第30話 エルフの誤算
その日の夜。
第四師団長鬼龍神羅と、第五師団長鷺澤四季男は、寝所にて酒を飲み交わしていた。
四季男はそれなりの身長だが、ホビット離れした一九〇センチという体格を持つ神羅の前では、四季男の一六五センチの長身も形無しだ。
「なぁ神羅よ、我々がこの大陸に来て約一ヶ月半。第一次遠征軍の為に用意された全人員と物資、兵一〇〇万人。九六式小銃五〇万丁。弾薬五億発。米一〇万表。軍馬二〇万頭。大筒一〇〇〇門。砲弾五〇万発。手榴弾と棒火矢合わせて六〇万個。その全てが輸送し終えた」
「ああ、三カ月後には農民と町人の志願兵一〇〇万人が、第二次遠征軍として派遣され始める。最初の一〇〇万人でフィンガー王国を解放して、二次遠征軍と合わせた二〇〇万の大軍勢で一気に北上して南小国群全てを解放する予定だが、それは無理だ。上もそれはわかっている」
四季男は窓の外に視線を移してから、真剣な眼差しで神羅を見据える。
「俺らの仕事は、いかに最初の一〇〇万を減らさずにかつフィンガー王国を解放するか。東部解放で約二〇〇〇人の兵が死に、今回のワイバーン騎兵達の一件で一度に一七〇〇人の兵を失った。王都攻略にはどれほどの兵が死ぬ?」
「忍び部隊の調査では、西部中の町や村からエルフやゴブリンが次々撤退しているらしい。戦力を王都に集めて俺らを叩き潰してから、あらためてフィンガー王国を支配し直すんだろうが、王都に集まった戦力がすげぇ。エルフ七〇〇〇人とゴブリン八〇万だ。エルフのうち二〇〇〇人は文官や後方支援としても五〇〇〇人。それもヒポグリフ隊とグリフォン隊とワイバーン隊も配備されている」
四季男は疲れた息を吐く。
「対するこちらは東部の守りに三〇万、この西部には七〇万の兵を連れて来たが二〇万は後方支援。実質的な戦闘力は五〇万人分だ。それに港から王都までの間に解放した町の防衛に兵を残していく必要もある。エルフ一人の戦闘力やワイバーンなどの騎兵を考えると、敵の戦力は一〇〇万人分、こちらの倍はあると見ていいだろう」
「数字の上ではな。それで、問題は銃でどれだけこの差を埋められるか……銃兵の強さは相当なもんだからそこは信頼できる」
四季男は頷いて同意した。
「はっきりと言おう、俺らは強い」
目に力を宿し、四季男は言う。
「二〇年前の内乱を最後に東和では戦が無かった。多くの兵は戦争経験が無い。だがものごころつく前から軍事訓練をしてきた武士は世界最強の練度をもつし模擬戦なら腐るほどやってきた。元から試合なら世界最強の奴らに唯一足りないモノ、それは経験だ。一切の経験が無くても圧倒的な練度と装備なら、油断したエルフ軍に勝てる。そして何度も実戦と勝利を経験させる事で唯一欠けていた経験が埋まってあいつらは飛躍的に強くなる」
「一つ町を解放するごとに兵の次元が確実に一つ上がっている。それは俺も感じているぜ」
集団戦は統率力が重要だ。
そして、今の東和軍は異次元的な統率力を持っていた。
元から練度は最高。
そこへ実戦への慣れも相まって、東和軍は指揮官の指示を即座に理解して、軍団が一つの意志を持った生き物のように動いて戦場を蹂躙する。
鬼のような闘争心と龍のような勢いを保ったまま、精密機械のような動きで一糸乱れぬ動きで敵を駆逐。
想定外の事態にも不動の精神で臨機応変に対応できるようになってきている。
ワイバーンの出現には流石に驚いたが、これで彼らはさらに強く強固になった。
もうワイバーンごときでは揺らがないだろう。
「四季男、ここの長官はアドラー・ボーフェンていうエルフらしいんだけどよ」
酒の入ったとっくりを机に置いて、神羅は宣言する。
「俺そいつの首直接取りに行くわ」
◆
五日後の昼。アドラー・ボーフェンは執務室で部下と迎撃戦の確認をしていた。
「ゴブリン兵。全員集めたな?」
「はっ、いつでも街の外に布陣できるよう、待機させております」
その返事に、アドラーは満足げに『よし』と言って机に肘をつき、両手を顔の前で合わせた。
「ゴブリン兵八〇万、魔術師部隊四〇〇〇、ヒポグリフ騎兵七〇〇、グリフォン騎兵二〇〇、ワイバーン騎兵一〇〇。島猿共九八万人、いや、一〇〇万人分に匹敵する戦力だ」
部下が不思議そうに眉根を寄せた。
ヒポグリフ、グリフォン、ワイバーンの騎兵の強さを計算すると、確かに九八万人分の戦力のはずだ。
「一〇〇万? 残りの二万は……」
「アレを使用する」
部下が息を吞んで、一瞬言葉に詰まる。
「あ、アレを使うのですか?」
「当然だ。これは総力戦だ。この一戦で東和軍殲滅し尽くし二度とエルフに逆らう気が起きないようにしてくれる!」
アドラーは怒りをこめて、テーブルを拳で叩いた。
「だ、だいじょうぶですアドラー様。それにアドラー様のあの斬新かつ画期的なアイディア。今思い出しても感服致します。敵の士気を挫く方法にまさかあんな」
その時、誰かが執務室のドアを二度ノックした。
「入れ」
アドラーに促されて、伝令用の部下が入室してくる。
「失礼致します! 斥候部隊の報告によりますと、敵、東和軍、全七〇万人は明日の午前には王都前の平原に布陣し、攻めて来るだろうとの事です」
「ふむ、士気を折ってやったわりには進軍が早かったな」
集団戦において、統率と同じぐらいに重要なのが士気だ。
兵一人一人の闘争心、士気は、時に倍の敵軍を葬る事があるのは、軍人なら誰でも知っている。
「まったくですな。アドラー様の言う通り、王都までの道のりにある全ての町でホビットの串刺し死体をさらし、王都の手前の町では、周辺の村から集めた五万のホビットを串刺しにした杭で森を作りました」
アドラーは邪悪な笑みを浮かべて、満足げにイスの背もたれに体重を預ける。
「あの杭の森を見れば、東和の島猿共は心が折れ戦意を失うだろう。我らと戦うのを恐れて逃げてしまわないかと後で心配になったが、どうやら逃げずに来たようだな」
アドラーの部下の会話が進むごとに、伝令の顔が恐縮していく。
それに気付いたアドラーが尋ねる。
「どうした? まだ何かあるのか?」
「そ、それがそのぉ、まことに申し上げにくいのですが……」
歯にものが詰まったような言い方に、アドラーは目を細める。
「ん? なんだハッキリせんな。一体どうした?」
「はい、それが斥候部隊の報告によりますと、東和軍は尋常ではない士気で、まるで悪魔の軍勢が如く勢いと殺気で猛進中だと」
「「なにぃっ!?」」
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