、おかげさまで目的を達成することが出来ました」


 ゲーム内の少し高飛車な様子とはうってかわって、いつものように小声で囁くように返事をする小鳥遊。

 俺が手足を動かしながら体の感触を確認していると、小鳥遊は、俺が被っていたヘルメットを紙袋に突っ込み……


「……汚らわしいので……持って帰ってください」

「は? 持って帰れって言われても……こういう機械って結構高いんじゃあ……」

「もう不要ですからあげます……あのアイテムを手に入れるために準備した物ですから……」

「くれるって言われても……俺はどうしたらいいんだ? おい」

「別に……何もしなくてもいいです……」


 そう言うと、小鳥遊は俺の腕をひっぱりはじめた。

 その手にはしっかりと手袋がはめられている。


 ……あぁ、やっぱり小鳥遊は小鳥遊か……


「あぁ、わかったわかった。つまり俺は、あのゲームの中でお前が欲しかったアイテムを入手するための手伝いをさせられたってわけで、その目的が達成出来たからとっとと帰ってくれって……そういうことなんだな」


 なんとも自己中が過ぎないか? と、思いはしたものの……まぁ、あの小鳥遊なら、そんなことを言ってもおかしくないか……

 むしろ、そのゲームのアイテムを入手するために俺に協力を求めたってだけでも、コミュ障なりに頑張ったって……いや、それならゲームの中で誰かに声をかけた方がよかったんじゃあ……

 そんな事を考えながら立ち上がった俺は、小鳥遊に急かされながら部屋を後にしていった。


「まぁしかしなんだ……このゲームってすごいんだな。俺、VRMMOとかいうやつ、産まれてはじめてやったんだけど……なんか色々楽しそうだ」

「……そう、ですか……」

「で、小鳥遊……この起動用のヘルメットを俺にくれるって話だけどさ……俺が家でやってみてもいいってことか?」


 そこで小鳥遊は動きを止めた。


「……するん、です?」

「あぁ……まぁ、その、なんだ……どんなゲームなのか興味がわいたし、お試しでやってみたいかもとは思ってる。酒も飲まねぇし、趣味もそんなにねぇし、一緒に過ごす彼女もいねぇし、まぁ、いい暇つぶしになりそうだしな」


 俺の言葉に、小鳥遊は、


「……好きに、したら……」


 素っ気なくそう言うと、今度こそ俺を追い出してしまった。


 閉じた扉を見つめている俺。

 まぁ、小鳥遊の事だし、あのアイテムを使ってなんとかの谷へ向かってるんだろうな。

 そんな事を考えながら、出口へ向かって歩いていく俺。

「……気のせいか……最後、ドアの隙間から見えた小鳥遊の顔が、真っ赤になってた気がしたんだが……ありゃ、いったい……」

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