第20話 自称ホブホビットVSエルフ

「……これは、実際にセン帝国人の商人が自慢げに言っていた事なんですが、なんでも体が大きいのは暴力的で野蛮な人種である証拠。最も小柄なホビットこそ知的で理性的で最も優秀な頭脳を持った存在であり、そのホビットで最も歴史が古く、大きな国土と人口を持つ大国セン帝国が人類の頂点に立つのは神の定めた世界のルールだ。とか」


 戦徒達だけでなく、同じ隊なので近くにいた斎藤広や高橋勝也、佐々木麻美、田中太郎左衛門も呆れ顔だった。


 言葉が出無いとはこの事だ。


 エルフは背が高く美しい自分達を優れた民族として、セン帝国人は長身は野蛮で小柄は知的としている。


 そしてエルフは唯一魔術が使える自分達は神に選ばれた存在として、セン帝国人は最大の国土と人口を有する国を作り上げた自分達は神に選ばれた存在としている。


 愛花は一言。

「馬鹿の数だけ妄言があるのね……」

「でもおかしいですね」


 戦徒達第三小隊の算用方、愛花曰くソロバン眼鏡の静樹は、ソロバンを弾いてから頭をかく。


「計算上、セン帝国の戦力ならばエルフ三国とも悪くない戦いができるはずですが、報告では連戦連敗と聞いています」

「それは連中が夜郎自大だからだよ、だろ? 宗重」


 戦也に水を向けられたのは、これまでなにも喋らなかった村上宗重。第三小隊一の長刀使いで、年齢は戦也の一つ下の十八歳だ。


 いかにも武士然とした、古風な人物で、いまどきチョンマゲを結っている珍しい青年でもある。


 玲瓏な雰囲気をかもしだしながら、宗重は聞かれたなら、と口を開く。彼は自分からは喋らないが、どんな事でも聞けばちゃんと答えてくれる人間だ。


「セン帝国が数字よりも弱い理由は全部で三つ。夜郎自大で、地方政権の独立性が高く、近代化が進んでいないからだ」



   ◆



 同じ頃、セン帝国西部は凄惨な有様だった。


 ホビット民族最大の国土と人口を誇るセン帝国は、実に東和の五倍の国土と九億の人口を抱えていた。


 世界一の総正規兵力九〇〇万を背景に、エルフの侵略軍を真っ向から迎え撃つが……。


「ふ、初戦では最西部の無能な田舎領主達が恥を晒したようだが」


 セン帝国西部領主の一人である伯爵は、軍本陣の天幕で豪奢なイスに座り、地図を見下ろした。


「こちらは我が精鋭二〇万と傭兵一〇〇万、合計一二〇万の大軍勢。エルフ共め、腰を抜かして逃げるに違いない」


 伯爵は今年四〇歳。

 老齢の父の跡を継ぎ、次期領主になる前に良い戦果が自分の経歴につくと。満面の笑みを作る。


 すでに前線ではエルフ軍と衝突したらしい。

 あとは戦勝報告を聞くだけだと、伯爵は優雅にワインを飲みながら、大きく鼻息を漏らした。


「伯爵さまぁ!」

 天幕の外から、側近の男の悲鳴が聞こえる。


 伝令兵は身分の違いで伯爵と口をきくことができない。


 戦場の伝令兵は本陣の取り次役に伝令内容を報告して、それからさらに伯爵の側近へ情報は伝わる。


 天幕の中に、側近の男が慌てて跳びこんで来る。


「かか、壊滅です! 壊滅しました!」

「随分と早かったな。まぁ一二〇万人もの大軍勢なら当然のことだな」

「違います! 我が軍、第一陣が壊滅! 第二陣も被害甚大!」


 伯爵は口に含んでいたワインを思わず噴き出してしまった。

「なな、なんだとぉ!?」



   ◆



 戦場は地獄絵図そのものだった。


 エルフの魔術師部隊達が陣形を組んで小型アームストロング砲にも迫る威力の攻撃魔術を矢継ぎ早に放つ。


 全身をフルアーマーに包んだセン帝国軍は鎧ごと焼き尽くされ、砕かれ、引き裂かれ、凍てついていく。


 馬は爆発音に驚いて騎手を振り落として、騎手は落馬の衝撃や馬に踏みつけられてケガをして、苦しんでいると魔術で吹き飛ばされた。


 東和の軍隊は動きやすいよう、軽装鎧を身につけている。


 ゴブリンや南小国群のホビットは革製の鎧を身につけている。


 そしてエルフは鎧を身につけず、軍服やローブを着ている。


 セン帝国の軍隊は全身を厚い金属の鎧で覆った防御力重視の装備だが、故に機動力に欠けた。


 確かに鎧の強度はあるが、セン帝国侵略の大任を任された精鋭部隊の魔術は、重装歩兵クラスの鎧でないと防げなかった。


 その重装歩兵も二発三発と喰らえば簡単に死んだ。


 後方からは弓矢や投石機で応戦するが数が違い過ぎるし、弓なりに放った矢が都合よくエルフに刺さるなんて奇跡も無い。


 矢の雨を降らせようにも、空にはヒポグリフ隊とグリフォン隊、そしてワイバーン隊が飛びまわり、弓兵はそちらの対応に追われた。


 戦場は爆発音と悲鳴とモンスターの咆哮で吞みこまれ、

 炎や氷や雷に蹂躙され、

 血と肉と内臓がそこらに飛び散った。


 セン帝国軍には銃と大砲が無かった。

 歴史的に、東和は単発式の銃を、戦術を工夫したり連続で撃てるよう改良して取り入れた。


 でもセン帝国はドワーフから伝来した銃を、撃つのに時間がかかる不便なモノと切り捨てた。


 それに火薬の匂いが服につく事や、大きな音と煙が、貴族や王族に受けが悪かった。

 彼らからすれば、スマートではなかったのだ。


 結果、セン帝国では火薬兵器が発展、普及せず、スマートで美しく騎士らしい剣と槍と弓の戦いが発展した。


 それでも兵の数の力で、セン帝国は今まで強国としてのプライドを保てたが、今回は相手が悪い。


 後方では弓兵が頭上のモンスター騎兵達を射殺そうと躍起になるが、弓矢程度でワイバーンのウロコは貫けない。


 グリフォンとヒポグリフの丈夫な羽毛も強力だ。


 何より頭上というのは狙いにくいし、矢も威力を発揮できない。


 ワイバーンのブレスや、エルフの攻撃魔術で後方の兵は次々命を落とした。


 前衛の剣や槍を持った兵士達は、ただやみくもに突っ込むばかりで、皆、むざむざと攻撃魔術を受けて死んだり、パニックを起こして逃げ惑うばかりだ。


 最初から作戦もなにも無い、ただ突撃としか言われていない彼らが崩れるのは早い。


 まずエルフ達は攻撃魔術の嵐でセン帝国軍に集団パニックを起こさせる。


 すると魔術師部隊を退かせ、ゴブリン部隊の出番となる。

 手に剣や槍、斧を持ったゴブリン達は戦々恐々としたセン帝国兵に襲い掛かり次々殺していく。


 一対一なら勝ち目もあったろうが、戦意が折れ、集団パニックになったセン帝国兵では勝てるべくもない。


 数では圧倒的に劣るエルフの魔術が当たっていない兵もたくさんいるが、爆発に巻き込まれたり、すぐ近くの仲間がバラバラになる姿を見るだけでも人は恐怖するし、ケガで動きが鈍くなる者もいる。


 魔術でかく乱させゴブリン部隊でトドメを刺す。

 これの繰り返しで、エルフ達は勝利を重ね続けた。


 最西部の領主の軍も、この方法で全滅させた。


 なのに、西部の領主はなんの対抗策も講じなかった。


 ただ一二〇万の軍勢なら勝てるだろうと過信して、それ以上なにもしない。


 何故最西部の軍隊が負けたのか調べようともせず、ただ最西部の領主をホブホビットの面汚しと罵るだけだった。


 兵が次々敵に背を見せて、指揮官が叫ぶ。


「貴様ら逃げるな! セン帝国の意地を見せつけるのだ! 全員玉砕覚悟で突撃しろ! 貴様らに騎士の誇りはッ!」


 氷の矢に首から上を吹き飛ばされ、指揮官は絶命した。

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