俺 meets パッツンパッツンな女 その2

  その女性……小鳥遊ひより。

 立派な胸を誇張しようとしているようにしか見えないパッツンパッツンのシャツを着ているその女性は、俺の推察したとおり、俺のところに配属された新人社員だったわけなんだけど……


「……あ~、まぁ、そう言うわけなんで、みんなもよろしく頼むな」


 部下の前で紹介している際も、


「……こんな変態の元で働かないといけないなんて」

 

 って、うつむいたままブツブツいい続けていましてね……っていうか、お前も一応大卒なんだろ? 二十歳越えてるんだろ? だったらさぁ、もう少し世間一般常識っていうか……いや、まぁ、それについてはあまり言わないでおこうか……出会ってこれまでの短時間で、こいつが人とコミュニケーションを取るのが苦手だってのはわかったし……

 以前にも小鳥遊みたいな奴が入社してきた事はあったんだが、『もっと人との付き合い方をだな……』って、俺的には極力やんわり注意したつもりだったんだが……途端に、出勤拒否したり『やめます』って書いたメモ用紙を残して音信不通になったり、と……あぁ、俺的にも思い出したくない黒歴史が脳裏に……ホント、最近の若いヤツらが考えていることは理解出来ないというか、なんというか……まぁ、そんな事を考えている俺も、年相応のおっさんになったってことか……


「と、とりあえずそこの席を使ってくれるか?」

「……」


 空いている席に小鳥遊を案内したんだけど……こいつ、前屈姿勢を保ったまま両腕で胸を隠すようにし続けていて……なんていうか、いい加減勘弁してくれよ……


 って、ここで何やら鞄から取り出した小鳥遊。

 

 ……それって……ウェットティッシュ?


 唖然としている俺の前で、小鳥遊ってばおもむろにウェットティッシュで机と椅子を拭きまくりはじめた……その鬼気迫る様子を前にして、俺だけじゃなくて、様子見していた部下達も唖然としていた。


 とりあえず、小鳥遊がようやく椅子に座ったところで、俺は苦笑しながら


「……じ、じゃあ、今日はこの資料をこのパソコンに入力してくれるかな? 入力の仕方は……」


 そう声をかけていったんだけど……


 ゴソゴソ……


 鞄から更に何か取り出してきた小鳥遊なんだけど……よく見たらそれ、使い捨てのナイロン手袋じゃないか? 

 さらにマスクをはめて、完全武装状態に……


「……小鳥遊、その手袋って……」

「……」


 俺の言葉を無視したまま、小鳥遊ってば、今度は鞄の中から消毒液を取りだしてキーボードにプシューっと……

 唖然としている俺の前で、ウェットティッシュを取り出すと、今度はそれを使ってキーボードを超念入りにフキフキしはじめて……


 ……あぁ、そういうことね……要は、誰が使っていたかわからないようなパソコンのキーボードを、そのままでは使いたくありませんってことなのね……


 小鳥遊の意図をだいたい察した俺。

 ……まぁ、なんというか……すごいのが来たな、おい……


 誰とも視線を合わせることなく、一心不乱にキーボードを拭きまくっている小鳥遊を見つめながら、苦笑することしか出来なかった俺。


◇◇


 そんな小鳥遊が入社して1週間だ経ったわけなんだが……最初はどうなることかと思ったんだが……こいつ結構つかえるんだよな。

 

 主にデータ入力業務をお願いしているんだけど、入力は早いし、間違いないし、表計算なんかもすっごく見やすく改善してくれるし……まぁ、相変わらず、誰とも視線を合わせようとしないし、机回りの拭き掃除からはじめるし、と、その当たりは相変わらずなんだけど、一応仕事は出来てるってわけだ、うん……ただ、


「よし、小鳥遊の歓迎会でも……」


 そう言っても、


「……セクハラと同席は嫌」


 って、ブツブツ言い出すし……いつも半開きの目でパソコンとにらめっこしつつ、前屈みになっていて、誰ともコミュニケーションを取ろうとしないもんだから、今では他の部下達も小鳥遊の事を見て見ぬ振りをしている有様で……


 人事の東雲課長にこっそり聞いてみたんだが、


「……武藤係長に押しつける形になってしまって申し訳ありません……」


 自販機コーナーで開口一番そう言って謝罪されたもんだから……それ以上何も言えなくなったわけなんだよな。


 まぁ、そんな東雲さんの様子からして想像がつくけど……小鳥遊ってば、どこでもこんな調子なんだろう。

 履歴書には書かれていなかったけど……短期間にあちこちの会社に採用されては首になるってのを繰り返していたんじゃないかな。まぁ、ウチの会社は3ヶ月以上在籍していなかった会社のことは書かなくていいことになっているし、ルール違反をしているわけじゃないしな。


「……武藤係長、どうしましょう? 武藤係長の手に余るようでしたら再度の異動を検討させていただきますけど……」

「あぁ、その心配には及びませんよ。あいつはあれで仕事は出来るんでね、俺としては評価しているんですよ。まぁ、潔癖過ぎるところと、コミュ障気味なとこはちょっとあれですけど、まぁ、そのうち慣れてくれるんじゃないかな、って思ってますんで」


 そう言うと、俺は自販機で購入した缶コーヒーを東雲課長に手渡した。


「……それより、東雲課長もしっかり休んでくださいよ」


 そうなんだよね……化粧でごまかしているけど、東雲課長ってば目の下にかなり濃いクマが出来ていて……またぞろ接待に同席させられて夜遅くまで連れ回されていたんだろう。


「あ、ありがとうございます……いつも気にかけてくださって……」


 深々と頭を下げる東雲課長。

 クールビューティな女性に、こういった言葉をかけてもらえると……なんというか、おごり甲斐があるっていうか……


「同じ会社で働いている同士じゃないですか、気にしないでください」


 俺は笑顔を浮かべながら自販機コーナーを後にしていった。

 ホントなぁ……あんな若くて美人で、スタイルのいい女性が、俺のかみさんだったらなぁ……って、時々思ってしまうんだよなぁ……


◇◇


 そんな事を思いながら部屋に戻った俺なんだけど……小鳥遊の行動が、なんだか少し変? な感じになっていたんだよな……

 俺に続いて、部屋に戻ってきた小鳥遊。

 多分、トイレかなんかだろう……そう思っていたんだが……その手には何故かスマホが握られていて……


 ……あぁ、LINEかなんかかな……


 小鳥遊だって、一応大学を出ているわけだし……会社では誰とも口をきかないとはいえ、仲の良い友人の一人くらいはいるだろう……多分だけど。

俺の部下達も、しょっちゅうスマホ片手に離席しているし、仕事に支障をきたさない限りは口を挟まないことにしている俺としては、まぁ、見て見ぬ振りをしたわけなんだけど……


 なんか、小鳥遊の奴ってば……妙にソワソワしているような……


「どうした小鳥遊?」

「……」

 俺の言葉に、いきなりビクッとする小鳥遊……っていうか、いい加減胸を隠すのは辞めてくれないかな……地味にダメージくらうからさ……

 なんか、うつむいたまま固まってる小鳥遊なんだけど……

「まぁ、なんだ。困ったことがあったら何でも相談してくれ。これでもお前の上司だしな、出来ることなら協力するから」

 そこで俺、会心のスマイル……を、浮かべたんだが、小鳥遊の奴、うつむいたまま全然こっちを見てないでやんの……いや、これかなりダメージくるな、おい……


 で、まぁ、その後はお互いに席に戻って、昼休みも終わったんで仕事に戻ったんだけど……


 ……なんかおかしい……


 いや……気のせいか、小鳥遊がいつもと違うというか……時々、チラチラ俺のことを見ているような気がしないでもないというか……あれ? 俺、何かしでかしたか?


 そんな心配をしながらも、あえて小鳥遊の方を向かないようにして仕事をこなしていた俺。

 そんな俺を、小鳥遊の奴はチラチラ見ている……うん、やっぱきのせいじゃない……


 結局、この日一日、小鳥遊は妙にソワソワした様子のまま、なぜか俺の方をチラチラ見続けていたわけで……一応仕事はしっかりこなしてくれていたんだけど……一体なんなんだ?


 ん~……まぁ、理由はよくわからないんだが……ここは上司として少し気の利いた言葉でもかけてやらないと……



 そう思った俺は、帰り支度をすませると、


「小鳥遊、仕事にはもう慣れたか?」

「……!?」


 なんか……俺に声をかけられて明らかに動揺した素振りを見せた小鳥遊なんだが、相変わらず猫背でうつむき加減のままだった。


「まぁ……その、なんだ……昼にも言ったけど、困ったことがあったら何でも相談しろよな。縁あって上司と部下になったわけだし、少しは上司らしいこともさせてくれ」


 精一杯の愛想笑いをしながら、俺は小鳥遊に言ったんだが……小鳥遊の奴は俺の顔を上目遣いに睨み付けながら小さく頭を下げただけだった。


 ……まぁ、こいつにしても仕事は出来るんだし……今日のところは頭を下げてくれただけでよしとするか……


 そんな事を考えながら、俺は会社を後にしていった。


◇◇


 このご時世、どこの会社でも「無駄な残業はするな」ってのは言われているわけで……俺の会社でも、それは同じ。管理職が率先して帰宅して部下が帰りやすい環境を整えろって会議の度に厳命され続けているわけなんで、それに従っている俺なんだが……まぁ、同期で他の忙しい部署にいるヤツらは、当然そうはいかないわけで、


「武藤は偉いな、定時退社命令をしっかり厳守してて」


 残業やら接待で、まだまだ帰宅出来ないヤツらから笑顔でそう言ってもらえてはいるものの……まぁ、なんだ……イヤミでしかないわけだ、これが……


「さて……気晴らしにどこかで飯でも食って帰るか……」


 そう思った俺なんだが……いつもの駅の出入り口のところに、どこかで見たことのある人が立っている……


「……小鳥遊か? あれ、お前もこの駅だったか?」


 そうなんだ。

 そこに立っていたのは小鳥遊だった。

 駆け足でやって来たらしく、何やら肩で息をしている感じだ。


 俺が会社を出ようとしていた際に、小鳥遊も帰り支度をしていたんだが……あ、ひょっとしたら誰かと待ち合わせしてるのかもしれないな……なんか今日の小鳥遊ってば、ソワソワし続けていたし……


「じゃ、俺もこの駅から電車に乗るから……」


 そそくさとその場を後にしていく俺。


「……あ、あの……」


 小鳥遊の声が聞こえてきた。

 会社でも滅多に聞かない小鳥遊の声だけに、一瞬、それが本当に小鳥遊の声なのかどうか判断出来なかったんだが……振り返ると、小鳥遊が俺のすぐ後ろにまで歩みよってきていた。


 身長差があるもんだから、小鳥遊を見下ろす格好になっている俺なんだが……うわ、すごいな……こうして見ると胸の谷間が……って、いかんいかん……そんなところを見つめていたら、小鳥遊の変態扱いがグレードアップしかねない……

 そんな事を考えている俺の前で、うつむいたままモジモジしていた小鳥遊なんだが、しばらくすると、意を決したらしく、小さく息を吐いた。

「……あの……こ、こんなことをお願い出来るのって、武藤係長しか思いつかなくて……でも、会社で、困った事があったら相談しろって言ってくれたし……ホントは、変態な人にお願いするのはすごく不本意なんですけど……」

 なんか、後半部分にすごくダメージをくらっている俺なんだけど……あえてそこは大人のスルースキルを発揮して、笑顔を浮かべる俺。

「あ、あぁ、もちろんだ。俺で出来ることなら力になるぞ。何でも言ってくれ」


 相変わらず小声の小鳥遊。

 そんな小鳥遊に、俺は精一杯の愛想笑いを向けていた。

 そんな俺に向かって、小鳥遊は言った。


「私と……け、結婚してください……」

「……は?」

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