第25話 あぐぬばぁあああああああああ!

「しかし軍の強化は必須ですよ。湾を渡って二五万の援軍と合流しても王都攻略にはどれほどの犠牲が出るか」

「今までは連戦連勝だったけど、駄目なのか?」

「これまでは相手が油断して本気じゃなかっただけです。この東部を奪還した今、エルフ達は本気で西部、いや王都を固めて我々を迎撃する準備を整えているでしょう。エルフの魔術部隊やヒポグリフ部隊、グリフォン部隊やワイバーン部隊が出て来るに違いありません」

「ワイバーン部隊か……」


 グリフォンは体の半分が馬ではなくライオンのせいか、ヒポグリフよりも気性が激しく、戦闘力も高い。


 しかしワイバーンは別格だ。


 ワイバーン一頭で何頭ものグリフォンを殺せるだろう。


 ワイバーンは最強の怪物ドラゴン種の中でもそれほど強くはないが、ドラゴンはドラゴン。

 並の怪物など一顧だにしない、圧倒的戦闘力を持っている。


 そのウロコは、小銃でも近距離でないと突き破るのは難しく、尾やツメの一撃は鎧を一撃で貫き、ブレスは一息で一個小隊を葬ることもある。


 だが、一部の優秀なエルフは、そんなワイバーンを自由自在に乗り回すのだから驚きだ。


「東部でワイバーンを見なかったのは……」

「戦力を西に集中させている、と見るべきでしょう。エルフ一人はホビット十人分、ヒポグリフ騎兵は三〇人分、グリフォン騎兵は一〇〇人分、ワイバーン騎兵は一〇〇〇人分と言われ、一個大隊でやっと互角、まさに一騎当千の戦闘力です」


 そんなものが待っているかと思うと、これまでの戦歴でも楽観視はできない。


 可愛らしい声がしたのは、その時だ。

「あ、お兄ちゃん、ここにいたの?」


 厩舎の入り口に、以前解放した町で保護した幼女、ポーシアが立ってこちらを見ている。


 戦徒は彼女を故郷である西武の町に送り届けるという約束をしている。


 最初は泣いてばかりの彼女も、今では可愛らしい笑顔を見せてくれるようになった。

 そのつぶらな瞳に、戦徒は思わず頬を綻ばせて近寄ると、


「お姉ちゃーん、お兄ちゃんこっちにいたよー」

「お姉ちゃん?」


 ポーシアの後ろに悪鬼、否、額に青筋を浮かべた愛花が立っていた。


「死ねぇえええええええええええええええええええええええええええ!」

「あぐぬばぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 愛花の右拳が、戦徒の顔面を容赦なく残酷に凄絶に打ち抜いた。むしろ撃ち抜いた。


 数メートル後ろにぶっ飛んで成美と和太郎の目の前を通過して仰向けに倒れる戦徒。


 愛花は戦徒の腹にお尻を乗せると、そのまま戦徒の顔面を殴りつける。


「あんた今までどこ行ってたのよ! こっちはね! こっちはずっとあんたを探してたんだから! 今日は出兵最初の休日なのにあんたは許嫁のあたしを何だと思ってんのよぉおおおおおおおおおおおお!」


 大事な王都攻略前にみるみるケガを負っていく戦徒。

 鼻血を流し、顔をぱんぱんに腫らしていく。


 そんな時、戦徒の頭に閃くものがった。


 黒沢は言った。

『死にそうになったら、正直に生きろ』


 だから正直に言った。

「だって愛花を大事にしたかったから」

「はっ!? あんた何言って」


 戦徒はポーシアに配慮して、


「ちょっと耳貸してくれ」

「……あによ」


 不機嫌ながら、耳を貸してくれた愛花に耳打ちをする。


「明日からいよいよ本番で俺も色々昂ってるからさ。今お前といたらそういう事しちゃうかもしれないし。そういうのは祝言あげて正式に結婚してからにしたいし、戦前の気分に流されたくないんだよ」


 愛花の顔が、首筋からカーッと一気に赤くなって、耳まで達すると、ゆっくり腹から降りてくれた。


「……いぃ、いいから、も、戻るわよ」

「おう」


 愛花は戦徒の手を握り、そのまま宿場へと戻った。



   ◆



 その日、フィンガー王国西部の農業町。グリーンビレッジは暗澹とした空気に支配されていた。


 老若男女の区別なく、ホビットは皆、畑に駆り出される。


 だがその畑の端には、老齢ホビットの串刺し死体が掲げられている。


 先端の尖った長さ四メートルはある杭全てに老人が刺さり、雨ざらしにされハエがたかっている。


 東部や大湾が解放されたという噂を聞いた時は、皆の中にわずかばかりの希望もあった。


 思いきって集団ボイコットもした。

 でも、そんな反骨神などとうに失せた。

 誰もが見張りのエルフやゴブリンに怯えながら農作業を続けた。

 少しでも手を休めると、ゴブリンが近寄ってきて、木の棒で打ちすえて来る。

 辛い、苦しい、怒りがこみあげてくる。

 だが、ふと視線を上げれば、そこには腐りかけの串刺し死体だ。

 恐怖に肝を冷やしながら、必死になって農作業をしてしまう。

 反骨心よりも、どうしても恐怖が勝ってしまう。


「いいかホビット共! 貴様ら森猿はエルフの為に労働する為に生まれた家畜だ! 嬉しいか!」

『はい!』


 エルフの軍人に、ホビット達は力の限り声を張り上げた。

 応えなかったり、声が小さいと棒で叩かれるからだ。


「貴様らには労働と奉仕の精神を、清き精神をたっぷりと教えてやる。解ったか!」

『はい!』


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400PV達成しました。

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