第26話 エルフの黒歴史
王都フィンガー城では、このフィンガー王国の統治と軍権を任されたアドラー・ボーフェン伯爵が、憎らしげに廊下を歩きながら執務室へ向かっていた。
「東部をみすみす島猿共に奪われるとは情けない! そもそも奴らが港町を占拠してから私の下に連絡が来たのがその二週間後とはどういう事だ!」
「恐れながら、失態が露見することを恐れたのでしょう。島猿に敗北したとあっては末代までの恥。可能ならば自分達だけで収拾したかったものかと」
「……フン、愚かな連中だ」
側近は頷く。
「まったくです、まぁ島猿に負けるようなエルフのツラ汚しはその程度でしょう」
「……っ……まぁいい。お前は自分の仕事に戻れ」
アドラーは側近を追い払い、一人執務室へ入る。
「……末代までの恥……エルフのツラ汚し……くそっ」
なんとか側近の前で顔に出すのは抑えたが、アドラーは思わず壁を殴りつけてしまう。
「我らエルフは神に選ばれしもっとも崇高なる種族。島猿風情が……島猿風情がぁ!」
アドラーが乱暴にイスに座って思いだすのは過去の記憶。
あれはまだ、エルフがホビットと戦争をする前の事だ。
アドラーは大学に通う若きエリートだった。
大学には掃除係りとして、一人のホビットがいた。
極東の島国、龍の頭であり世界の黄金の半分が眠ると言われるドラコヘッド島から来た、つまりは東和人のホビットだった。
そこでアドラーは、迂闊にも数学の問題用紙を机に忘れてしまっていた。
取りに戻ると、教室には掃除係りのホビットが一人いて、アドラーは特に気にする事も無かった。
だが、問題用紙を取ろうとするとホビットは言った。
「あの、失礼を承知で言わせて頂きたいのですが」
「ん、なんだ島猿?」
「それ、最後の問題の解答が間違っていますよ」
「は?」
確かに、最後の問題はアドラーも満足のいくものではなかった。
複雑かつ時間のかかる難解な問題で、アドラーはたぶんこれであっているだろうと思いつつ、自信のない解答だった。
「東和には和算といって固有の数学があるんです」
ホビットはだいたいの解説と答えを喋って、だがアドラーは理解したくないとばかりに罵り、猿の脳味噌で何が解る、と馬鹿にして帰った。
アドラーは、自分は正しいのだと言い聞かせ、家庭教師に答えを教えてもらう事なく、その問題はこれで合っていると信じて卒業試験にのぞんだ。
結果、あの問題が出た。
自分の答えを出そうとして、出無かった。
同じ計算をしているはずなのに、前とは違う解答が出た。どこか計算を間違ったか、だが終了時間が迫っている。
アドラーは苦悩し、葛藤して、そして衝動的に途中計算式を塗り潰して、ホビットの言った答えを書き込んだ。
結果は正解。
アドラーは次席と一点差で大学の首席卒業者になった。
あの問題の配点は三点。
アドラーは、ホビットの助力で主席を取ったのだ。
だが、あのホビットに会わなければ、自分は意固地にならず家庭教師に解答を聞いていたはず。だからホビットがいてもいなくても自分は首席だった。
何度もそう言い聞かせて、でも納得できず、ホビットの力で主席になった事、自分が解けなかった問題をホビットがいとも容易く解いた事実が、人生のしこりとなっていた。
アドラーはその時の怒りと憎しみを燃やしながら、歯を食いしばった。
「見ていろよ島猿共。貴様らは全員なぶり殺し八つ裂きにして死体を町中に晒してやる!」
◆
戦徒達が大陸に来てから一ヶ月半。
戦徒達はフィンガー大湾を渡り、西部側で第一次遠征隊最後の援軍である二五万と合流。
東和軍は合計七〇万の大軍勢となって西部を攻略、ひいては、王都攻略を開始する。
それに当たり、七人の軍団長が作られた。
絶対ではないが、おおよその目安として、
分隊は一〇人。
小隊は五〇人。
中隊は二〇〇人。
大隊は一〇〇〇人。
連隊は三〇〇〇人。
旅団は五〇〇〇人。
師団は一〇〇〇〇人となっている。
その為、単純計算でも七〇個師団があるわけだが、この七〇万の兵をとりまとめるもっと大きな役職が必要となる。
七〇人の師団長から七人を選抜し、それぞれが一〇万人を率いる軍団長となる。
軍団長とは、特に何人とは決まっておらず、一万人を超える大部隊を指揮する人を指す言葉だ。
だから今後、五万軍団長や七万軍団長、場合によっては三〇万軍団長という人が出る可能性もあるわけだ。
そして、今回の王都攻略の総大将を務める第一師団長、白神雲雪は七〇万軍団長となる。
軍団長は全部で次のようになっている。
第一師団長、白神雲雪。
第二師団長、黒神海淵。
第三師団長、赤神焔。
第四師団長、鬼龍神羅。
第五師団長、鷺澤四季男。
第六師団長、武田豪辰。
第七師団長、織田六天。
いずれも最初に大陸に渡り、この解放戦に最初から携わった最初の一五万の中にいた師団長達だ。
今回は彼らがそれぞれ一〇の師団を率いて王都へと一気に攻め登る。
「の、はずなんだけど」
東和軍はまっすぐ王都を目指し、途中の町は全て解放していく予定だった。
だが、実際にはどの町も東和軍を見ただけで全軍撤退してしまい、戦いもせず解放に成功しているありさまだ。
ポーシアの故郷、グリーンビレッジでもそれは同じだった。
町へ進軍し、敵が撤退したのを見て周囲の兵は万歳をしている。
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