第21話 自称ホブホビットVSエルフ②

 伯爵は、天幕の外に出て、双眼鏡で前線の様子を見て膝を震わせた。

 周囲の側近達や近衛兵達も同じ様子だ。


「くそっ、五〇万の軍を突撃させたのになんたるざまだ! 指揮官は無能だ! 兵も無能だ! あの臆病者の軟弱な兵共が! あれでも神に選ばれしホブホビットの端くれか! 怪しげな妖術を使う悪魔共を駆逐しろ!」


 伯爵は双眼鏡を地面に叩きつけて地団太を踏む。


「ええいこうなれば残る七〇万の兵でエルフ共を血祭りに上げろぉ! こちらは一二〇万の大軍勢! 相手はせいぜい五万だ、全軍突撃! 全軍突撃だぁ! 玉砕覚悟で騎士の魂を見せつけろぉ!」

「で、ですが伯爵様、エルフは五万ですがゴブリン奴隷兵もいますし、何よりこちらも残る七〇万の多くは後方支援の兵でして」


 伯爵は側近の顔面を殴り飛ばして激昂する。

「奴隷ごときものの数ではないわ! それとも貴様はホブホビットと奴隷風情を同列に見るかぁ!」

「いえ、そんなつもりは……」

「だったら黙って全軍突撃させろ! 味方の危機に役職など関係無いのだ! 衛生兵も輜重兵も工兵も伝令兵も全軍突撃だぁあああああああああああ!」

「伯爵様、あれを!」

「む?」


 側近の一人が指を差した方を見ると、本陣から去ろうとする一団がいた。


「きき、貴様らどこへ行く気だ!」

 伯爵は運動不足の体で息を切らせながら、男達に走り寄った。

「あー、伯爵か」


 男達は一〇〇人程のグループで、鎧に統一感が無く、皆、身につけている鎧が違う。


 兜はただ金属バケツにスリットが入ったようなモノや、鉄笠を被ったようなモノ、銅は鎖帷子だけを着ている奴が居れば、いろんな鎧をつぎはぎしたような奴もいる。


 どうやら正規軍ではなく、金で雇われた傭兵達のようだった。


「この報酬強盗の詐欺師め! 敵前逃亡は許さんぞ!」

「それはこっちの台詞だぜ伯爵さんよー」

 男達は凄身を利かせた声で、伯爵を睨み返す。


 顔に向こう傷のある男が舌を鳴らした。

「俺らは勝って当然の楽な仕事があるって言うから来てやったんだ。あれじゃ話が違う」

 他の男達もそうだそうだ、と騒ぎ立てる。


 確かに、伯爵は今回の傭兵召集の時、敵は愚かな蛮族、戦争ではなく帝国の力を見せつける一方的な殺戮ショーの示威行為。こんな楽な戦争に加わらなければ一生損だ、と触れまわるよう部下に指示を出した。


「だまれ傭兵風情が! 戦争とはどのようなハプニングが起こるか解らないのだ! 傭兵のくせに戦争のいろはも知らないのか!? さっさと持ち場に戻れ」

「なら金貨を三倍、いや五倍出してもらおうか。俺らは報酬に見合わない仕事はしない、そうだろみんな?」


 また、男達はそうだそうだ、と騒ぎ立てる。


「ぐぅ~、金、金、金。この卑しいハイエナ共めぇ~」

 伯爵は頭に血を昇らせながら喚き散らす。

「どうして貴様らはいつもそう金のことしか考えられないのだ! 世の中には金では買えないものがいくらでもある! 貴様らのような金の亡者には解らない大切なものがな!」

「なんだそりゃ」

「高潔な騎士の魂と名誉だ」


 途端に、男達は哄笑する。中には、腹を抱えて笑う者までいた。


「金が出せないんじゃあ話になんねーな」

「なんだと! 偉大なる皇帝陛下のおかげで名誉あるセン帝国民でいられる恩を忘れるとは何と言う不忠者! 貴様も騎士ならば皇帝陛下の為に喜んで命を捧げ名誉の戦死をするべきであろう! それこそが騎士の本懐!」


 遠くから伝令兵が走って来る。

 伯爵が外にいることに驚き、伝令兵は身分の違いから直接話していいか迷う。


「ええいなんだ貴様は、用があるならさっさと話せ!」

「はは、はい! 敵ワイバーン部隊、我が軍の頭上を通過し、まっすぐこの本陣へ向かってきます! いかが致しますか!?」

「ワ、ワイバーン部隊がここに!?」


 伯爵は青ざめる。傭兵団が無視して勝手に立ち去るのを止めるのも忘れて、伯爵は伝令兵に背を向け、馬車へ走ろうとする。


「私はこの状況を父上に報告するべく屋敷へ、いや、皇帝陛下に伝えるべく帝都へ向かう。あとのことは頼んだぞ!」

「そんな、なら我々も!」


 伯爵はついてこようとする側近達を殴り、服をつかむ手を薙ぎ払う。


「ええい離れろ! 馬車足が遅くなる! ワイバーンの飛ぶ速さを知らんのか! 貴様らは来るなぁ!」


 必死にしがみついてくる側近達を死に物狂いでなぐりつける伯爵。そこに貴族たる気品など微塵もない。


「皇帝の為に名誉の戦死をするのが騎士の本懐じゃないんですか!」

「黙れ! 私と貴様らでは役職が違うのだ! 戦うのは貴様らの仕事! 命令し、皇帝に結果を報告するのが私の役目だ!」

「先程、味方の危機に役職は関係無いとおっしゃったではないですか!」

「だまれぇええええええええええ!」


 伯爵は、宝石で飾り付けられたナイフを腰から抜くと、側近達の首を次々刺していく。

 血を吐き倒れる側近達には目もくれず、伯爵は馬車の御者台によじ登る。


「ふん、貴様らと私とでは身分が違うのだ」


 伯爵が馬に鞭を入れようとすると、血を吐きながら一人の側近が馬車にしがみついてきた。


「み、見捨てないでください伯爵……今まであなたのためにどれだけ……」

「うるさいんだよゴミがぁああああ! 俺は俺が助かればそれでいいんだよダボが! 俺の為にさっさと死ね!」


 伯爵が側近の顔面にナイフを突き立てるのと、ワイバーンの口から吐かれた超高音の炎が、伯爵を馬車ごと焼き尽くすのは同時だった。


 即死できた側近は幸せだったが、死にかけの側近が中途半端な盾となった伯爵は、無限地獄の苦しみだ


 一瞬で肌を焼かれ、悲鳴を上げながら肺を焼かれて、のたうちまわりながら地面を転がった。


 車軸が折れた馬車が倒れてきて、伯爵は下敷きになって死んだ。

 翌日。最西部、西部に続き、中央に近い中西部の領主とその息子達は、伯爵の訃報を聞いて高笑う。


「ほほう、あの馬鹿が死んだか」

「だが奴は西部領主の中でも最弱の存在」

「セン帝国貴族のツラ汚しよ」

「では、今度はこの俺様が迎え撃とう。エルフの人口は我らの十分の一以下というし、軍隊もそれほど多くは無いだろう」

「おいお前ら、領内の騎士と傭兵と集めろ。なぁに一二〇万もいればひとひねりだ」


 近衛兵達は小声でささやき合う。

「帝都の皇帝に報告しなくていいのかな?」

「倒してからさらっと、エルフが来たから撃退しときましたって言いたいんだろ?」

「ふーん」

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