第29話 武士ですから
ワイバーンの右眼球を刀で深く貫いて、騎手は驚愕に目を見開き戦也は笑う。
「バーロー。ウロコよりこっちのほうが簡単だろ? おら!」
もう一本の刀で、ワイバーンの左目も貫く。
刀身の切っ先が脳まで達したのだろう。ワイバーンは最後の鳴き声もあげずに、頭を地に落として砂埃を上げ、その巨体を大地に預ける。
「首もらいー♪」
戦也は背中の騎兵に向かって、ワイバーンの首を疾走する。
騎兵は両手を突き出して魔術を行使する。
威力よりも速度重視で、騎兵は氷の槍を放った。
戦也は氷の矢を右頬にかすめさせて前進。通り過ぎざまに騎兵の首をはね飛ばした。
「これでまた、神羅に一歩近づいたかな?」
ニヤリと笑う戦也に、戦徒は感嘆してから張り切る。
「兄貴すげぇ、じゃあ俺も!」
戦徒は目の前のゴブリン達を次々斬り倒し前進した。
ワイバーン殺しとはいかないが、数で兄戦也と戦果を競おうとする。
一時間後。戦闘は終了。
ワイバーン騎兵全てとゴブリン兵七割を討ち取り、残りのゴブリン達は降伏した。
そしてまたいつもの戦後処理。
東和軍はまず最初に、串刺しになった死体を下ろすのと怪我人の手当てを同時に行った。
そして死体は手厚く弔った。
軽傷者も率先して動き、重傷者を医療班のいるところへ運びこんで行く。
和太郎と戦徒は長い竹棒に布を通した担架で町の人を運んだが、その途中で担架に横たわる女性に聞かれた。
「その腕、あなたもケガをしているじゃないですか!」
和太郎は、右腕の着物が赤く染まっていた。
「ああ、これですか。先程の戦闘でゴブリンに斬られました。お恥ずかしい限りです」
「なんで手当もしないでこんな、先にあなたが」
驚き声を上げる女性に、和太郎は不思議そうな顔をする。
「え? でも私、武士ですよ?」
疑問にちゃんと答えたのに、女性はまるで得心を得ていない顔だ。
「あの……東和の方はどうしてこの国を解放しにきてくれたんですか?」
今度は戦徒が答える。
「同じホビットの仲間が植民地支配されてたらそりゃ助けますよ。それに、南小国群と貿易ができないとこちらも困るんです」
貿易ができない。そんな理由で命をかけて彼らは戦ったのか。女性は納得ができず、質問を続ける。
「で、でも、他国の為に戦って死ぬなんて」
「義を見てせざるは勇なきなり。人としてやるべき事が目の前にあるのにやらないのは勇気が無い事だ。という意味です。俺らは武士、ていうよりも東和男児ですから」
歯を見せて笑う戦徒を見て、女性は何も言えなくなってしまった。
戦徒はさも当然とばかりに『義を見てせざるは勇なきなり』の意味を説明した。
だが、その言葉の意味は『命をかけて人を助けなければならない』
ではない。
『人としてやるべき事が目の前にあるならやらねばならない』
だ。
それはつまり、東和の、彼ら東和男児の価値観では、他者を救う為に命をかけて戦うのが『常識』という意味だ。
有り得ない。
まるでどこぞの伝説やおとぎ話の英雄様だけが持ち得るような理想論。
そんなものを標準装備した人種がいるなど、とてもではないが信じられない。
だが逆もしかり。
困っている人を見捨てるなんて男じゃねぇ! と他人の危機に首を突っ込む男達には、己が利益の為に他者を地獄に落とす連中の気持ちは許容できない。
「お兄ちゃん!」
女性を運び終えると、戦徒は幼女の声に振り向く。
そこには、大人の女性と並ぶポーシアの姿があった。
ポーシアはその女性の手を握り、涙を浮かべた顔のまま、精一杯元気な声で言った。
「あ、ありがとう……お兄ちゃんのおかげで、お母さんに会えたよ!」
母であろう、隣の女性は戦徒の手を握ってきて、何度も頭を下げる。
戦徒はポーシアとその母、二人を抱きしめる。
「はい」
そして心の中で謝った。
お婆さんを助けて上げられなくてすいませんでした。
自分達がもっと早く来ていたらお婆さんを助けられたかもしれません。
でも言えなかった。
涙を流しながら感謝をする親子の前で、死んだお婆さんの事に触れる勇気が無かった。
けれど無意識に力を込めてしまった腕から気持ちが伝わったのか、ポーシアの母が耳元で囁く。
「この子の祖母の事はいいんです。仕方ないと諦めるしかありません。でも私は貴方達のおかげでまたこの子に会えました。だから……だからいいんです……」
「~~~~~~~~ッ」
本当は、しばらく抱きしめてあげたかったが、まだ助けを必要としている人がいる。
戦徒はポーシア達と別れ、次の患者を求めて和太郎と一緒に走る。
「なあ和太郎」
「なんですか戦徒」
戦徒の脳裏に焼きつくのは、串刺しにされたホビットの死体。
龍道戦徒とは何の関係も無い、国すら違う、縁もゆかりも無い異国の赤の他人。
その死に、戦徒の魂は滾っていた。
「この国に来た事を……連中に末代まで後悔させるぞ」
「お手伝いしましょう」
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