第24話 みじめな少年にほんの一握りの勇気を!

「あ、麻美ちゃん。今夜、とうとう王都侵攻に出発だね」

「う、うん、そうね勝也」


 別の縁側では、高橋勝也と佐々木麻美がものすごく甘酸っぱい空気をかもしだしていた。


 そこに訪ねてしまった戦徒は、出て行く機を逃して、物陰からジッと勝也の雄姿を見守った。


「頑張れ勝也、根性見せろ」

 小声で応援しながら、戦徒は妙にドキドキしてしまう。


 視線の先では、二人がなにも言わず、互いに視線も合わさないでいる。


 赤い顔で、恥ずかしそうに、もじもじと。


 そのうちに、麻美の方から切り出す。


「ねぇ勝也。何かあたしに話があるんじゃないの?」

「え!? う、うん……まぁ、ね……えっとほら、今夜出発だし、王都はたぶん守備兵多くて、今までより大変な戦いになるだろうしさ……」

「それで?」

「それで……それ、で」


 戦徒は小声で言った。

「恋愛の神様、どうかあの内気で臆病でヘタレで弱腰で麻美を逃したらもう一生女の子の手も握れないであろう哀れでみじめな少年にほんの一握りの勇気を!」

 戦徒の想いが天に届いたのか、勝也は震えながら声を絞り出した。

「麻美ちゃん!」

「はい!」

「ここ、この戦いが終わったら僕と、僕と……」


 麻美が緊張して汗をかきながら、勝也の言葉を待っている。

 戦徒は手に力が入って拳から汗が垂れる。


「僕とけっこ――」

「おーい勝也に麻美~。厨房の肉ガメてきちゃったんだぜ~。知ってるかこれ? 大陸のベーコンていう――」


 戦徒は斎藤広に向かって大股に近づき、彼のいかにも脳味噌が詰まっていなさそうな頭をひねった。

 こきゅっ


「ぴぎゅ!」

 変な音と声ののちに、全身の筋肉を弛緩させる広。


 戦徒は広を肩に担いだ。

「お邪魔しました」

 戦徒は物陰に隠れて広を下ろした。


「まったく、空気の読めないやつめ、さぁて勝也は……」

「麻美ちゃん! この戦いが終わったら僕とけっこ」

「そこのお二人さん」

「一体なにを」

「しているんだ」

「い?」


 物陰から第三小隊第三分隊の小林美紀がカッ飛んでくる。

 鈴木四兄弟長男の側頭部に跳び蹴りをお見舞いして、長男の頭が次男に、次男の頭が三男にとドミノ式に四人全員の頭をまとめてぶっ飛ばした美紀。


「気にしないでね!」

 美紀は四人の着物をつかむとズルズルひっぱり、戦徒と同じところに来た。

「あぶなかったぁ」

「美紀、お前も見ていたのか」

「ええ、なんか麻美の奴がイイ感じだからさ」


 戦徒と美紀は同じ第三小隊で、戦徒は第二分隊、美紀は第三分隊所属だ。

 二人は妙な連帯感で首を出し、勝也と麻美の様子をうかがった。


 頬を紅潮させたままの麻美に、勝也は……。

「それで勝也、話って……」

「え、ああ、うん……ごめん、やっぱまた今度にするよ」

「え、か、勝也?」


 勝也はその場を立ち去り、麻美はそれを追いかけてその場から姿を消した。


「「…………」」


 戦徒と美紀は無口無表情無感動な顔で、足下に転がる五体のゲス侍を見下ろすと、意識の無い五人の顔をしこたま踏みつけた。



   ◆



 戦徒が厩舎へ行くと、成美と和太郎がヒポグリフの世話をしていた。


 グリフォンは上半身が鳥で下半身がライオン。


 対するヒポグリフは上半身は鳥だが下半身が馬なので、その特性は馬に近いらしい。

「おっす成美」

「あー戦徒、どしたのー?」

「なんか暇でね、和太郎はどうして厩舎にいるんだよ?」

「はい、エルフが魔術で操り乗り回すヒポグリフ隊を間近で見て、なんとか東和もヒポグリフの数を増やせないかと思って、成美に飼育方法を聞いていました。そこから何か、魔術を使わないでもヒポグリフを乗る方法が思いつくかと思いまして」


 さすがは半分商人気質を持つ和太郎。

 軍の強化に装備や兵士の強化では無く、乗り物に着目する辺りが普通の武士とは違う。


「それで、どうなんだ?」

「まだ解りません。そもそも怪物の類は動物と違い、人間の言う事を利かないものです。世の中には馬車や牛車、猿回しや蛇使いがいる一方で、怪物使いはほとんどいません。エルフは魔術による、一種の催眠効果で操っているようですが」


 和太郎の視線が成美に投げられる。


「ホビットは魔術が使えないから、純粋な騎乗力で屈服させるしかないね。でも半分馬でもヒポグリフも怪物。グリフォンよりは気性はおとなしいし肉食じゃない分、扱いやすいけど……雛の時から大事に育てて自分を親だと思わせながら人間に慣れさせて、かつ乗る側にも相当な騎乗能力があって初めて背中を預けてくれるんだもん。だからあたしはあたしが育てたこの子には乗れるけど、他の人のヒポグリフは乗りこなす自信ないなぁ」


 和太郎が頭を悩ませる。


「特別な飼育方法か、何か道具を、それとも魔術のかわりに薬物で」

「こらー、ヒポグリフに変なモノ食べさせようとしないでよ! この子達は大事な友達なんだからね!」

「そう怒らないで下さいよ」


 二人のやりとりを聞きながら、戦徒はヒポグリフに目線を配った。


 確かにエルフは強いが、加えてヒポグリフ部隊の戦闘力は恐るべきものがあった。


 事実、ヒポグリフに乗るホビット、成美は上空から敵を射撃できるという大きなアドバンテージを持っている。


 成美がたくさんいればと考えると、かなり強そうだ。

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