第18話 あ、あなた! いつの間に子供を!?
「身分の差ってのは東和にもあるけど、そもそも国の代表者と平民を同列に扱えば政治軽視に繋がって治安が悪化がする。将軍の権威失墜が戦乱をもたらすのは歴史が証明している。でも、農民でも優秀なら武士に取り立てられる。だけどエルフは違うんだよな。エルフじゃないってだけで、ホビットやドワーフってだけで迫害して奴隷にする。魔術が使えるからなんだってんだよ。魔術が使えなくたってエルフと同じ考える力を持っている人間同士だろ。なのに……」
「選民思想」
涼香が冷たい言葉を漏らす。
「価値観は国や民族で変わります。東和で軍人、武士は強くたくましく立派な存在であり、人々を守り救う英雄として高い地位を得ています。対して大陸では軍人は人殺しの汚れ仕事、筋肉馬鹿達の肉体労働として軽視されます。小説の華やかな騎士物語の多くは創作や、貴族階級に属しているごく一部の騎士に限定された話です。同じ職業でも大陸と東和ではこんなにも価値観が違う。でもどちらも間違ってはいない。そこにあるのは真実ではなく、ただの解釈。戦徒様には武士が汚れ仕事の肉体労働者とは思えないでしょう?」
「当たり前だろ!」
代々武家として幕府に仕えて来た武門の生まれである龍道戦徒は、強い声で反論した。
「エルフ達にとってエルフが偉いのも『当たり前』それが彼らの共通認識で普通で常識で考えの規範。戦徒様も、ある日突然農耕馬が給料や休暇をよこせと言ったら反発するでしょう? 馬は一生けん命働いているのに、なんで家畜に人間みたく給料や休暇を与えなくちゃいけないんだって。それと同じですよ」
涼香に言われて、戦徒は閉口してしまった。
「まして同じホビットでも、セン帝国は古来より自分達が世界で一番偉いと思い東和人をサブホビット、南小国群人をレッサーホビットと呼び軽視しています。同じホビットでもこれだけ思想の違いがあるのですから、種族そのものが違うなら……」
「…………」
「皆さん、手が空いているなら働いてください」
眼鏡をくいっと上げながら、算用方の設楽静樹が現れた。
「おう静樹、悪い悪い、ちょっとこの世界の未来を憂いてて」
「それは結構ですが、今は他にやることがあるでしょう。ところで成美さんを見ませんでしたか? 彼女のヒポグリフの餌の量について聞きたい事がありまして。あと我が小隊の弾薬量ですが、愛花さんの弾薬消費量が多くて」
静樹は算用方らしく、ソロバンをシャカシャカ鳴らした。
「静樹ぃー」
背後からの呼び声に、静樹は眉間を歪ませた。
「なんですか、まさか問題ごとじゃ」
高橋勝也とその意中の相手、佐々木麻美が幼女を連れてやってきた。
「だーいもーんだぁあああああああああああああい!」
静樹が普段の冷静さを失い叫んだ。
「貴方達いつ子供産んだんですか!? 戦時中に妊娠なんて、いやでももう生まれているいるから、いやしかし、えっと戦時中の育児休暇は」
「僕らの子じゃないよ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ勝也。その隣では麻美がまんざらでも無い顔をしながら恥ずかしそうにうつむく。
戦徒は、静樹にそっと耳打ちをした。
「静樹、こいつらまだ付き合ってないんだよ」
「え、勝也さんまだ告白してないんですか?」
勝也が麻美の事が好きなのは、もう小隊の全員が知っている。それぐらい勝也の態度はバレバレなのだ。
「この子、この町の子じゃないんだ」
「え?」
戦徒は、目に涙を浮かべる幼女を見下ろし、事情を聞く。
すると、麻美が悲しそうに説明してくれた。
「この子、本当はフィンガー大湾の向こうのグリーンビレッジっていう町の子らしいの。でも親戚の叔母さんに連れられてこの町にいる時にサクソニアが来て」
そのまま奴隷にされて家に帰れなくなったのか、と戦徒と戦也は納得する。
このドラコハンド半島からは、さらに二つの半島が南に伸びている。それがフィンガー王国と言われるこの国の国土で、二本の指が作る大きなフィンガー大湾がある。
今、戦徒達がいるのは東側の指で、王都は西側の指にある。
静樹は困ったように唸る。
「フィンガー王国の西へは、まずこの東側を攻略して東和軍の後方を盤石なものにしてから侵攻する予定です。こんな小さい子を連れて行くわけにも行きませんし、この国が落ち着くまではこの町にいてもらったほうが」
「後方支援組と一緒にいればいいんじゃないか?」
戦徒はつい口を挟んでしまう。
「確かに今は戦時中だけど、静樹達算用方とかと一緒に後方待機していれば危険はないだろ?」
「任務に私情を入れるのは感心しませんよ」
「お願いします」
戦徒が丁寧に頭を下げる。
静樹は困った顔になって、憎らしげに睨んで、喉をうならせて、地面を踏んだ。
「しょうがないですねぇ! まったく貴方はいつもいつも私の仕事を増やして!」
「ありがとう静樹、やっぱり美人は心も広いな。お前は将来いいお嫁さんになるよ」
「なぁっ!」
静樹は耳まで赤くしながら、その場でソロバンをカチャカチャといじった。
「そそ、そんな事言っても何も出ませんよ、だいいち私みたいにソロバンいじってばかりの計算女なんかをもらってくれる男性がいるわけが……」
静樹を無視して幼女をあやす。
「良かったね、大丈夫、お兄ちゃん達が君をお母さんの所まで送り届けるよ」
「うん、ありがとうお兄ちゃん。あたしポーシア、よろしくね」
「そうですよお譲ちゃん、このゲス侍は幼女嗜愛と書いてロリコンと読む性犯罪者なのでお嬢ちゃんみたいな子には凄く優しくしてくれますよ」
「涼香ぁあああああああああああ!」
「ようじしあい? せいはんざいしゃってなに?」
その幼女、ポーシアは純真無垢な眼差しで首を傾げるのだった。
ちなみに、静樹はハッとしてから、取り乱した自分を恥じた。
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