第12話 始まりましたよエルフ征伐

 サクソニア王国、サクソニア城。


 その会議室で三人の王が円卓に座っていた。


 奴隷一〇〇人分の金貨でも買えないティーカップに注がれた紅茶を飲みながら、彼らは会議を進めた。


「ふふふ、ホビット達の食糧生産率はすごいねぇ。南小国群を植民地にしたおかげで兵糧の確保が簡単でしょうがないよ」

 エルフ三国の一つ、ラテニアの王ジュリオン・ジュアリアーノは、エルフにしてはやや小柄だが、貴公子のようにさわやかな笑みの似合う美青年だ。

 おいしそうに紅茶を飲みながら、南小国群からの報告書を読む。


「ふっ、おまけにドワーフ達と違い、魔術で脅せば馬車馬のように働く。反骨心の無い良い奴隷達だ。やはりホビットと言うのは奴隷になるべくして生まれた種族らしい。あまりに軟弱過ぎて我は退屈だがな」

 次に口を開いたのはレヴニア王国の王、イワノフ・バルバフスキーだ。

二メートルの巨漢で、王が最強ならば護衛はいらぬと筋骨隆々体型にボリュームのある飾りが多い洋服やコートを着る為、対面すると強い圧迫感を感じる。

 野性味あふれる眼光で書類を射抜いてから、視線を最後の一人に向ける。


「植民地にした南小国群の搾取態勢は完成し、ドラコイアの食糧工場として問題なく機能している。あとは各国から兵を一万ずつ。三万のエルフとゴブリンの奴隷兵一五〇万を送り込み、セン帝国を西と南の両方から攻める」

 最後の一人はサクソニア王、エドワード・レオンハート。

 彫刻的とも言える、人間離れした美貌を持ち、人は彼の視線を浴びただけでその迫力にかしずいてしまうと言う。


 エドワードは感情のこもらない声で、淡々と告げる。

「セン帝国を滅ぼしたのちは、海を渡り東和へ攻め込む。そして我らは龍の頭を、あの黄金の国を手に入れようぞ」


「くくく、あの、世界の黄金の半分が眠ると言われる地ドラコヘッド。まったく、神は何故あの宝島を我らエルフではなく、猿共に託したのか理解に苦しむ。それともホビットという資源を用意してくれたのか?」

 イワノフは嗜虐に顔を歪め、握り拳を作った。


「でもさぁ、東和って言ったら、確かこの前あそこのセイイタイショーグン? とかいうのが宣戦布告してきたよね? こっちはまだ宣戦布告していないのになんであっちからしてるんだろう?」


 不思議そうな顔で首を傾げるジュリオンに、イワノフは鼻を鳴らして答える。


「フンッ。戦力差も解らぬ愚か者か、でなければ国民の支持を得る為のスタンドプレーだろう。どれほど我らを挑発しようと、セン帝国が片付くまでは手出しができないとタカをくくっているのだろうが、この無礼は蹂躙戦でお返ししよう」

「何にせよ、我らは今まで愚かな戦争を繰り返しすぎた」


 エドワードの意志一つで、手元の世界地図が円卓中央へと移動する。

「我らは最も美しい容姿、優れた英知、そして神の子たる奇跡の力を授かった。我らの祖先達は何故全ての人種の中で、エルフだけが魔術を使えるのか考えもしなかった。だが、今ならば神の気持ちが解る」


 指先で指した地図から黒い煙が上がる。


「神は言っている。我らに世界を統べよと。我らエルフは愚かな劣等民族共を従えこの世の王として君臨し、世界を正しい方向へといざないドラコイアを繁栄へと導く使命を背負っているのだ」


 ジュリオンは涼やかな笑みを浮かべて、ティーカップの取っ手を指先でつまむ。

「あはは、古代の人類は家畜を持つ事で繁栄したんだよね。家畜に荷物を運ばせて、搾乳して、肉を食べて、革から服を作って、家畜という資源は僕ら人類に大きな繁栄をもたらした」


 イワノフが邪悪な笑みを作る。

「我々はそれだけではない。ドワーフに採掘と工業を、ホビットに農業と畜産漁業を、ゴブリンに反乱分子の鎮圧をさせる。我ら人類の繁栄は新たなステージへと登り、また一歩神に近づくのだ」


 エドワードは一切の表情を作らず、微笑さえ浮かべず、世界地図のホビット領から火が上がるのを見て視線を外した。


「では、全ては人類エルフ繁栄の為に」


 会議室内の衛兵の中に、彼らの会話に疑問を持つ者は一人もいなかった。



   ◆



 その日、南小国群南端、フィンガー王国の港はにわかにざわついていた。


 何故ならば、遥か東の水平線の向こうから、所属不明の大船団が迫って来たからだ。

 それは有り得ない光景だった。


 管制塔は通信魔術で呼び掛けるが、何故か応答がない。

 だがあれほどの大船団であれば、エルフの艦隊に決まっている。

 エルフ以外にあれほどの戦艦を作れる国があるはずがない。


 そもそも、わざわざエルフに喧嘩を売る様な馬鹿がいるわけもないので、あれはエルフ領本国からの援軍と考えるのが打倒だ。


 セン帝国をこの南小国群から攻めるという話は聞いていた為、軍関係者は、予定が早まったのか? などとのんきな事を考えていた。


 まだ遠いが、それでも船団の砲門が次々開いているのは解る。


 ――祝砲でも撃つのか?

 ――でも角度が下過ぎないか?

 ――おいおいそのまま撃ったら港に当たるではないか、早く上げろ。


 南小国群を占領したエルフ達の誰もがそう思っていると、爆音と同時に港中の船が火を噴いた。


『……………………え?』

『ええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?』


 誰もが悲鳴を上げ、港は大パニックだ。


 突如大船団が現れて、エルフ達所有の商船や貨物船が一斉砲撃を受けて火を噴き徐々に沈んでいくのだ。


 そのまま港に次々砲弾が撃ち込まれ、着弾と同時に炸裂してエルフ達は逃げ惑う。


 誰もが海から離れようと駆け出して、だが海とは逆方向、港街の背後でも騒ぎは起こっていた。

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