第27話 ワイバーン騎兵の脅威

「なぁ愛花、なんか呆気なくないか?」

「七〇万の軍勢だし、驚いて逃げちゃったとか……単純すぎるかしら?」


 和太郎がアゴに手を当てて考え込む。


「現実的に考えれば、戦力を王都に集めてそこで迎撃。手放した町は我々を滅ぼした後で再度統治し直せばいい。むしろ管理する町が増えればその防備に兵を置く必要があるので、我々の戦力を下げられます」

「お前頭いいな」

「それほどでもありませんよ、それより戦徒、ポーシアは?」

「おっとそうだ」


 戦徒は後方まで戻り、ポーシアを連れて来る。

 町では、すでに探索作業が始まっている様子だ。


「あのね、あたしの家はあっちの畑の向こう側なの♪」

「そっか、じゃあお母さんに元気な顔をみせてあげような」

「うん♪」


 ポーシアの小さな手を握りながら、戦徒は満面の笑みで手を引いてあげる。


 嬉しそうに大股で歩みを進めるポーシア。

 彼女のウキウキした姿を見ると、戦徒も嬉しくなってくる。


 この戦争には東和防衛の意味もあるが、やはり誰かを守る戦いというのは、自分の性分に合っているように思う。


 その時、戦徒は田畑区のほうがざわついていているのに気がついた。

 愛花や成美、和太郎や太郎左衛門、兄である戦也の背中を見つけて、戦徒は声をかける。


「兄貴、一体どうしたんだよ?」

 戦也は怒りに拳を震わせながら、堅い指を伸ばして視界の上を指した。

「あれを、あれを見てみろ!」

「!?」


 視線をゆっくりと上げて、戦徒は絶句した。

「……なん、なんだよ…………」


 畑の端で、空に向かって真っ直ぐ伸びるソレに、戦徒は震えた。

「なんなんだよ……なんなんだよこれは!?」


 老人を股下から脳天に向けて貫通させた長い杭が、いくつも地面から生えている。

 暑く湿度の高い南小国群の為、死体はすでに腐敗して、ウジがわきハエが群がっている。


 犯人はすぐ解る。愚問だ。

 周囲の兵の誰もが歯を食いしばって呟いた。


『……エルフ』

「おばあちゃん!」

「見るな!」


 ポーシアの存在を思い出して、戦徒は手遅れなのを承知でポーシアの目をかばった。

 だが、ポーシアは涙を流しながら熱い悲鳴を上げる。


「あの服あたしのおばあちゃんのだよ! あれおばあちゃんだよ! おばあちゃん、おばあちゃん!」

 ポーシアは泣いた。


 お母さんに会えると、あれほど可愛らしく笑っていた女の子が顔を歪めて、大粒の涙を流して泣き喚いた。


 戦徒は涙腺の熱を抑えながら、ポーシアを抱きしめた。


 どうしたらいいのか解らない、どうしてあげるのがいいのか解らない。

 それでも、ただ戦徒はポーシアを抱き締めずにはいられなかった。


「ワイバーンが来るぞ!」


 誰かの悲鳴に顔を上げると、前方の空から大きな影の群れが見える。


 戦徒のズバ抜けた視力で目をこらすと、それは野性のワイバーンではない。


 ワイバーン一頭一頭の背にエルフが乗った、ワイバーン騎兵である。


 師団長の鷺澤四季男が叫ぶ。

「全員! 町の人間を家の中に避難させろ! 銃隊構え!」


 九六式小銃を持つものは一斉に構え、刀や槍を持つ兵は町の人達を急いで民家へ誘導した。


 だがその時、いたる家から剣を持ったゴブリンが現れて、奇襲を仕掛けて来る。

 東和兵が次々首をかき斬られて死んだ。


 ワイバーンを狙うよう命令された銃兵達は一瞬迷うが、密集したこの状況で撃てば味方に当たる。


 小銃の銃口の下についた銃剣で接近戦を望むべきだろう、そこまで判断して、ゴブリンの近くにいた銃兵は近接戦を始める。


 刀や槍で武装した兵もすぐにゴブリンと刃を交える。


「ワイバーンが来たぞぉ!」


 およそ三〇頭のワイバーンが一度に炎を吐き、ゴブリンと町の人と東和兵を区別なく焼き殺した。


 避難が済んでいない町の人を守る為に東和兵が身を呈して、かわりに焼き殺される。


 町の人達と奴隷ゴブリンの悲鳴が入り乱れる中、東和の兵は絶叫しながら次々ゴブリン達を容赦なく斬り殺してから、町の人達を家の中に避難させる。


「大丈夫か愛花!?」


 最初のブレス攻撃を、ポーシアを抱いたまま横に跳んで難を逃れる戦徒。


 皆に呼び掛けると、愛花や成美、和太郎達も無事らしい。


 戦也は舌打ちをする。

「くそ、最初からこれが狙いか! 退却させたと思わせてからワイバーン騎兵で空から奇襲。まんまと騙されたぜ」


 周囲では銃兵達が声を枯らさんばかりに引き金を引きまくっている。

「ちっ、狙いにくいわね」

 百発百中の腕前を持つ愛花がいら立つ。


 ワイバーンはヒポグリフやグリフォンとは比べ物にならないほど大きく、長い頭と尾、翼を持っている。

 それは前後左右全てから騎手を守る。


「今!」


 遠くのワイバーンの翼が下へ羽ばたくのを見計らって、愛花は引き金を引いた。


 遠くで一頭のワイバーンからエルフが落ちて、騎手を失ったワイバーンはただやみくもに旋回を繰り返してブレスも吐かず、無力化された。


「よし、この調子で……あぁ、駄目、やっぱそう何度もできるもんじゃ」


 一本の槍がワイバーンの翼ごとエルフを貫通。ワイバーンごと墜落した。


 戦徒達が振りかえると、銃兵達が死から逃げるようにして道を開けた。


 奥からは、第四師団長である鬼龍神羅が力強い足取りで歩いてくる。

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