第17話 タニシ様に謝るのです!

 地上の東和軍指揮官達が新しい指示を飛ばす。


 逃げるゴブリン兵を追って町の奥へ奥へと侵攻すると、エルフが二〇〇人。一個中隊分だが、戦力的には十倍の二〇〇〇人と見ていいだろう。


 こちらは今まで解放した町に兵を割き、第二陣の援軍が到着したが他の町を解放するために軍を三つに分けた為、兵力は九万。だが九万人全員が戦闘員というわけではないし、町中に散らした九万人で同時に戦える訳ではない。


 二〇〇〇人の兵ではなく、兵二〇〇〇人分の戦闘力を持った中隊というのは厄介だ。


「盾部隊!」


 金属製の大盾を持った武士が一斉に前へ進み出て、その場に壁を築き前進する。


「ふん、そのようなもので我らの攻撃魔術を喰いとめられるものか!」

「盾ごと吹き飛ばしてくれる!」

「喰らうがいい、我らが神に与えられし奇跡の」


 二〇〇人のエルフ達に直接棒火矢が撃ち込まれた。

 ロケット花火のように火花の尾をひきながら、火薬の筒が高速で飛来し、エルフ中隊の中へ飛び込んだ。


 一秒後。爆炎を上げて炸裂する死の猛攻に、エルフ達は悲鳴も上げられず絶命した。


「なな、なんだ、急に何が起こって!」


 生き残ったエルフが、火傷に苦しみながら周囲を見回すが、大盾武士以外に姿は見当たらない。


 だが、物陰では気配を消した忍び達が、棒火矢を手にまた狙いを定める。


「忍びですいません」


 竹筒に棒火矢を入れて、紐を強く引っ張り一秒後、推進剤用の火薬の力でカッ飛んでいった棒火矢は、エルフの一人の背を直撃。


 推進剤用の火薬が燃え尽きて爆発用の火薬に燃え移ると炸裂。熱と衝撃波をまき散らしてエルフを地獄に落とした。


 一流の魔術師にもなると、生命反応を感知する高度な魔術も使えるらしいが、こんな辺境の地に配備されている部隊には、残念ながら忍びを見つけられるような探知魔術の使い手はいなかった。


 しばらくすると、戦場に衝撃が走った。


「この町の長官は死にました! エルフとゴブリンは全員降伏しないと私が一生後悔させます!」


 占領土政庁として使われていた町長の家の屋根に涼宮涼香が立ち、エルフの生首を掲げる。


 町中のエルフ達はリーダーの首を見上げ硬直した。

 その間に東和の銃兵がエルフ達を包囲する。

 なのに……。


「だまれぇええええええええええ! エルフをナメるなゴミ虫どもが! 我らが負けるはずがない!」

「貴様らのような低俗低能な劣等民族に我らがッ――」


 憎しみの声は途中で飛び散った。


 各地のエルフ達が手の平に火や雷、氷の矢を成長させ攻撃魔術を使おうとすると、東和の兵は躊躇わず引き金を引いたのだ。


 戦闘終了の太鼓が鳴り、狼煙が上がる。



   ◆



 戦也は語る。

「あらかじめ忍びを先行させて町の情報を得てから、銃兵で相手の射程外から一方的に弾幕張って接近したら槍兵。狭い建物の中には近接兵で白兵戦。なんだかこれの繰り返しだな俺ら」


 戦闘で破壊された町の瓦礫を運びながら戦也に言われ、戦徒が返す。

「今はこれで勝ってるけど、敵の油断がなくなればこうはいかないだろうな。あ、涼香、おーい」

 戦徒は女忍び、いわゆるくのいちの涼宮涼香を呼び止めた。


「なんですかゲス侍様」

「……前から思ってたんだけど、なんで俺そんな呼び方なの?」


 涼香は無表情でしれっと、


「これは私なりの愛情表現です。親しみを込めて茶目っ気たっぷりに呼んでいるのです、ゲス侍様と。これでも私は戦徒様の事をかなりお慕いしているんですよ」

「え、まじで?」


 正直言うと涼香はかなり美人だ。いわゆるクールビューティーだ。スレンダーで均整の取れたスタイルも、男としてはグッとくるものがある。


 そんな涼香に『お慕いしている』などと言われれば、許嫁がいる身でも結構嬉しい。


「はい、タニシの次に好きです」

「それけなしてるよね絶対!」

「酷い!」

「おぶふぅ!」


 涼香は無表情のまま涙を流して、戦徒をグーで殴り飛ばした。


「タニシは田んぼの水質と栄養状態を改善する米作りにはなくてはならない益虫! しかも食べられるんですよ! タニシのおかげで我々は日々おいしいお米を食べ農民は飢えずに済んでいるのに! それを! それを貴方というゲス侍は! タニシに謝りなさい!」

「えぇえええええええええええええ!?」

「ほら早く!」


 何一つ納得できないが、涼香の迫力に圧倒され、戦徒は頭を下げた。


「タニシ様、すいませんでした!」

「誰がタニシですが!

「あぶふぅっ!」

 戦徒はお腹にキックを食らった。


「女子をあんな泥水に住む下等な無脊椎動物にたとえるなんて失礼にもほどがあります!」

「えぇええええええええええええええ!?」

「まぁ冗談はこれくらいにして」

「え、今の冗談だったの? 大の男が頭下げたんだけど?」

「この町もだいぶ酷いようですね」


 涼香に無視され、戦徒はちょっと悲しくなった。


 戦也と戦徒、そして涼香の前を、保護されたホビット達が歩いて行く。


 確かに南小国群は東和に比べて貧しい国ではあるが、それを差し引いても明らかにボロをまとい、体や髪は汚れている。


 何よりも、農業大国民であるはずの彼らが痩せ細っているところから、どれほどエルフが搾取しているかが解る。


 保護した人達の体には拷問の痕が残っていて、少しでも手を休めるとゴブリン達に棒で打たれ、逆らえば見せしめとしてエルフの魔術で焼き殺されるらしい。


 にわかには信じられない内容だったが、これまで解放した町で、戦徒達は実際にその現場を目撃してしまっている。


「なんでエルフじゃないってだけでこんな事になるんだろうな」


 戦徒は静かに語る。

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