第19話 なんというエルフ思想!?

「アドラー様! グリーンビレッジ、リーフビレッジなど複数の農業町のホビット達が労働をボイコットして奴隷ゴブリン達と衝突しております」


 フィンガー王国の王都、そこに建造されたフィンガー城は今、この占領土政庁として使われている。


 軍権を握るサクソニア軍師団長アドラー・ボーフェン伯爵が、司令室のイスに座ったまま、端正な顔をそのままに書類に目を通している。


「逆らうものは殺して良いと通達しているはずだが?」

 アドラーは、部下のほうを見ようともしない。


「ですがボイコット者は全体の九割にものぼります……全員殺してしまうと農業生産率が落ちてしまいます」

「ふむ、それは困るな。この国のホビット達は本国におわすサクソニア王エドワード様の財産だ。資源の無駄遣いはできん。そうだ、ならばこうすればいい」


 アドラーは書類を机に置いて、ひどく事務的に発案した。

「グリーンビレッジやリーフビレッジ、ボイコットが起こった各町を含めた周囲の村や町で年の順に一〇〇人殺せ。死体は串刺しにして農場の周囲に突き立て晒すのだ」

「なるほど、確かにそれなら最小限の消耗で大きな成果を上げられます。それに年老いて体力の無い年寄りは労働力が低く、もとより奴隷価値が低いし誰も困らない」


 名案ですとばかりに同意する部下。

 アドラーは気分を良くして続ける。

「昔、害獣を遠ざけるにはその害獣の死体をまけば良いという話を聞いたことがあってな。蛮族に労働の喜びが理解できるはずもない。こういう方法の方が頭の悪い蛮族向きだ」

「では、そのように」


 部下が退室すると、アドラーは憎らしげに机上の書類に視線を投げた。


 そこには、フィンガー王国東部に東和の解放軍が現れたとある。

 ホビット達の抵抗は、間違いなくこれが原因だろう。


「ホビットの解放軍がなんの役に立つ? この南小国群が一年とかからず滅んだのを忘れたのか?」


 報告書には、解放軍の存在は書いていたが、どの程度の被害が出ているかは書いていない。


 これこそがエルフの落とし穴であり、また、プライドの高いエリート社会の落とし穴でもあった。


 解放軍が来て負けました。ピンチです。などと書けば、東部のエルフ達は間違いなく査定を下げられる。援軍に助けられれば大きな貸しになる。


 それよりも、一応は報告しておき、自分達だけで解放軍を倒すことで手柄を独占しよう、、というのが東部の考えだった。


 もっとも、この書類を書いて送った部隊はもう、戦徒達の手で全滅していた。


「蛮族らしい、卑怯な奇襲戦でフィンガー大湾を制圧した事で図に乗っているのだろうが、ビギナーズラックは続かないぞ」


 フィンガー王国の東西を結ぶ大湾からの報告で、アドラーは湾を奪還すべく部隊を編成。解放軍を皆殺しにする計画を練っていた。


「蛮族が、せいぜいあがいてみるがいい」

 ビジネスライクな声音。だが、アドラーの口元には笑みが浮かんでいた。



   ◆



「そういえば聞いたわよ戦徒! 子供の為にあのソロバン眼鏡に頭下げたんだって? いいとこあるじゃん!」


 次の町へ行軍中、戦徒は突然愛花に肩を掴まれ、頬をかいた。


「ま、まぁな、だって可愛そうじゃないか。ていうかお前静樹に失礼すぎるだろ」

「いいじゃん別に。だいいちあたしの撃った弾は全部ちゃーんと敵に当たってるのよ、撃った数だけ敵を減らして味方を有利にしてんの。なのにあたしに弾使い過ぎとか、本当に当たっているのかとか、ただ弾をバラまいているだけじゃないのかとかセン帝国人の十分の一ぐらい腹立つぅ~」

「例えがわかりにくいな」


 拳を突き上げて怒る愛花を、まぁまぁとなだめる戦徒。


「戦徒だって知ってるでしょ? 前に街であったセン帝国人、いきなりあたしに商業組合の場所まで連れてけとか言ってきて、断ったら『サブホビットのくせにホブホビットに逆らうな』だの『なまいきだ』だのあいつらなに様のつもりよ!」

「それには私も同感ですねぇ」


 後ろから首を伸ばし、本家が商人の四月朔日和太郎が、文字通り首を突っ込む。


「商人の間でも、セン帝国の商人は嫌われているんですよ。ドワーフや南小国群の人は、まぁそれなりに約束を守ってくれますがセン帝国は……発注した商品が期日に間に合わなかったり質が悪かったり数が足りなかったり、粗悪品も混ぜるし、なのに約束の金だけはしっかり要求してきます。それどころか大陸から東和に運ぶ運賃は別料金だとか、運賃込みの値段なのに途中で嵐に合って船が壊れたから修理費はそっちが持てとか、言う事が滅茶苦茶なんですよ」


 愛花と一緒に、戦徒の隣を歩く成美が唖然とする。


「うわぁ……なんでそんなとこと貿易してるの?」

「一応、セン帝国でないと採れない薬草などがありまして。ですが他の商品も貿易品目に入れないと薬草は売らないなんて言ってきます」

「「いいとこないなぁ……」」


 戦徒と愛花は顔を見合わせ、げんなりと肩を落とした。


「セン帝国には自分達こそが最も優れた民族であり、東和と南小国群のホビットは自分達の劣化版。ドワーフ、ゴブリン、エルフは蛮族という選民思想がありますから」

「「「なんというエルフ思想!?」」」


 戦徒、愛花、成美は素っ頓狂な声を上げた。

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