第10話 ホビット武士団の海上戦②
「小癪な森猿風情が!」
「血祭りにしてくれるわ!」
そんな事を言って近づいたエルフとヒポグリフは全員射殺。
血まみれになって海に落ちて行く。
やむを得ず、ヒポグリフ部隊はできるだけ上昇した。
狙いにくいであろう艦の真上から、攻撃魔術を降らせた。
『!?』
その時、エルフ達は眼下の信じられない光景を目にした。
のちに、このエルフ達は語る。
『まるで魔術だった』と。
一〇〇隻の艦隊が、一分の乱れもなく整列している。
まるで兵法書の陣計図がそのまま抜き出たように、まるで区画を持っているように、それぞれの艦隊が並んでいる。
東和軍は、ヒポグリフ部隊やサクソニア艦隊の状況を考慮しながら、変幻自在に陣形を変え、敵を追い詰め、常に有利な位置を取る。
有り得ない。
まるで将棋の棋士が存在するように。
真上から戦場を見て好きな艦を好きに動かしているように、東和艦隊は機動している。
真上から見ると、自分達サクソニアの艦隊が、東和が取った鶴翼の陣に追い込まれていく様子を、そして、まだ下で戦うヒポグリフ部隊が次々撃ち落とされる様子を残酷なほど解りやすく知ってしまう。
エルフのように通信魔術や千里眼魔術もないのどうして。
ドワーフが発明したモールス信号という通信装置は知っているが、それでこれほど正確な連携が取れるものだろうか。
そんなエルフ達の疑問の答えは単純だ。
軍隊の強さは武力、機動力、決断力。
だがこの三本柱を支える最も重要な要素、それは『練度』。
ホビットは世界最弱の人種と言われる事がある。
世界で最も小柄で華奢な体。
ドワーフのように力強いわけでも、
ゴブリンのように足が速いわけでも、
エルフのように魔術が使えるわけでもない。
でも、だからこそ東和の武士達は練度を高めた。
世界一華奢と言われながらも、不自然に発達した腕と背中の筋肉、そしてグローブのように厚くなった手は、砲兵達が如何に装填砲撃訓練を積んできたかを物語る。
指先の大きなタコは、通信兵達がどれだけモールス信号を打ってきたかを物語る。
何度も火傷を繰り返し変色した射撃部隊の手は、彼らの気の遠くなるほどの射撃訓練を物語る。
通信兵は、瞬時に自身を歯車の一つに落としこみ、自身の艦の周辺情報をガトリング並の速度でモールス信号を叩いて報せ、聞き手は一切の邪念を払い、人形のようにモールス信号を翻訳して筆記。
艦長、指揮官はそれらの情報を元に、無限に積み重ねた模擬戦の経験から、脊髄反射に近い域で指示を飛ばす。
砲撃部隊と射撃部隊は、精密機械のような動きで雷のように素早く、だが水のように滑らかに次弾装填、狙い、撃つ。
異常とも取れる集中力と気迫。
東和の戦艦よりも三回りは大きなサクソニアのマンモス戦艦七隻は、一隻、また一隻と炎上しながら沈没していく。
鬼龍神羅がマストに座り、その様子を見て笑う。
「どうだよエルフ。どうせホビットだと思って油断したか? 夜郎自大なセン帝国や非暴力不服従の南小国群と一緒にしてもらっちゃ困るぜ」
神羅は立ち上がる。
「農耕民族ホビットでありながら持ち前の好奇心と凝り性と完璧主義、究極の職人気質のせいで文化風俗宗教歴史にこだわらず大陸の知識技術を貪欲に取り込み学び、発展させ、セン帝国以上の農業力、ドワーフ級の工業力、エルフ級の経済力を持ちながら貴族ではなく軍人の武士を最高権力者に据えた狂った政治体制。国民の六パーセントを占める国の役人全員が軍属で物ごころつく前から剣槍弓銃乗馬で人殺しの方法を全身に叩き込まれて文官すら常時帯刀武装で闊歩するは戦時にゃ農民まで即兵士になって、二千年間狭い島ん中で互いに殺し合い殺し合って喜んで殺し合って出世して殺し合って発展して人殺しが一番偉くて尊敬される世界最強の首狩り戦闘民族」
神羅は扇子を広げ叫ぶ。
「東和民族、ナメなんじゃねぇぞボケがぁああああああああああ‼」
かつて、大陸から離れた東和は大戦国時代だった。
大陸では王族貴族を頂点とし、その下に兵士たる騎士がいる。
だが、爵位を持つ一部の騎士を例外として、基本兵士の身分は低い。
それは、兵士は人殺しの汚れ仕事、肉体労働者というイメージが強いからだ。
どれほど兵士が手柄を立てても得られる恩賞は僅か、全ての手柄は雇い主である貴族や領主様がさらっていく。
そもそも、その場限りの傭兵が多すぎる。
彼らは日雇い労働者同然だ。
必然的に兵の士気は低くなるし、経済的事情から装備も貧弱で練度も足りない。
対して東和特有の軍人、武士は違う。
東和では武士が政治を司り、文官、警察力、役人、教師、国の重要機関を担う公務員は、ほぼ全て武士であり武士が最高権力者。
教養芸術の域にまで昇華された戦闘技術は役職に関わらず幼い頃より叩き込まれた結果、青竹を軸にした藁束を固定せずに立て、水平に両断するまき藁斬りを、筆やソロバンで仕事をする文官ですら成功させる。
本来は臆病で弱腰のはずの農民全員が家に槍を持ち、戦になれば恩賞を貰える機会だと嬉々として参戦する始末だ。
そうして、とうとうサクソニア艦隊最後の戦艦も沈んだ。
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