俺、いきなり部下の自宅に連れ込まれる その1

『私と……け、結婚してください……』


 配属されたばかりの部下、小鳥遊にいきなりそう言われた俺。

 まぁ……当然のように唖然とするしかないわけで……


「……あの、小鳥遊よ……言われている言葉の意味がよく理解出来ないんだが……」


 若干引きつった笑みを浮かべながら小鳥遊に言葉をかけていく俺なんだが……そんな俺に向かって歩み寄ってくる小鳥遊。


「……とにかく……時間がないんです……あと、6時間ちょっとしか……」

「は?……って、お、おいちょっと!?」


 俺の手を取った小鳥遊。

 潔癖症っぽい小鳥遊だけに、初夏の蒸し暑い今も分厚い手袋をしているんだが……


「……ふぬ……くぬ……うぬ……」


 ……まぁ、そうなるよね……小柄で見るからに腕力のなさそうな小鳥遊が、背が高くて少しお腹が気になり始めている中年のおっさんを引っ張っていけるはずもなく……小鳥遊は俺の手を持ったまま、顔を真っ赤にしながら妙な声を上げ続けていた。


「……あ~……あの、小鳥遊さん?」


 なんか……周囲を行き交ってる人達の視線が痛くなりはじめたもんだから、俺は改めて小鳥遊に声をかけていった。


「と、とにかくだ……事情を説明してくれないか? 何もかもが突然過ぎて、俺も何がなんだか……」

 困惑しながらそう言った俺。

 小鳥遊ってば、そんな俺を上目使いで睨みつけてきた。

「……いいから! 一緒に来てくださいってば!」

「は、はい!?」


 いつも小声でブツブツとしか喋らない小鳥遊が、いきなり大声を上げたもんだから俺はびっくりして背をまっすぐ伸ばしてしまった。

 小鳥遊の言葉と、俺の態度でまたぞろ目立ってしまっているわけで……うわぁ……このままだと、警察とか呼ばれそうな雰囲気だな、こりゃ……あそこの女子高生っぽい女の子なんか、スマホで撮影しているような……


「わ、わかったわかった、で、どこに行けばいいんだ?」

「……こっちです」


 観念した俺は、小鳥遊に引っ張られるままに街中を駆けていった。

 どうにか、周囲の注目から解放されたとはいえ……俺は一体どこに連れていかれるんだ?


◇◇


 ……そんなことを考えていた俺が、小鳥遊に連れ込まれたのはマンションの一室だった。

 一階の入り口付近には喫茶店があったり、公園が併設されていたりと……なんかすっごいブルジョアが住んでいるようなマンションというか……いや、ブルジョアって、最近は言わないんだっけ?


 その一室。


 部屋の中には必要最低限の家具しか置かれていなくて、殺風景なことこの上ない。


「なぁ、小鳥遊……ここって、お前の家なのか?」

 俺の言葉を無視するかのように、小鳥遊は、

「……あなたのような変態を入れるのは本当に、非常に、すっごく不本意なんですけど……」

 ブツブツ小声で呟きながら、何かを箱から取り出していた。

「これ、被ってください」


 小鳥遊が何やらヘルメットみたいなものを差し出してきた。

 よく見ると、小鳥遊も同じ物を手にしているようだが……


「これって……なんなんだ?」

「Virtual Reality Massively Multiplayer Onlineの接続端末……知らないんですか?」

「いや……その……なんだ? その、バーチャルりあ……りあ……」

「……はぁ……仮想現実大規模多人数オンラインも知らないなんて……武藤係長、あなたホントに人間ですか?」


 小鳥遊ってば、まるでゴミでも見るかのように俺を蔑んだ目で見つめてやがる……


 ってか……そうだそうだ、やっと思い出したぞ、VRMMO、確かゲームの世界に実際に入り込んで遊んでいる……そんな体感型のゲームのことだったか……俺が20代の頃に見たスピルバングの映画『レディプレイヤー……』……えっと、なんだっけかな……名前をど忘れしちまったけど、その映画の世界で描かれていたゲームの世界がついに実現したとかいって、数年前から急速に広まっている……


「早くこれを被って!」


 俺が考えを巡らせていることに業を煮やした小鳥遊が、俺のみぞおちのあたりにヘルメットを押し当ててきた。


「わかったわかった……で、これを被ったら、後はどうしたらいいんだ?」

「それは向こうで私が説明する……とにかく急いで」

「あ、あぁ、はいはい」


 小鳥遊のただならぬ様子に気圧された俺はヘルメットを被った。

 とりあえず床の上に座っていると……目の前に


『VRMMO ディルセイバークエストの世界へようこそ!』


 って文字が目の前に浮かび上がってきた。

 次に、『キャラクターメイキング』って文字が出てきたんだが……なんだ、これ? すごい数のパーツが浮かび上がってきた……輪郭・髪の毛・目・鼻・口……って、おいおい、一体いくつ種類があるんだ、これ?


 ……ひょっとしてあれか?このパーツを組み合わせて、ゲームの中の自分を作成しなきゃならないのか?……うわぁ……かったるい……こんなんやってられないぜ……


 って……よく見たら、右下の方に『おまかせ』ってボタンがあるじゃないか。

 とりあえず、右手を伸ばしてそのボタンを押してみた。


『コンピューターが、自動でキャラクターメイキングを行います。再実行は出来ません。よろしいですか?

 はい / いいえ』


 新しい文字が浮かび上がったんだが……俺は迷わず「はい」を押した。


『やり直しは出来ません。よろしいですか? はい / いいえ』


 「はい」っと……


「本当によろしいですか? はい / いいえ」


 なんかしつこいな……もう一回「はい」っと……


 すると、俺の目の前が真っ白になっていって……


◇◇


「……んぁ?……なんだ、ここは?」


 俺は、村の中にいた。

 見たこともない村だ。

 周囲には、中世のヨーロッパを思わせる石造りの建物が建ち並んでいる。

 これで、ゲームの中に入ったってことなのだろうか?


 周囲にいるのは……兎みたいな耳がある人やら、リスのような尻尾がある人やら……中には大きな動物に乗っている人や、大きな剣を構えている人までいる。


 そんな中……俺は……俺は……


「……なんだこりゃ!?」


 妙にごっつい両手と両足……身長もずいぶん縮んでいるような……とにかく、これがこのゲームの中での俺の姿らしいんだが……ゲームなんて成人前にドランクエのオンラインをやって以降まったくご無沙汰していただけに、自分が今何の姿なのかもさっぱりわからない。


「ねぇ、君……そこのドワーフの君」


 なんか、近くからそんな声が聞こえてきた。

 周囲を見回すと……なんか、妙に耳の長い女性が俺を見つめていた。


「……ひょっとして、俺のことか?」

「そうだよ、ドワーフの君!」


 俺の言葉ににっこり微笑むその女性。


「その様子だと、まだ結婚イベント未達成だよね? よかったら私と結婚してくれない?」

「は? け、結婚イベント?」

「そう、結婚イベント。相手がいなくて困ってたんだ。ね、お礼はするからさ」


 俺に向かって歩み寄ってくるその女性。

 あ~……そういえば映画で見たことがあるな、こういう種族って、確かエルフとか言うんじゃなかったっけ?


 俺がその女性を見つめていると……いきなり黒い影が間に割り込んで来た。


 ……なんだろう、この女性どこかで見たような気が……地味なんだけど、小綺麗にまとめられている衣装、少し猫背気味なところ……そして、胸が異常に大きなところ……


「お前、ひょっとしてたかなもがが……」


 俺が言葉を発しかけたところで、その女性は慌てて俺の口を押さえると、俺を横抱きにして走り出した。


「……げ、ゲームの中で本名を口にするのは御法度ですよ!」

「そ、そうなんだ……すまん」

「っていうか、むと……ごほん……あなた、なんでドワーフなんかになっているんですか?」

「ドワーフ?……あぁ、キャラクターメイキングとかいうのがめんどくさかったから、おまかせを選んだんだが……」

「はぁ!? 信じられない……あんなに楽しいキャラクターメイキングをおまかせにしちゃうなんて……」


 なんか……小鳥遊の奴ってば、思いっきりため息をついてやがる……そもそも、ろくに説明もせずにこのゲームの中に俺を引っ張り込んだのはお前だろうに……


「……とにかく、急ぎますよフリフリさん」

「は? なんだ、そのフリフリさんって?」

「むと……ごほん、あなたのこのゲームの中での名前です。おまかせにしたからコンピューターが勝手に設定したんですよ」

「ちょ!? そ、そんなダサい名前って、おい……」

「ちなみに、私はエカテリナですので、お間違えないようによろしくお願いいたします」

「で、お前はお前で、なんなんだ、そのアニメのキャラみたいな名前はよぉ」

「い、いいじゃないですか! 仮想現実で自分の好きな名前を名乗るのくらい!」


 そんな言い合いをしながら、俺と小鳥遊……もとい、フリフリとエカテリナは街道を駆け足で進んでいた。


 ……しかし、小鳥遊の奴ってば、ゲームの中では普通に会話出来るんだな……

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