第32話 王都解放戦①

 その日の午前。


 両軍は平原で睨み合っていた。


 森が多いこの南小国群のフィンガー王国では珍しい大平原。


 王都はその中央に鎮座している。

 元から戦らしい戦などない国。


 王都に城壁はなく、平原に整備された幅の広い巨大な道路を進むと、まばらに家が見えてきて、徐々に発展した街並みになっていく。


 その為、具体的にどこからが街か、という線引きが少々難しい。


 城壁がないので街への侵攻は容易く、そもそも城壁を築くだけの予算も無いのだが、とにかく、フィンガー王国の平和な歴史と国力の低さが今は東和軍の助けとなる。


 王都は正面である東側に四〇万のゴブリン兵を配備し、南北に一五万ずつ、東和が行軍してくる反対側の西には一〇万のゴブリン兵を配備している。


 その大軍団は東和が布陣した丘の上からでも良く見える。


 東和軍七〇万から後方支援を除いた実行戦闘員は五〇万人。


 ただし後方支援の二〇万人も武士であり全員帯刀している。後方支援と非戦闘員は必ずしもイコールではない。


 この二〇万は後方支援であると同時に本陣の守りでもある。


 侵攻する采配だが、東和軍は東に二〇万、北と西に一〇万、五万は待機させ、残った五万で南から攻め込む。


 ただし南の五万を率いるのは万夫不当の鬼龍神羅将軍だ。


 数の上では西は互角、他の三方角は全て東和軍が負けている。


 これを兵の質、士気、統率、装備、作戦で補う必要がある。


 王都を正面から攻める第一師団長白神雲雪は馬上から槍を掲げ、前線で直接指揮を取る。


 開戦前、特有の肌を焼くような空気を斬り裂き、雲雪が咆哮する。


「全軍‼ 進撃せよ!」

『雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄‼』


 雲雪の一声で二〇万の軍勢が一斉に進軍を開始。

 狼煙を上げると、南北の軍勢も同時に侵攻。


 ただし西の一〇万だけは逃げる敵を討ち取る包囲戦が役目なので進軍はしない。

 三方角から攻めれば敵は必然的に西へ逃げるしかないが、西へ逃げしばらくすると東和軍の壁が立ちはだかっている、というわけだ。


 東和軍の攻め方は東南北と共通だが、最も規模の大きな東の戦いを見てみよう。




 東和軍前衛は銃兵が横にズラリと並び、その後ろにも同じく銃兵が何列も並んでいる。


 統率された動きで行進する東和軍に向かって、四〇万のゴブリン兵は統率も無く、ただ個人個人が突っ込んで来る。


 行進する東和軍、突撃してくるゴブリン兵。


 師団長の雲雪が彼我との距離、ゴブリンの軍勢の前後の長さを計りながら時を待つ。

 そして、互いの距離が一〇〇メートルまで近づいた瞬間。


「放てぇええええええええええええええええええええええええ‼」

 各指揮官達も叫ぶ。

『放てぇ!』

 伝令が太鼓を鳴らして合図を送る。


 戦場を、雷を千本束ねたような轟音が襲う。


 前衛の銃兵部隊が一斉に、引き金を連続で引き続けた。


 それだけではない。

 後方では大砲が、棒火矢が出し惜しみする事無く、まるで弾を使い切るのが目的であるかのようにして点火されていく。


 毎秒一万以上の発砲音、砲音、風切り音、爆発音が戦場を埋め尽くす。同じぐらいに武士達の殺意と闘志を孕んだ絶叫と咆哮が戦場を吞みこんだ。


 正面から突撃してくる奴隷のゴブリン兵達は、飛んで火に入る夏の虫のようにしてバタバタと倒れて行く。


 防弾装備など望むべくも無い彼らは銃弾の嵐にさらされ、死体の山と血の海を作り続ける。


 だが退いても無駄だ。

 東和軍後方から放たれる大砲と棒火矢の雨は弓なりに落下して、ゴブリン達の後方へ降り注ぐ。


 一キロメートル以上の飛距離を持つ大砲と棒火矢は着弾すると爆発して炎と衝撃波、鉄片をまき散らしてゴブリン達を殺傷していく。


 進めば鉛弾で撃ち殺され、退けば爆発に巻き込まれて焼け死ぬ。


 退いても地獄、進んでも地獄の中、左右にも逃げ道は無かった。何故なら、

「和式ガトリング砲、キツツキ隊発射!」

 東和軍の両翼に展開したのは車輪付きの二〇ミリガトリング砲。

 九六式小銃よりも威力、飛距離、連射力、制圧力全てが優れている超兵器だ。


 東和の武士達がクランクを回した分だけ吐き出される死の嵐が、左右へ逃げようとするゴブリン達を撃ち殺していく。


 彼我との距離五〇メートル。


 九六式小銃部隊の統制された弾幕射撃は、勢いが衰える事はない。


 横一列に並んだ銃兵達は全員隣の兵と二人一組になっている。


 そして相方が九発の弾を撃ち終わると、すかさず自分が引き金を引く、その間に相方はまた弾を九発装填する。


 この繰り返しで、弾幕が切れる事はなかった。


 持ち弾を撃ち尽くすと列から外れて、後ろに並んでいる二列目の兵が交代で前に出る。


 これほどの戦法を実行するにはそれ相応の練度が必要だが、東和軍は見事に成功させていた。


 ゴブリン兵達は、銃兵に背を向け逃げる。


 もう誰も向かって来ようとはしない、その背を銃兵達が追いかける。


 彼我との距離二〇メートル。そこで雲雪が叫ぶ。


「扇旋回! ガトリングやめい!」


 銃兵隊の中央が真っ二つに分かれた。

 まるで列の両端それぞれに扇子の軸があり、扇子を開くようにして銃兵部隊は前方ではなく、左右へと方向転換する。


 両翼にいたガトリング部隊は逆に空いた中央へ移動。

 まるで魔法のような光景だった。

 本当に、兵全員が上空から自分達を見下ろしているように一糸乱れぬ動きで移動する。


 軍の左右に展開した銃兵は、ガトリングの弾幕から上手く逃れ逃げたゴブリン達を撃ち殺していく。


 逃げたように見せかけ、別の場所に集合し隊列を組んで背後から奇襲されたら厄介だ。


 雑兵であるゴブリンは徹底的に叩いておく。


 中央に展開したガトリング部隊は、その圧倒的な制圧力でさらにゴブリン達を追い詰めていく。


 彼らがいなくなれば街は目の前だ。

 これはエルフ達も黙ってはいられないだろう。


 彼我との距離一〇メートル。

 その時、銃兵部隊の後ろにいた長槍部隊が前進してきて追い付く。


「ガトリングやめい!」


 ガトリング部隊はクランクを回すのをやめて、いつでも撃てるよう弾の補充を始める。


 長槍部隊は前方に槍を構え、槍ぶすまを作って突撃。


 ゴブリン達の背を突き刺し、引き抜き、屍を踏み越えて新しい背中を突き刺した。

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